第46話 宗介と翠がバイトする①

 ——— ピーンポーン♪


「おう、開いてるぞ」

「お邪魔しまーす」

「今日は何する?」

「今日はねぇ……映画見よ」


 テストが終わった後も翠さんは毎日俺の部屋に上がり込んでいた。

 俺も全然嫌じゃ無かったから、奈々菜が勝手に部屋に入って来るのと同じ感覚で、翠さんを部屋に迎え入れていた。


 一つ、変化があった。

 俺と翠さんは互いに名前に『さん』を付けている。

 これは初めて会った時、互いに妹もいたし苗字じゃ区別が付かないからだったが……俺達は自分らが気付かないところでかなり仲良くなってたんだな。

 遂に二人の名前の呼び方に変化が起きる出来事があった。

 ある日リビングでゲームをしていると、翠さんは俺との勝負に勝てず、段々口が悪くなって行ったのだが……。


「クッソー! 何で勝てないの! あったま来るなぁ! ちょっとそのキャラズルいって!」

「ハッハー! 勝負は勝てばいいのだよ!」

「——— またぁ! なんで? ……宗介めぇ……次こそ勝つ!」

「ハン! 俺に勝とうなんざ10万年はえ〜んだよ!」

「——— カァー! また負けた! やん、何で宗介に勝てないの! ホントあったっ来るぅ!」

「翠に負ける気なんざ微塵も無いぜ」


 ——— これ以降、俺達二人は呼び捨てで呼ぶようになった。

 ついでに奈々菜と藍ちゃんもテニスでダブルスを組むようになって、声を掛ける時『ちゃん』なんて言ってられないから呼び捨てで呼ぶようにしたそうだ。


 ——— そしてとある土曜日。


「ただいまー、あら、翠ちゃんいらっしゃい。今日も美人さんだねぇ」

「お帰りなさい、お邪魔してました。おばさんさんも相変わらず綺麗ですよ」

「ありがとう。そうそう、忘れないうちにこれ、翠ちゃんに預けとくね」

「これって……鍵?」

「この家の合鍵。インターホン鳴らさず勝手に入って来ていいよ。藍ちゃんにも渡すから気兼ねなく受け取って。ついでに奈々菜にもそっちの合鍵渡すから。それとコレも」


 小さな片手で持てるが片手ではちょっと収まらない大きさの箱を渡した。翠は中を開ける。


「ん? マグカップ?」

「だって、将来のお嫁さんに何時迄もお客さん用のカップってのもねぇ」

「ちょ、ちょっとおばさん……私と宗介はそんな仲じゃ……」

「半分は冗談よ。大丈夫。藍ちゃんのもあるからね。それじゃあ私はまた出かけるから後宜しくねぇ。あ、冷蔵庫の中身もいつでも自由に使っていいから。それとこの事、武尊さんも稜ちゃんも知ってる話ね」


 翠と藍ちゃんはフリーパスで真壁家の敷居を跨ぐ権利を得たのだった。奈々菜は桜木家のフリーパスだ。俺は無い。

 桜木家には奈々菜のマグカップが準備されていたようだ。俺のは無かった。ま、俺は桜木家には滅多に顔出さないからな。


 ——— 夏休み直前、中総体ソフトテニスの県大会が行われた。

 ここでも奈々菜と藍ちゃんは何と! 『優勝』という快挙を成す。

 学園での騒ぎは勿論だが、県内の新聞も地方欄に小さくだが写真付きで掲載され、『双子のような美少女』と、特徴ある容姿に、二人並んで繁華街を歩けば、彼女達だと気付く者も少なく無かった。

 ——— 当然、夏休みに入る前の全校集会で奈々菜と藍ちゃんはステージに、栄誉を讃えられた。一々人前に立たせるなと嘆いていた。

 という事で、全国大会出場が決まった。


 ——— 夏休みに入った。

 俺と翠は夏休み限定でバイトを始めた。

 俺達も高校生だ。バイトの一つ位はやってみたいし、何より小遣いが欲しい。

 一応、校則ではバイトは禁止だが、夏休みと冬休み。そして春休みに限り、成績に問題が無い者はバイトの許可が降りる。

 俺達の成績については言うまでもない。

 バイト先は音楽・映像ソフトのレンタルと、書籍とゲーム類を販売しているちょっと大きめな複合店『レンタルショップ アイビー』だ。

 俺達のシフトは朝十時から夕方五時までを基本としているが、他の従業員と調整が付けば多少時間をシフトする事も可能だ。

 ついでに休みは二人揃って火曜日と水曜日にして貰った。理由は特に無い。

 そして、学園の生徒だが、客としては結構来ているようだ。ただ、幸いな事にこの店で働いている生徒はいない。

 因みにお袋もパートで土日も働いているが、休みは木曜日と金曜日にしている。奈々菜と藍ちゃんは日曜日だけ部活が無い。そんな感じで夏休みが始まった。


 ——— 俺と翠の夏休みの一日の始まりは、やはり朝のジョギングから始まる。

 ジョギングが終わると、シャワーを浴びて朝食を摂り、そして支度を済ませ俺と翠は一緒にバイトに出掛ける。


「翠がバイトするって言い出すと思わなかったよ」

「この姿で学校行って、ちょっと自信付いた感じかな。主治医も『やりたい時がやり時』って言ってたからね」


 実はバイトの言い出しは翠からだった。それに付き合うように俺もバイトする事にしたのだ。


「店は学園の奴らも出入りしてるんだろ? 大丈夫なのか?」

「うん、そこは……多分としか言えないよね。ただ、店の中で注目浴びる事は無いから、そこは大丈夫」

「確かにな……」


 多分、お得意さんになってる生徒は何人かいる筈だ。そうすれば顔も覚えられる。

 翠はクラス内でも翠を知らない子が居ると思う程、学校では存在感が無い。だから翠がそのお得意さんに覚えられたとして話しかけられるとすれば、休みが明けて、学校で翠を見て『あれ? あの店で働いてたよね?』って感じになるだろう。

 ただ、学校での翠は話しかけ難い空気を出している。

 一度、話し掛けられているところを見たが、余りの突っ慳貪な受け答えに、話しかけた方が困っていた。


「そう言えばお昼ご飯どうすんの?」

「一応、おにぎり作って貰った」

「それだけ?」

「それだけ。お袋も夏休みまで弁当作りたくねぇだろって思って、おにぎりだけにして貰った。翠はどうすんだ?」

「私は出発まで時間あるからゆっくり自分で作ったよ。何なら宗介の分も作る?」

「えー、それは悪いよ。食材だってタダじゃ無いんだし」

「だったら、ウチの食材と宗介んちの食材合わせて作る? 今迄土日もそうして来たんだし、問題ないっしょ」

「……だな……じゃあ、お願いしよっかな」


 ——— 夏休みに入って数日。

 俺と翠はバイト生活を満喫している。

 満喫と言っても俺と翠は結局学校と同じで周りの人と余り話をせず、勿論、俺達自身も必要以上の会話をせずに居た。

 ただ、一人、俺達の空気を察した者が居た。


「真壁君は桜木さんって付き合ってんの?」

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