第71話 奈々菜と藍の〇〇〇その3④

 ——— 俺は前もってマンションの通路に出て翠を待っていた。


「お待たせー」

「おいおい、翠、かなり寒いけど、そんな服で大丈夫か?」

「え? 歩くし大丈夫だよ?」

「そ、そうなの? 翠がそう言うならいいんだけど……」

「んじゃ行こう♪」

「お、おう……さぶ」


 翠はこの地よりも北で育っている。なので寒さには耐性があった。逆に俺は南の育ちだ。この地の夏は涼しいくらいに快適だったが、冬は初めてだ。寒さに耐性の無い俺はダウンジャケットを羽織っていたのだが……。


「宗介もうダウン着てんの?」

「あう? 普通これだけ寒けりゃダウン着るだろ?」

「えー! ダウンは気温がマイナスになんないと着ないよぉ」

「マジかよ……前居たとこなんて気温一桁になれば皆ダウン来てたぞ……」


 俺は周りの人に目をやる。確かにすれ違う人、目の前を歩く人でダウンを着ている人は殆ど見かけない。しかも見ていて『もう少し厚手の服着たら?』と思うくらい寒そうに見える服装の人が多い。


「すげぇな雪国の連中」

「いやぁ、この街はかなりあったかい方だよ。雪も大して積もんないみたいだし。あ、でも朝、快晴になりやすいらしいから、放射冷却でそれなりに冷えるみたいだね♪」


 なんで翠の奴、嬉しそうなんだ?


 ——— 街の中心の駅に着き、此処から歩く事になるがかなり人が多い。

 普段、二人で歩く時は肩を並べる程度にしか寄り添わない俺達だが、流石の混雑にこのまま歩けば逸れる事は確実だ。俺は翠の手を無造作に握った。

 手袋越しに握る翠の手は以前と同じく小さく感じた。その小ささに反して翠は俺の手をしっかり握ってくる。その力強さに宗介は何となく翠の気持ちを感じた気がした。


「そう言えばさっき奈々菜から連絡有って、ここ来てるってさ」

「へぇ……男の子とかな?」

「どうだろうな。兄としては女の子であって欲しいが……」

「しっかり兄貴してんな」


 ——— そして『イルミネーションロード』に着く。


「綺麗……」


 道路の中央分離帯にイチョウ並木がありその木に電球が付けられている。電球は点滅する事なくオレンジ色の光を放ち続けている。

 木の本数はその場所から全てを数える事は困難で、遥か向こうの方までオレンジ色の光が続いていた。

 通り全体がオレンジ色に包まれた世界は冬を一瞬忘れさせる温かい世界になっていた。翠はふと思い出す。


「そう言えばクリスマスプレゼント忘れてた」

「そうだったな……翠は……なんか欲しい物有ったか?」

「うーん……欲しい物……あ! そう言えば宗介に『何でもお願い聞く権利』使って無かった」

「あの金魚掬いの時のか?」

「そう♪ 今それ使っていい?」

「いいけど……無茶なお願いは勘弁な」

「大丈夫。んとね……クリスマスプレゼント……これがいいな♡」


 翠は俺の腕を手を繋いだまま抱きついた。そして上目遣いで俺を見る。当然目は隠れて見えていない。


「えへへ……ダメ?」


 翠の問いに俺は無言で翠を腕から外した。

 翠は一瞬『え?』という表情をするが、俺は外した腕を翠の腰に回して抱き寄せた。当然翠は再び『え?』っという顔をして笑顔になる。

 あー……恥ずかしい。

 雑踏の中俺は何をやってんだって感じだ。

 俺は恥ずかしさを誤魔化すため顔を背けて天を仰ぎ、そーっと視線を翠に下ろす。すると俺を見上げる翠と目が合う。

 暫く見つめ合う。

 普通の女の子なら『言葉にしなきゃ分からない』と言うところなんだろうが、翠は散々上辺だけの言葉を聞いて来た。

 俺もそうだ。

 だから言葉を発する事なく態度だけで翠への気持ちを示した。翠も頭を俺に寄り添わせ俺への気持ちを態度で示し返す。


「『何でもお願い聞く権利』は無効な」

「何で?」

「使わなくてもいい願い事だからだよ」

「えへへ……」

「『友達と出掛けて恋人と帰って来た』……ってやつか?」


 と、何かで見たフレーズを思わず口にした。


「どっかで聞いたフレーズだな……へぇー、恋人ねぇ〜……ふーん♡」


 翠も知ってたようだ。俺は一度翠を離すが、翠は離れまいとすかさず俺の腕をとり、そのまま家路に着くのだが……。


 ——— ピロロロロ……、ピロロロロ……、


「ん? 藍からだ。なんだろ?」


 翠の電話だ。翠は着信ボタン押してスマートフォンを耳に当てる。


「ん? ……なんだろ?」


 翠は怪訝な顔でスマートフォンを耳から離すと音声をスピーカーに切り替えた。


「どうした?」

「しっ!」


 翠は人差し指を突き立て口に当てる。周囲の喧騒もあって聞き取りにくい。俺と翠はスマートフォンに耳を寄せる。


『……やめ……キャ……ひと……』


 スピーカーから何やら悲鳴のような声が聞こえた。只事じゃ無い。

 俺と翠は顔を見合わせる


「…………なんかやばく無いか?」

「うん……何? なんなの……」


 俺は自分のスマートフォンを取り出し奈々菜の位置情報を探る。位置情報は相手の同意が無いと返信が来ない。


「——— 来た。結構近いな。翠、念の為録画しといて」

「分かった」


 俺と翠は奈々菜達の元へ駆けつけた。

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