第86話 3×3 その1⑤
——— 早朝
時間は既に一時間を過ぎている。時折、施設内を歩く人がチラホラ見えるようになった。
ただ、3×3のコートには人は来ていない。リミットは九時だ。大体この時間から人が集まり始める。
チームは色んな組み合わせでプレーしている。ジャンケン、男子対女子、中等部対高等部、俺対全員などなど……。
六人は一息ついている。俺も腰を下ろし、傍に立つ翔馬君に飲み物を差し出す。
翔馬君は俺から飲み物を受け取り一口飲む。すると横から奈々菜がその飲み物を手から取り、一口飲んで翔馬君へ渡す。
この二人、飲み回しとかは既に気にしないレベルになっている。因みにキスはまだだという。
「しかし、宗介さんってホントにディフェンス苦手なんですね」
「はい」
俺はちょっと落ち込んでいた。何しろ翔馬君にすら抜かれるようになったからだ。
「幾らディフェンスが下手って言っても、柳生先輩レベルの人から見ての話だからね。だから翔馬が凄いの。お兄ちゃんを抜く人って中々いないんだよ?」
「そうなの?」
「うん。翔馬のフェイクって翠ちゃん並みに上手い」
「そうなんだ?」
翔馬君は目がいい。視力じゃなく観察力があるようだ。それが動体視力にも繋がって反射神経がいい?
ま、俺は今、絶賛凹み中なのには変わりない。
「でも、いつ見ても翠ちゃんかっこいいよね」
「そう?」
「うん、ディフェンス躱して中に切り込んで行くの……ドライブって言うの? 翠ちゃんのあの時の動きってなんか男勝りな感じがしてメッチャカッコいいんだよね」
「これでも中学一年でレギュラーで出てたんだもん。一応、ドリブルだってそこそこやれるのさ」
以前、翠はドリブルは『そこそこだと思う』なんて言っていたが、正直、そこそこなんてレベルじゃない。
翠のドリブルは女の子とは思えない、柔らかさとか可憐さが一切無い。
容姿からは想像出来ないような鋭く、キレのある、機敏な動きをする。ハッキリ言って『速い』。
多分、体育レベルなら男子も余裕で躱せる実力を持っていると思う。
「宗介さんの運動神経メチャクチャですね。ボール持ってる時もですけど動き早すぎですよ」
「うーん……結構手は抜いてるんだけどな……」
「えー! あれで? いやいや、あんな動き見た事無いですよ。なんか抜かれるたびに『シュン!』って、漫画みたいな効果音が見えますもん」
翔馬君は『効果音が見える』なんて言ってるが意味がわからん。
「そう言えばダンクって出来るんですか?」
「いや、流石に俺の身長じゃ無理だよ」
「え? そうなんですか? 結構大きいと思うんですけど……」
宗介が知る自分の身長は176㎝だ。ただ、これは去年の五月の測定結果でそれ以来測っていない。
——— そう言えば、制服のズボンとジャケットが寸足らずになったような……
そして廉斗君が気になる事を話し、その言葉に皆同意する。
「宗介さん、リングを弾いたボール
「うん。リングにガンってぶつかったと思うと、お兄ちゃん直ぐ手でバン! って
「あ、それ私も思った。あれ、全然叩き込める高さだったよ」
「え? マジ? そうなの?」
自分じゃ全然自覚無かったが、確かに最近ジャンプが軽い。空中にいる時間がちょっと長いような気はしていた。
「ちょっとやってみる」
俺はボールを手にして、ドリブルしながらバスケットボールのコートで言うところのセンターラインに立った。
そしてボールを四、五回突いて、ゴールに向かって走り出す。そしてリング下で大きく踏み込んでジャンプした。
——— ガショィン! ダンダタタ……
コート内が静寂に包まれる。
俺は着地し、リングに叩き込んだ腕の感触を噛み締めるようにゆっくり体を起こした。
そして皆がいる方を振り返り、思わず叫んだ!
「——— ハッハー! 出来ちゃったよ! マジかよ俺!」
「スゲー……生ダンク初めて見た」
「好き♡」
「お兄ちゃん、バスケまた始めたら?」
「うーん、マジ悩むな」
するとコートの周りに人が集まり始めた。翠はキャスケットを被り気配を殺す。
「あー、タイムリミットだな、残念。それじゃあ戻るか」
俺はもう一度ダンクをかましたかったが、そこは諦め、俺達六人はコートを後にし、マンションに戻った。
——— マンションに戻ると翠と藍ちゃんは自分の家に真っ直ぐ戻った。シャワー浴びて着替えてまた来る。
「ただいまー」
リビングに入ると、親父とお袋が戻っていた。
お袋は台所で何やら作っている。親父ははリビングでソファーに座りテレビを見ていた。
「おかえりー、どうだった? 楽しめた?」
「「おはよう御座います」」
「はい。お陰様で楽しめました」
「おう……おはよ……」
親父は具合が悪そうだ。聞くまでもなく二日酔いだ。
「あんたら早くシャワー浴びて来な」
「じゃあ私先に浴びて来る。翔馬、覗いちゃやーよ♡」
「…………」
翔馬君は無言で奈々菜を見送る。その表情は、『こういう時の返しの正解を教えてくれ』って顔をしていた。
確かに家族がいる手前なんて返していいかわかんないよな。
※ ※ ※
皆シャワーを浴びて着替え、そして俺の部屋に集まっていた。
流石にこの部屋に六人はちょっと手狭だが、『男と女、狭いくらいが丁度いい』って誰が言ったか知らないが、奈々菜は翔馬君にベッタリだ。
翠は俺に軽く寄り添っている。
意外なのは藍ちゃんだ。
藍ちゃんは廉斗君にくっつきもしないで程よい距離感で凛として座っている事だ。
こういう状況を見ると、流石の家族でも奈々菜と藍ちゃんの区別がつかなくなってくる。
——— 俺達は特にやる事もなく、ただ話していた。
テーブル中央にはお菓子が置いてあり、皆適当に手に取っては食べていたのだが、ここで細やかな言葉の壁を感じる出来事が起きた。
今、テーブルのには皆が食べたお菓子の包み紙が散らかり気味になっていた。翠はそのゴミを手にし藍ちゃんにお願いしたのだが……。
「ごめん藍、これゴミ投げて」
——— !
ちょっと待て。今、翠はなんて言った? 今、確かに『ゴミを投げて』と言った……なんだ?
俺は奈々菜顔を見ると、奈々菜も少し驚いた表情をしていた。俺と奈々菜は顔を見合わせる。
藍ちゃんは翠からゴミを受け取ると側にあるゴミ箱に普通に捨てた。
周りは……翔馬君と廉斗君は何食わぬ顔だ。
俺と奈々菜の様子に気づいた翔馬君が俺に声をかける。
「宗介さんと奈々菜、なんかビックリした顔してますけどどうしたんスか?」
「え? 今、ゴミ渡して『投げて』って……へ?」
「え? ゴミ箱に投げただけですよ? え?」
「え?」
「ん?」
桜木姉妹と翔馬君、そして廉斗君はキョトンとしている。俺達が何に驚いているのか理解出来ていないようだ。
俺は目の前の出来事を整理する。
「ちょっと待て、ゴミは捨てるもんであって、投げるもんじゃ無いよな?」
「え? 普通に『ゴミを投げる』って言いますけど……はい? 藍ちゃん言うよね?」
「言う」
翔馬君の一言に藍ちゃんは頷く。
「もしかして…………これって方言?」
「ん? 宗介さんは『ゴミを投げる』って言いません?」
「言いません。『ゴミを捨てる』です」
「『ゴミを投げる』って方言だったんだ……」
※ ※ ※
次回……の次回、新学年。
——— 柳生流星と深川芹葉が俺達の周りで動き出す。
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