第62話 謎の二人①

 ——— ガラッ、バン!


 勢いよく扉を開ける音が聞こえた。その音に驚いて出入り口に目を向けると真壁っちが鼻息荒くそこに立っていた。

 俺はいつも軽口な挨拶をするが今日はそんな雰囲気ではない。

 真壁っちは俺を睨み、


「しょぉおーまぁあー!」


 と、怒号を発しながら自席にカバンを叩き付けるように置き、そして俺の席の前に立つと、


 ——— バン!


 と、両手を俺の机に叩きつけ、えぐるように睨みつけてきた。ちょっと怖い。

 そして怒号が教室内に響き渡った。


「翔馬! あんたいつになったらメッセージ寄越すの! 折角ID教えてあげたのに何で……何で何も送ってこないのォ!」


 真壁っちの声が教室に響く。廊下を歩いていた奴も立ち止まってこっちを見ている。

 真壁っちが俺を毛嫌ってるの分かるが、ここまでの剣幕を見せるのは初めてだった。

 そして俺は冷静に話したつもりだったのだが、逆に真壁っちの感情を逆撫でてしまったようだ。


「いや、メッセージって結局スマホに記録が残るだけでしょ? 俺が残したいのは耳で聞いた真壁っちの『声の記憶』。それに真壁っちのプライベート邪魔する程、俺、野暮じゃ無いし。ね☆」

「———っ!」


 すると真壁っちはポケットに手を突っ込み、メモ帳とペンを取り出して、勢いよく何やら書いて、そしてこれまたメモを勢いよく破り取り、そして机の上に裏返しで “バン!„ と叩き置いた。


「私の電話番号よ! これなら文句ないわよね? ンフーッ! ンフーッ!」


 真壁っちは鼻息を荒げ、俺のおでこと彼女のおでこがくっつく位に顔を近付け、再び下からえぐるように俺を睨む。

 俺はそのメモを手に取り、ゆっくり裏返す。そして教室をグルッと見渡し、彼女に話しかける。


「あの……真壁……さん?」

「何よ!」

「皆……見てるんですが……」

「あ……」


 真壁っちは俺の一言に血の気が引いた顔で周りを見渡す。

 すると教室内が騒然となった。


「おい! お前、真壁さんのメッセージの……って、今電話番号も教えて貰ったのか!」

「真壁さんが成宮の名前呼び捨てって、そんな仲なのかよ!」

「いや、あれはどう見ても違うと思う」

「何で? 私達も知らないのに」

「何? 真壁さんって成宮君にはツンデレ系なの?」

「真壁さん、成宮君に弱み握られたんだね。そうなんでしょ?」


 騒ぎは暫く収まらなかった。



 ※  ※  ※



 ——— ピコン♪


 ——— その日の夜。私の元へ初めて翔馬から一通メッセージが届いたのだが……、


[おやすみなさい]


「…………ちょっとは言葉のキャッチボールくらいしなさいよ! もー!」



 ※  ※  ※



 ——— クラスマッチまでの約一週間。俺達二人は合同練習に顔は出すものの率先して体を動かす事は無く、存在を忘れられない程度に体を動かしていた。

 下校時間になるといつものように距離を置いて歩いていたのだが、この日は明らかに雲行きが怪しかった。確実に降る……そう! コーラを飲んだらゲップが出る……どっかで聞いたセリフだが、そのくらい確実だ。

 俺がそう思ったのも束の間、


 ——— バリバリーン! ザァァァァ——————


 雷が近くで鳴ったと思った瞬間、突然の土砂降りに見舞われた。俺は慌ててシャッターが降りている店の軒下に入った。翠も後から入って来た。


「急に来たな」

「あー、ウィッグがぁ……中ビショビショでグジュグジュ……」


 空からはバケツをひっくり返したような量の雨が降り続けている。

 傘を持って来てはいるが意味をなさない程強い雨だ。

 車もワイパーが追い付いていない様で何台か立ち往生していた。

 俺達が咄嗟に入った軒下は、ラッキーな事に意外と大きく、頭は雨から十分に守られていた。ただ、軒先から落ちる水は、雨樋も意味を成さず、まさに滝そのものだった。

 なので下半身はその水が地面に叩きつけられ、跳ね返りの水でびしょ濡れになっていた。

 こういう場合、女の子の下着が透けて見えるというイベントが発生するものだが、翠の場合、残念な事に、インナーにキャミソールを着ているのと下着がベージュ系の色だったようで、透けなかった。いや、透けていたんだろうが見えなかった。ラッキースケベは発動しなかった。

 俺は周りに目をやった。雨で視界が殆ど見えない。立ち往生している車も中の人陰が確認出来ない状態だ。

 多分、車の中からは雨水がガラスを流れ、外は良く見えない筈だ。


「周りに人居ないし車からも見えないだろうからズr「ウィッグ!」……ウィッグ外しても大丈夫だろ」


 翠は俺が『ズラ』と言おうとすると必ず『ウィッグ』と訂正してくる。


「あと、今日の体育で使ったタオル。汗臭いけどいいか?」


 俺は翠にタオルを差し出すと、乱暴に俺の手から奪い取り、そして頭を拭かずに顔に押し当て大きく息を吸い込んだ。


「ん——— これ♡ 宗介の……ス———……ップハァ♡」

「おいおい、止めろって」

「宗介の匂い……落ち着くわぁ……」

「いいから早く頭拭けって。人来るぞ」


 俺はそう言いながら手持ちのヘアゴムで髪を後ろに纏め、前髪も一つに纏めてゴムで縛った。前髪はチョンマゲだ。


「——— ップ。宗介、家でもそれやってるけど、可愛いよね」

「『プリティー宗介ちゃん』とでも呼んでくれ」

「分かったプリ介」

「そう略すか」

「ダメか?」

「ん、悪く無い」


 翠はウィッグを外し、地毛を抑えるネットも取る。そして頭を拭き、ウィッグもある程度拭いた。

 そしてタオルを顔に当ててもう一度大きく匂いを吸い込んで俺に返す。

 俺はそのタオルで自分の頭を拭いた。少し翠の香りがする。さっき翠が俺の匂いを全力で吸った翠の気持ちが分かった……って言うか、この頃には翠の俺に対する好意は分かりきっていた。向こうも俺の気持ちに気付いてる。

 最近の俺達はその気持ちを口にする事なく、そして気付きながらも意識すること無く二人の時間を過ごしていた。

 その気持ちを相手に告げたいが、告げる言葉は散々異性から言われ続けて来た上っ面だけの嫌いな言葉だ。

 嫌いな言葉を口にするより態度が全てを物語る。

 俺達にその言葉はそういうものでしか無かった。

 雨も少し収まり車も動き始めた。でもまだ雨足は強い。傘を刺して歩くにはもう少し止んで欲しいところだ。なので人はまだ誰も歩いていない。

 俺は翠に目をやると、外したウィッグを見て苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「どうした?」

「濡れたウィッグ被りたくない……」

「なんで?」

「んー……濡れた靴下履く感じ?」

「あー……やだな。タオル被って帰るか?」

「無理でしょ」

「だよな」

「一応、帽子は持ち歩いてる」


 翠は帽子を取り出して頭に被る。その姿を見て俺が一言。


「……ダメだな。雀斑そばかすも落ちてて、目元が見えると全然可愛い」

「あーん、嬉しい一言だけど今は全然嬉しくない言葉ー」

「頑張ってウィッグ付けるしかないな」

「うー……後でいい子いい子して♡」

「分かった」


 ——— そして雨も小康状態となり、傘を取り出し駅に向かうのだったが……。



 ※  ※  ※



 ——— 翌日。これで風邪をひいて看病などのイベントは、奈々菜がやったので俺達は無しだ。残念だが元気ピンピンだ。

 ただ、この時の俺達二人の素顔の写真がメッセージアプリで学園中に拡散していた。

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