第61話 九月の夕立④

 ——— 帰りのホームルーム。


「真壁さん、生徒手帳届いてたよ。成宮君にお礼言っといてね」


 私は一気に血の気が引いた。

 私は先生の元へ行き生徒手帳を貰い、そして席に戻る。その時成宮を見たら成宮はニコニコ上機嫌だ。

 成宮の浮ついたキャラクターに私は嫌悪感を抱いている。顔を見れば怒りしか湧いてこず、ついて出る言葉は憤懣ふんまんばかりだ。

 そんな男の世話になり、助けられた事が屈辱的であり、自分が許せず、そしてプライバシーを汲み取った成宮の措置に助けられた事に感謝と謝意が入り混じり、何とも言い難い感情が私の中を駆け巡っていた。

 拾った人が成宮じゃ無かったらと思うと……手帳には住所も書いている。

 経験は無いがストーカーに発展する可能性もあった。今のご時世、拡散も容易だ。

 成宮が言ったとおり、私は拾った人にだけじゃなく、この地で生活を続ける限り、周りの目に怯えながら生活しなくてはならないところだった。


 ——— 情報は盗むより貰った方が嬉しい……か。


 思い返せばアイツは私に何か要求してきた事は一度も無かった。

 成宮の私に対する言動は兎も角、行動は信用に足る。

 昨日の風邪の事もあるし、兄の口止めの件もある。

 今コイツに借りしか作ってない。



 ※  ※  ※



 まさか拾った生徒手帳が真壁っちの物だとは思いもしなかった……良かった……拾ったのが俺で。

 他の奴だったら間違いなく中を見て、個人情報抜き取って、拡散間違い無しだった。

 俺は胸を撫で下ろし、部活に行こうとカバンに教科書を入れ立ち上がろうとした時、誰かが俺の机に影を落とす。

 顔をあげたら真壁っちが目の前に立っていた。


「どうしたの?」


 真壁っちは俺の問いに答えず、彼女は無言で俺の机の上に四つ折りにした一枚の紙を “トン„ と指先で優しく置いた。

 俺は紙を見て顔を上げ、真壁っと目が合うと、彼女は無言で頷いた。

 その紙を手に取り開いてみると、そこには手書きでアルファベットが羅列されているのが見えた。

 メモを全てを読み取る前に俺は真壁っちを見上げる。

 真壁っちは視線を逸らして小声で話し始めた。

「……風邪のお詫びと……例の……それと生徒手帳のお礼。一応、信用してあげる。まだ藍しか知らないんだから……変なの寄越したら受信拒否してやる……」


 真壁っちの言葉に俺は再びメモに目を落とす。

 メモにはメッセージアプリのIDが書いてあった。

 顔を上げるとそこに真壁っちの姿は無かった。



 ※  ※  ※



 ——— その日の夜。私の部屋に奈々菜が上がり込んでいた。それはいつもの事だけど、今日は様子がいつもと違う。

 なんかそわそわしている。落ち着きがない。心此処に在らずだ。

 彼女の右手にはスマートフォンが握られている。そして数秒置きにスマートフォンの画面を見ていた。

 私はいつもと違う彼女の様子に目が離せずにいた。


「どうしたの? さっきからスマホ眺めてるけど」

「え? うん……実は ———」


 奈々菜は私に今日の出来事を教えてくれた。

 それって実は私もやばい状況になり得た事だった。


「えー! 危なかったじゃん! 私も成宮君に感謝だよ。私と奈々菜、ご近所さんって話は皆知ってるし……」

「うん、実は藍もやばかったんだよね……御免なさい。それからもう一つ言わなきゃダメなことがあって……」


 奈々菜は申し訳無さそうに、お見舞いも話をしてくれた。

 兄の存在を成宮君に漏らしてしまったという。


「それはまぁ運命共同体みたいなもんだからいいんだけど、彼って日頃のからそんな考えっていうかそんな目線なんだろうね。そもそもそんな考えなら、お兄ちゃんの存在も誰にも言わないと思うよ?」

「うん……ホントごめん。アイツのそういう部分は信用出来ると思う。それは……認める……認めなきゃダメなんだけど……何で認めたい気持ちを否定したくなってんの? ったくホントなんなの? ムカつく! もう! 私、今、何にムカついてんの!」


 奈々菜は膝の上に置いているクッションをポフポフ叩いている。

 その行為は成宮君に対する行き場のない感情の現れなのか、自分自身への怒りなのかは謎だ。彼女自身、口に出しているが、分かってないと思う。『苛立っている』事は認識しているけど、その苛立ちの原因が分かってなくて尚のこと苛立ってるってところだろう。


「一蓮托生。私も成宮君にID教えてあげないとダメな立場だね」

「……ごめん。なんか藍にも迷惑掛ける」

「そうなると……なんか滝沢君にも教えてあげないと……仲間外れっぽくない?」

「……だよね。あの二人、今じゃ私と藍みたくいつも一緒にいる感じだし……なんか教えて上げないとモヤモヤする」

「ま、個人的にはこの件関係なくID教えるのは全然いいんだけどね」


 私は滝沢君に、私に興味を持たせたくて仕方がない。


「はい?」

「IDどころか住所も電話番号も誕生日も血液型も一切合切私の全部を曝け出してこっちに意識向けさせたいくらいなんだけどね! てか、いっそ私のストーカーにしたいくらいだよ!」


 奈々菜は私の発言に唖然とした顔で私を見る。

 私自身、自分で言ってて思う……変だ。明らかに変だ。

 完全に滝沢君を意識している。

 好きとか嫌いとかではない。それはハッキリ自分で分かる。

 兎に角、彼の頭の中を私で一杯にしたい。脇目を振らせたくない……支配欲とでも言うのかな? そんな感情が私の中に生まれていた。

 私の事は置いといて、今は奈々菜の成宮君からのメッセージの受信待ちに話を戻した。

 

「で、メッセージ、何来るか待ってんだ?」

「待って無いよ。変なのが来ないか心配なの!」

「てか、奈々菜は成宮君のID知らないんだよね?」

「うん……聞いてない。必要ない……」

「知ってればこっちから送信出来たのにね♪」

「必要無いって言ってるでしょ!」


 奈々菜も成宮君を意識し始めてる? なんかそんな感じだ。



 ※  ※  ※



 ——— 真壁っちからIDを教えて貰って二日。俺はメッセージを送信出来ずにいた。

 何故かって? 

 理由は単純だ。怖くて『送信』ボタンをタップ出来なかったのだ。

 多分、誰しも経験あると思う。『文章打って、最後に送信押せない』ってやつだ。

 たった一言『何してる?』ですら送信出来ない。

 ましてや好きな子に対して一番最初のメッセージだ。緊張しかない。

 で、送信出来ずに三日目の朝を迎えた。


 ——— この日、電車に真壁っちは乗ってこなかった。偶にあるのだが、今日は遅い電車で来るようだ。

 俺は教室に入ると席に座ってボーッと外を眺めて、見舞いに来た時の真壁っちを思い出していた。

 暫くすると、


 ——— ガラッ、バン!


 勢いよく扉を開ける音が聞こえた。その音に驚いて出入り口に目を向けると真壁っちが鼻息荒くそこに立っていた。


「しょぉおーまぁあー!」

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