第59話 九月の夕立②

 ——— 成宮に無理やり傘を渡された私はそのまま傘を刺して駅まで一人で歩いた。

 入学以来、登下校はいつも隣に藍がいた。一人で駅まで歩くのは実は今日が初めてな事に気付いた。


「——— ったく、成宮のバカ……嫌がるからって何もホントに傘だけ預けなくても……」


 正直、ちょっと嫌がり方が露骨すぎたと思ってた。反省だ。どうにもアイツを目の前にすると、感情のコントロールが出来なくなる。


「てか。藍も藍だ。何で傘だけ借りればいいものを、人ごと借りて、そそくさと出てっちゃうかな……」


 藍の行動を思い返すと、ラリーをやって以来、滝沢君に対する態度が少し変だ。二人、肩を並べている時間が長いように感じる。

 肩を並べて何してるって、真面目にテニスの話をしているのは誰の目から見ても明らかなんだけど、私からすれば。藍から声を掛けている事そのものが有り得ない事なのだ。

 実は滝沢君に惹かれてる? まさかね……。


 ——— 駅に着くと、藍は一人で改札口に立っていた。


「あれ? 二人は?」

「電車来るからって帰ったよ」

「傘は?」

「奈々菜に傘預けてるからそれで帰ってって。何? 何で一緒に来なかったの? 成宮君、ずぶ濡れだったよ」

「うん……ちょっと露骨に嫌がったら傘だけ置いて走ってっちゃって……」


 私達は話しながらホームへ向かう。


「もう……何で成宮君相手だとそんな露骨に感情剥き出しになるかなぁ。大体、私達って『人を嫌いにすらならない程度の浅い付き合いを』ってのがモットーみたいなもんなのに、明らかに成宮君、良かれ悪かれ、奈々菜にとって特別な存在になっちゃってるよ?」

「うん……アイツの言動聞いてると、本気なのか冗談なのか全然分かんなくてイライラしちゃうんだよ……」

「まぁ、確かに彼の言い方は冗談ぽいよね。でも、有言実行な部分も多いよね? この前の『真壁っちと愛のラリー』だって、『ラリー』そのものは有言実行だったし……でも、あのラリーも奈々菜以外の子だったらあそこまで頑張んないでしょ? そう考えると『愛のラリー』も有言実行の範疇になりそうだよね」

「うん……言いたい事はよく分かる。でもね、ふざけた言動と真面目な行動……なんだか捉え所が無くてさぁ……そういうとこなんだよ、私がイライラするところは……それさえ無ければなぁ……はぁ」



 ※  ※  ※



 ——— 翌朝。

 いつもの時間、いつもの車両に乗り込むといつもいる成宮の姿が見えなかった。

 そして、いつもの場所に滝沢君が一人吊り革に捕まらず腕組みして立っていた。


「おはよう。成宮は?」

「おはよう。風邪みたいだね。熱あるって」


 ——— 私は猛省した。



 ※  ※  ※



 ——— 放課後。私は部活を休み、一人で成宮の家に来ていた。

 家の場所は滝沢君に教えて貰った。

 電車に乗って、私が住むマンションの駅の一つ先の駅だ。

 成宮と滝沢君の家は、聞けば線路を挟んで徒歩一、二分程度しか離れていないそうだ。ただ、この線路で学区が分かれていて、小学校は別だったとの事。

 彼ら二人が話すようになったのは二年になってから。テニスがキッカケだ。

 成宮の家に着いた。普通よりは少し大きめに見える一般的な家だ。

 インターホンは門の隣にある。私は成宮の家に着くと、躊躇う事なくインターホンを押した。


 ——— ピーンポーン♪


『——— はい……』


 少しして少し暗めのトーンで返事が聞こえた。多分成宮だ。

 ただ、『翔馬』である確証がない。なので、ごく一般的な応対をする。


「あの、翔馬さんの同級生の真壁奈々菜と申します……」


 そこまでいうと急にスピーカーから張りのある声が聞こえてきた。


『うわ、真壁っち? あ、うわ、あ、あ上がってあ、入って、いや入らないあわ、あわ!

「ふふ……落ち着いて、ゆっくりでいいよ。まず深呼吸しよっか」

 

 慌てる成宮は初めて見る。いつも余裕かまして私を揶揄うような事言ってるから、不覚にも今の成宮がちょっと可愛く感じてしまった。


 ——— ガチャ。


 玄関が開いた。


「ごめん、こんな格好で。入って」


 私は黙って門を開け、玄関の中に入った。

 成宮は短パン半袖姿だ。風邪とはいえ、気温は三十度を超えている。暑い。

 

「上がって。お茶でも飲んでってよ」

「……お邪魔します」


 リビングに通されるが、親はいないようだ。平日の夕方だ。まだ、帰宅時間にもなっていない。

 成宮の体調は見るからに悪そうだ。お見舞いに来たのに彼に接客させるのは本末転倒だ。


「ね、部屋で寝てて。私、色々買ってきたから……ちょっとキッチン借りるね」

「あ……ありがと。へへ……実はちょっとしんどかったりしてね。俺の部屋、目印に少し扉開けとくよ」

「分かった。ありがと」


 私はキッチンに立ち、部屋全体を見渡す。あまり行儀のいい行為じゃ無いね。

 見た感じ飾ってある物が異国な物ばかりだ。そして統一感が全く無い。

 その中に気になる写真が一枚飾ってあったのだが ——— 。

 私は買ってきた食べ物を器に開け、コップや飲み物とかもトレーに乗せて成宮の部屋に持っていく。

 因みに食器棚はガラス張りで中が見えたので余計なところを開けずに済んだ。


「入るよ」

「あいよ」


 部屋に入ると成宮は毛布一枚で寝ていた。毛布からは鼻から上だけ出して私を見ている。

 部屋はエアコンが入ってて温度は若干暖かい感じだが快適だ。

 部屋には小さなローテーブルがあったので、トレーを一度机の上に置き、ローテーブルをベッドの隣に寄せてトレーをテーブルに置いた。

 ついでに部屋は、意外に余計な物がなくて、お兄ちゃんの部屋よりスッキリした感じだ。


「勝手に器とか使っちゃったけど……お昼ご飯食べた?」

「うん……まぁ……あ、食器は気にしないで」

「食べて無いんでしょ?」

「食べたよ。食べたけど……」


 私はベッドの脇にあるゴミ箱を何気無く覗くと、バナナの皮が捨ててあった。


「バナナだけ?」

「うん、バナナ食べました」

「はぁ……そんな事だと思ったよ。そこで風邪のお供! みかん缶とヨーグルト。もも缶の方が良かった? あと、食欲あったらパン食べて。菓子パンだけどね。少し日持ちもするから急いで食べなくても大丈夫だから」

「ありがと」


 成宮は体を起こしてみかん缶を食べる。

 食べてる隣で私は成宮に謝罪した。


「昨日はごめんなさい。ちょっと露骨過ぎた。あれじゃ成宮も気、使っちゃうよね」

「うん? いや、あれはちょっとカッコつけたかっただけだから気にしないでいいよ。実際、走り去る俺の背中カッコよかったっしょ?」


 完全に私に気を遣っての発言だ。


「うん……なのかなぁ……御免、そういうのよく分かんない」

「えー、そうなの? それじゃあ俺、風邪ひき損?」

「そう……なるね」

「あちゃー! ま、今こうして二人きりだし良しとするか」

「そう……なるの?」

「なるよ。だって、真壁っち、男の人の部屋に入った事無いでしょ? あ、嘘でも無いって言って」

「ふふふ。うん、無いよ」

「って事は真壁っちの初めてをまた貰ったわけだ」

「そうなるね。これで三つ目かな」

「へ? 二つじゃ無いの?」

「三つ。私、露骨に怒りの感情出すの成宮だけらしいから」

「はは、ついでにアーンとかしてくれたら四つ目頂き?」


 成宮は目を閉じて口を開いた。

 ここで私は失言する。


「残念、お兄ちゃんにやってるから初めてじゃ無いんだな」

「え? 真壁っちお兄さん居たの?」

「あ!」


 完全に気を許していた。

 思わず口から出てしまった。

 しかもコイツに知られるとは……また『初めて』を一つ持ってかれた。

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