第85話 3×3 その1④

 ——— 俺と翠、そして廉斗君はジョギングから帰ってきた。


「誰かと走るって中々楽しいですね」

「まぁ、会話は無いけどな」

「でも、足音と息遣いが会話って感じでいいですね」

「それな」


 マンションに戻ると翠はシャワーを浴びに自分の家に戻った。

 玄関を開けるとバターの香りが鼻をつく。この香りのお陰で一気に空腹感が襲ってきた。


「なんか一気に腹減ったな」

「この匂いダメですね」


 リビングに入ると、キッチンでは奈々菜と翔馬君が二人で朝食の準備をしていた。

 翔馬君が戻ってきた俺らに気付き先に挨拶をする。


「おはよう御座います。早いですね」

「おはよう。慣れるとそうでも無いぞ」

「ういっす。なんか二人並んで羨ましいな」

「おはよ。えへへ……生きてて一番最高の朝だったよ」


 奈々菜は今まで見せた事もないような笑顔を翔馬君に向けてる。翔馬君はその笑顔に見惚れ、料理中の手が止まる。


「翔馬、焦げてる」

「お? おお! やべーやべー」


 翔馬君も意外と料理は手伝える。『手伝える』というレベルだ。やれる事は『野菜を切る』『フライパンで炒める』という作業だけだ。味付けとかは全然らしい。

 すると藍ちゃんが起きて来た。


「おふぁやあ〜……」


 まだ眠そうだ。

 寝起きの藍ちゃんの寝起き姿に廉斗君は惚ける。

 寝起きの奈々菜と藍ちゃんは全然違う。

 奈々菜の寝起きは朝から隙がない感じだ。

 一方、藍ちゃんは泊まりに来るたび思うが、本当に朝に弱い。辛そうだ。

 ただポワポワした藍ちゃんは正直可愛い。

 奈々菜もこんな感じだったらなんてとちょっと思ったりもする。

 普段見る事のない二人の姿にドキドキしまくりの翔馬君と廉斗君だった。

 そして家に戻り、着替えた翠もリビングに上がって来た。


「あ、皆起きたね。翔馬君、奈々菜ちゃんおはよ♪」

「おはよう御座います。翠さん朝からテンション高いですね」

「だって、毎朝モーニング宗介で始まるからね。元気も出るよ♪」

「何ですかその『モーニング宗介』って」

「うーん……なんだろね?」



 ※  ※  ※



 ——— 朝食も食べ終わり六人は3×3スリー・エックス・スリーのコートに来ていた。まだ朝の七時だ。誰もこの場に来ていない。


「静かですね」


 廉斗が施設全体を見渡す。


「朝の空気って澄んでて気持ちいいな」


 俺は深呼吸する。


「もっと早いともっと澄んでてもっと気持ちいいよ。翔馬も朝、走ればいいのに。何なら一緒に走る?」


 廉斗は朝のジョギングに俺を誘う。

 何度か話には出しているが、俺と廉斗の家は徒歩二、三分と近い。

 ただ、線路を挟んでいて、小学校の学区が違かった為、学園、しかもソフトテニス部に入るまでは「駅で見かける奴」程度の認識でしか無かった。


 廉斗の言葉に俺は奈々菜にちょっと嫌味を吐いた。


「そうだな。奈々菜とテニスのラリー……揺さぶられても走り続けられるように走るかな?」


 ちょっと悪戯な笑顔で奈々菜を見た。

 奈々菜は俺のその顔に応える。


「しょうがないでしょ! あの頃は八割くらいは『嫌い』って思ってたんだから!」


 腕を組んで不貞腐れ、そっぽを向く奈々菜。

 俺はその仕草を見て「やっぱり一々可愛い」と思った。



 ※  ※  ※



 最近、奈々菜と翔馬君が一緒にいるところを見て思うところがあるのだが、俺が思っていた事は翠も思っていたようで、


「なんか奈々菜ちゃん……翔馬君といる時って、仕草とか可愛くなっちゃって藍と区別つき難いんだよね……」

「やっぱり? 実は俺も思ってたんだよ。で、藍ちゃんは逆に大人っぽくなるっていうか……」

「そうそう。廉斗君と一緒だとなんか『凛』としてしっかり感が出るんだよね……偶に奈々菜ちゃんと見間違えるね」

「二人にしか出せない妹達の新たな一面ってやつかな?」

「なんか家族としてはちょっと複雑」

「だな」


 ——— そして軽く準備運動をして3×3を始める。

 最初は「真壁家with翔馬」対「桜木家feat.廉斗」だ。


「宗介さん一人で何人分になるんですか!」

「大丈夫。宗介実はオフェンスは化け物みたいに凄いけど、ディフェンスは私でも抜ける位ザルだから」

「マジすか!」


 ゴーグル風のメガネを付けた翠が、俺の前にボールを突きながら歩み寄り俺の前に立つ。

 このメガネ、最近買った翠のお気に入りだ。

 正直このメガネは俺好みじゃないのであんまり評価はしないが、翠の顔が『普通の美少女』レベルに落としてくれる、翠的には優れものだ。


 話は戻すが、俺はディフェンスは確かに下手だ。

 下手だがレベルが高い者の中では下手であって、世間一般から見ればやはり上手い部類だと断っておく。

 因みに翠の実力は女子の中ではトップクラスだ。

 

「宗介、反射神経良すぎるから簡単なフェイクでも直ぐ反応しちゃって簡単に引っ掛かるんだよ」


 翠はそう言いながら俺の目の前でクロスオーバーをフェイクにシュートする。

 ——— パサッ。


「ナイッシュー!」

「クッソー! 思わず動いちまうんだよな……何で?」

「いやいや、翠さんだってかなり上手いですよ。俺も廉斗もついて行けませんもん」

「翔馬がついていけないものは僕には無理です。翔馬の反射神経、半端じゃ無いし」


 翔馬君はソフトテニスでは基本は前衛なんだそうだ。ただ、後衛も出来るオールラウンダーらしい。

 そしてネット際での乱打は得意だという。更に緻密なボールコントロールで相手の嫌がるところに正確に打ち返していくのがスタイルという事だ。

 ついでに廉斗君は力強い正確なスイングでボールに余す事なく力を伝えて早いボールを打ち返す事に特化しているという。

 技の翔馬、力の廉斗といったところだろうか?

 その翔馬君が翠の動きについていけない……翠も中々やるもんだ。


 ——— そして、プレーを続けていくと、皆がとある事に気付く。気付いて無いのは俺だけだったのだが……。

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