第60話 九月の夕立③

 ——— 私は成宮に私に兄がいる事がバレてしまった。


「ごめん、私にお兄ちゃんいる事、内緒でお願い。理由は言えないけど、知られると大変な事になりかねないから……お願いします」

「そんな畏まらないで。そんなお願いされると真壁っちが俺に対して悪い事したみたいじゃん……でも、頭下げなきゃならない程の事なんだ?」

「うん……本当に内緒にしないと……学校に……御免なさい。私からは何も言えないの……」

「うーん……なんか、真壁っちの弱味握ったみたいで気持ち悪いな……逆だったらちょっと嬉しかったんだけど……」

「……何それ……あんた、私に弱味握られたいの?」

「んー……考え方だな。弱みってさ、誰も知らない情報だから弱味になる訳じゃん?」

「……確かに」

「って事は、俺の弱味を真壁っちが握るって事は、俺の秘密を俺と真壁っちが共有するって事になる。違うか?」

「……そう……だね」

「なんか、親密な気分になんない?」

「……ならない」

「あれ?」


 ——— っていうか、今、コイツは私の秘密を知った訳だから、逆にそういう気分でいるって事でしょ?

 何で目線が私目線じゃ無くて、成宮目線に置き換える? 私が知られたく無いって情報を有耶無耶に誤魔化そうとしてくれてる? そうならちょっと嬉しい気遣いだけど……。


「ま、熱で幻聴が聞こえたようだね」


 ……ふふ、気遣いだ。


「うん、幻聴だよ。ゆっくり休みな」


 コイツは大丈夫だ。

 コイツの口から人の秘密や噂、陰口になるような言葉は一度も聞いた事がない。


 ——— 静寂な時間が訪れる。

 部屋に時計の秒針の音が鳴り響く。


 私はさっきリビングで見た気になる写真について聞いてみた。


「ね、成宮のお父さんって……」

「あ、写真見た? 船乗り。客船の船長やっててさ、リビングの置物とかはお父さんのお土産。纏まりなくてちょっとセンスも何も無いけどね」

「じゃあ……あんまり家には帰って来ないんだ?」

「まぁね。今度帰って来るのは来月かな?」

「ふーん……」

 

 私はふと、以前成宮に言い放った言葉に対して、成宮は『来月言っとく』と言ってた事を思い出した。


「ね、前にさ『男は馬鹿になれ』みたいな事言ってたけど……」

「『時には男、馬鹿になるべし』な。それ、お父さんから言われた言葉だね」

「……御免なさい。私あの時『「バッカじゃ無いの!」って言っといて』なんて言ったけど……」


 私はあの時、『来月』の意味が分からなかったが。そういう事だった訳だ。


「うん、覚えてるよ。大丈夫。お母さんも『バッカじゃ無いの!』って呆れてたからね」

「そう言ってくれるとなんか………ありがと」


 聞けば格言めいたこの言葉は三つで一セットになってるらしく『一つ! 男は優しくあるべし!』『一つ! 男は器用であるべし!』『一つ! 時には男、馬鹿になるべし!』なんだそうだ。

 

「お父さんは人に対しても『器用であれ』みたいな事言ってたんだけど……俺の器用さはご覧のとおりな訳だな」

「いいんじゃ無い? そのままで。それがアンタの私に対する接し方なんでしょうから。でもこれ、他の人にやったら軽蔑ね。口も聞いてあげないんだから」


 ——— ん? ……あれ? なんかツンデレっぽい? いや……これツンデレだ!

 私は自分の言葉の仕様に気付き、急に恥ずかしさが込み上げてきた。


「分かった。真壁っちが俺に対する態度はツンデレだって事が」

「違う! そう言う意味じゃ無い! 他の人にやったらアンタその人に嫌われるよって意味」

「照れなくていいよ」

「照れて無い! あー! アンタも元気になったみたいだしもう帰るね。じゃ、お大事に!」


 私は慌てて成宮邸を後にした。

 一応、お詫びもしたし……うん。昨日の分はチャラチャラ!

 ——— と思っていたんだけど……。



 ※  ※  ※



 ——— 翌日、成宮も学校に出て来た。私が見舞いに行った事は当然内緒だ。成宮には言ってなかったが、その辺はアイツも踏まえている筈だ。

 昼休みになると私はいつものようにクラスメイトの女子に囲まれ、興味のない話をされていた。

 すると女子の一人が唐突に「そう言えば真壁さんの誕生日っていつ?」と、私の誕生日を聞いて来た。

 その一言にクラス中の生徒全員が聞き耳を立てる。


「私の? あー……ごめん。誕生日は教えて無いの……」

「えー、何で?」

「そこは察してあげなよ」


 と、別の女子がフォローを入れる。


「周り見てみ? 皆耳がダンボになってるよ。彼女の誕生日、私達だけに教えたとして、私達の誰かがポロッと誰かに言ったら……あっという間に拡散して……」

「あー、だね。自分で言うのも何だけど、女なんて口軽いからね」

「そうすると、真壁さんはここにいる子達全員を信用出来なくなる……」


 大丈夫。端から信用してないから。


「御免なさい。前の学校でちょっと大変な事になったから……」


 実際にはそれ程大変でも無かったのだが、誕生会のセッティングをしようとしたグループが何組もいて、全部断った事があった。

 尤も始めからどのグループにも参加するつもりは無かった。

 なのでこの学校では誕生日は教えない事にしていた。当然、藍もだ。

 因みに藍の誕生日は九月十日で実は最近迎えたばかりだ。

 勿論、家同士の宴会はやっていて、プレゼントも渡している。


 ——— 教室内ではそれぞれのグループなり、個人が思い思いに昼休みを過ごしている。

 すると突然成宮が教卓に立ち、声を上げた。


「おーい、誰か生徒手帳落として無いか?」


 成宮の言葉に全員が唖然とする。


「成宮、中身見ればすぐ分かるだろ?」


 確かに生徒手帳には名前、写真、生年月日、性別、住所が書いている。

 ただ、この学校の生徒手帳は。勿論、写真も貼られていない。情報は全てを内側に記載されている。そういうタイプの手帳だ。

 そこで成宮は言う。


「確かに中を見れば一発で持ち主が分かる。ただな、この手帳って他の学校のと違って、情報は全部中に書いてある。って事はだ、今のご時世個人情報の扱いには煩い。というのを鑑みれば、この手帳は『見ちゃ駄目』っていう意思表示があり、そういう意味なんだと思うんだ。違うか?」

「まぁ……そうとも解釈できるわな」

「そしてこれが仮に愛しの真壁っちの生徒手帳だったら……そう思うと俺は怖くて中、見れねぇよ」


 コイツは一々私を引き合いに出す。


「ちょっと成宮! 『愛しの』って何!」

「御免御免、本音が漏れただけだ気にして♡」

「黙れ!」


 男子の一人が話を戻す。


「普通、その可能性があったら期待に胸膨らませて中見るだろ!」

「バーカ、だからお前は彼女が出来ねぇんだ。いいか? 中身見て、真壁っちのと分かる。そして真壁っちに渡す。すると真壁っちはこう思う訳だ。『全部知られた!』って。そしてその瞬間から卒業……いや、一生、俺を警戒の眼差しで見るんだぞ? 俺に何されるか分かんねぇからな。そんな真壁っちの視線、俺は求めてない。ジト目は歓迎だが怯える目はノーサンキューだ」

「成宮! 一々私を引き合いに出さないで! あんたに対する目は怯えるどころか殺意の目しか持ち合わせていないわ!」

「まぁまぁ、真壁さん、抑えて抑えて」


 私は周りになだめられる。成宮は私の言葉に親指を立ててウィンクして応える。


「それにな、情報ってのは盗むのは無しでは無いが、この場合、直接本人に貰った方が嬉しいだろ! 違うか? って事で全員生徒手帳確認してみてくれ」


 私は成宮の考え方に少し感心した。

 確かに中身を見られて情報を盗まれるよりは自分からあげた方がまだ気分がいい。

 私は自分では無いと思いながら、いつも生徒手帳を忍ばせているポケットに手を入れるが……。

 あれ? 無い……カバンにも入って無い。持ってくるの忘れたのかな?

 そこで私はふと思った。


「成宮、それ先生に渡して。家に忘れた子とかもいると思う。その子が手にして中見て違ってたらダメでしょ?」

「さっすが愛しの真壁っち。んじゃ先生に渡してくるわ」


 そう言い残して、成宮は職員室へ消えた。



 ※  ※  ※



 ——— 帰りのホームルーム。


「真壁さん、生徒手帳届いてたよ。成宮君にお礼言っといてね」


 私は一気に血の気が引いた。

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