第96話 柳生流星と深川芹葉の接近⑨

 ——— 私の驚きの声をキッカケに『翠』と紹介された女の子と奈々菜ちゃんはスッと立ち上がってキッチンへ行った。


「ちょっと……ちょっと待って。えーっと……何から聞けばいい?」


 私は混乱している。そして戸惑っている。状況が全く掴めない。

 戸惑う私に真壁君だという男性が合いの手を入れてくれた。


「はは、戸惑りまくってんな。大丈夫か?」

「え、あ、はい。全然大丈夫じゃないです」

「それじゃあ、順を追って説明するな」

「お願いします」


 私は姿勢を正した。


「まず、流星だ。コイツは中学の時に俺のこの顔見ているから、今、驚きはない。これはいいね」

「うん」

「翠はあの通りの顔だ。皆ジロジロ見ちゃうんだよ。で、この前も言ったとおり病気になった。『社交不安症』だ。そして俺も病気とまでは言わないが、ジロジロ見られて女が常に纏わり付くのにウンザリしている。だから俺達は顔隠してる。これもOK?」

「……うん。OK」


 私は彼の説明を一つ一つ飲み込むように、確認するように丁寧に聞いていった。


「で、妹達は見てのとおり、身内の贔屓目無しに可愛い。俺らの普段の身なりと妹達とじゃ違い過ぎて色々後ろ指差されるからな。注目は翠は厳禁だ。なので学校では奈々菜と藍ちゃんは兄姉けいしの存在そのものを内緒にしてる」

「ホントはお兄ちゃんと腕組んで一緒に登校したいんだけどね」


 奈々菜ちゃんはそう言いながらトレーに飲み物を乗せてキッチンから戻って来た。


「なる程……で、桜木さんもこのマンションに住んでるんだ?」

「うん、隣ね」


 そう言って翠ちゃんは隣の部屋を指差す。


「隣?」

「ここ、お父さんの会社の借り上げマンションなの。一部だけだけどね。で、うちのお父さんと宗介のお父さん、昔からの悪友らしくて家族ぐるみでお付き合いしてんの」

「家族ぐるみってより、お姉ちゃんが一人真壁家に厄介になってるって言う感じ?」

「厄介って……」

「厄介って言っても、ただ、遊びに来てるだけだよ」

「遊びっていう割にはキッチンとか自由に使ってるし、自分専用のマグまであるもんね」


 私は彼女が手に持つマグを見た。真壁さんと色違いのお揃いだ。


「なんかお嫁さんみたい」

「藍のマグもこのお家にあるでしょ」


 藍ちゃんのマグは奈々菜ちゃんとお揃いだ。


「合鍵も預かっちゃてるしね」

「それも私だけじゃなくて藍も持ってるでしょ!」


 一通りの説明は終わったようだ。

 ただ ——— 、


 ——— 流星君、翠ちゃん初めて見た感じじゃ無かったけど……前から知ってた? でもそんな感じじゃ無かったし……あれ?


「流星君、翠ちゃんの顔にあんまり驚かないけど……なんで?」

「あぁん? あー、一回見てっからな。ただ、生と写真じゃ全然違うからビビっちまったけど」

「写真?」

「お前も真壁と桜木の顔、一回見てんぞ?」

「え? いつ?」

「例の『謎のイケメン美少女』の写真」

「例の謎の……?」

「ほれ、雨の日のイケメンと美少女の写真だよ」

「……あー! あの時の写真って……」

 私は思い出した。鞄からスマートフォンを取り出し、画面に写真を映す。そして写真に写る二人を見る。


「ホントだ。真壁君と翠ちゃんだ。そっかー、これ二人だったんだ」


 私は写真と実物を交互に見た。


「そういう事」

「全部繋がったー」


 やっと絡まった糸が解けたスッキリ感に包まれた。


「それじゃあ最後に教えて。真壁君と翠ちゃんの素顔、学園で知ってるのって誰?」


 当然の疑問だ。


「俺の顔は、ここに居る奴と……妹達の彼氏だな」

「私はその子達の他に先生だね。学園長と教頭、あと保健室の先生ね」

「ホントに少ないんだ……って、え? 奈々菜ちゃんと藍ちゃん彼氏いたの?」


 私は奈々菜ちゃんと藍ちゃんを見る。

 二人は『えへへへー』といった笑顔で私の質問に答えてくれた。


「はい。ただ、本人は私達が彼女って認めてくれませんけどね」

「あなた達二人を認めないってどれだけ目が肥えてるの……」

「逆です。自分らじゃまだ私達の隣に立てないって。私達は十分だと思ってるんですけどね」


 なんか納得だ。二人は『完璧少女』としても認知されている。そんな子の隣に立つのは余程の器量が求められると思う。


「私なんてバレンタインで告ったらフラれちゃいましたけどね」


 藍ちゃんはあっけらかんと話す。


「噂で聞いてたけど、藍ちゃんの好きな子って……藍ちゃんの事、フルって事はホントに藍ちゃんの事好きなんだ」

「なんか矛盾してますけど、そうなんです。フラれたのに『好き』って気持ちが伝わって来たっていうか……」


 なんか分かる気がした。これは地道に待つしかないやつだ。


「ま、うちの親も相手の家族も全員、コイツらの彼氏って思ってるから我が家としては全然問題無いんだけどな」

「へ? 親……家族公認なの?」

「まぁ、色々あってな」

「今日は来てないんだ」

「うん。この後会う約束はしてます」

「ラブラブだぁ。でも内緒にしないと凄く騒がれそうだね」

「はい。そこが一番の問題です」


 私は短い時間で入って来た情報量の多さにお腹一杯になった。


「なんか今日は翠ちゃんの秘密、全部私に見せてくれて凄く嬉しいよ」

「えへへ……まだ見せてない事あるよ」

「何? 聞いてもいいの?」

「うん、私もバスケやってたの」

「そうなの?」

「今度、近所に3×3のコート有るから皆でやろ? 早い時間だと誰も居ないから……って早いと二人はこっちに来れないか……」


 翠ちゃんの表情が少し落ち込んだ。

 でも時間だけなら全然問題無い。


「うん、その辺は大丈夫。どうにでもなるから気にしないで。時間だけ教えてくれれば二人で行くよ」

「うん、ありがとう」



 ※  ※  ※



 ——— 帰り道。


「翠ちゃん可愛かったぁ。また見れるかな?」


 私はスマートフォンに映る女の子四人で撮った写真を眺めていた。


「見れるだろ。長い付き合いにするつもりだから秘密を教えたんだろ」

「そういうの嬉しいね。私も誠心誠意、翠ちゃんの気持ちに応えなきゃ」


 私は初めて流星君の腕にしがみ付いた。

 流星君はこういう事されるの嫌がるんだけど、今日は拒みもしないで私の感情をそのまま受け止めてくれた。

 しがみついた腕から彼の優しさが流れ込んでくるような、そんな感覚に包まれる。

 彼の顔を見上げると、彼は私を見下ろしながら一言呟いた。


「頑張れよ」

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