第41話 宗介の部屋②

 ——— 今、お兄ちゃんの部屋に翠さんと藍ちゃんが来ている。勿論私も居る。

 今x中等部のテニス部の話になっている。

 私には……いや、私達には最近気に掛かる男子がそれぞれに現れた。

 恋愛的な意味での『気に掛かる』では無い。どちらかと言うと『悪い意味』での『気に掛かる』だ。

 ここからは私の話というより回想シーンだ。実際にお兄ちゃん達には話していない内容も含まれるので悪しからず。



 ※  ※  ※



「奈々菜ちゃん、行こ♪」


 いつものように、藍ちゃんが部活の誘いに教室に顔を出す。

 私から藍ちゃんを迎えに顔を出すことは無い。と言うのも、SHRの終わる時間がうちのクラスはどのクラスよりも極端に遅いのだ。

 担任の性格だね。

 いつもどうでも良い話をタラタラ長々と話す。


 ——— 五月の連休も過ぎ数日が経っていた。二年途中入部組で残ったのは私と藍ちゃん、そして男子二名だけだった。


「さ、俺らも行こうぜ真壁っち」

「なんで成宮と一緒に行かなきゃなんないのよ!」


 こいつの名前は『成宮翔馬』。

 以前話した『クラス一お調子者』と呼ばれる男だ。

 根性無しと思っていたこいつが何故か部に残った。

 

「しかしあんたが辞めずに残るなんて思わなかった……」

「だから言ってんじゃん! 俺は真壁っちの傍にいたいんだって」


 尚更信じられないって感じだ。

 何その軽口。

 誰にでも言ってんじゃ無いの?

 彼の言動はそう思わせる程、いつも軽いものだった。


 部室で着替えコートに入ると成宮ともう一人の残った部員『滝沢廉斗』は決まってコートいない。

 いつもだ。

 彼らは誰よりも早く部室から出て来て、勝手に校庭を走っているのだ。

 部長は協調性が無いと嘆きつつも、誰よりも真摯に練習する姿に『しょうがないな』と諦めつつ放っていた。

 実際、練習量は誰よりも明らかに多かった。


 ——— 練習も終盤。疲れ果ててコートの片隅で大の字になって息を切らしながら寝そべる成宮。

 真剣に練習に取り組む彼に心打たれたのか知らないが、私は声を掛けずにはいられなかった。


「大丈夫?」

「ハァハァ……今の一言で大丈夫になった……ンックァ………ふぅ……ありがと」

「何それ?」

「何それって、真壁っちの『愛のヒール』でしょ?」

「はぁ?」


 私は当然そんな行為も単語知らない。


「知らないの? 真壁っちの『大丈夫?』って言葉は魔法で言うところの『ヒール』の効果があるんだぜ?」

「…………」


 私は呆れて声が出なかった。


「よし! じゃ、次行ってみよう!」


 成宮はそう言って立ち上がる。


 ——— ガクッ……


 成宮は脚に力が入らないのか膝から折れ、片膝を立てた。


「おっと……」


 明らかににオーバーワークだ。このままじゃ絶対怪我する。


「あんたそんなふざけてないでちゃんと休憩しないと怪我するよ」

「ははは、そうだな。怪我したら真壁っちと『愛のラリーも』出来なくなるもんな」

「はぁ? アンタまだこの期に及んでそんなこと言ってんの? バッカじゃないの?」

「はは……時には男馬鹿になるべし! 馬鹿な事も真剣に出来ない男に価値は無いよ」

「誰そんな事言ったの……それ言った人にも『バッカじゃ無いの!』って言っといて」

「分かった。来月言っとく」

 

 しかし、彼の練習に対する姿勢は本物だ。

 行動そのものは一言で『真面目』。なのにあの言動……だからこそ腹が立ってくる。

 成宮は自分がコートの外にいる時は誰かボールを打っていると、その姿をジッと見る。兎に角見る。睨みつけるような目で見る。明らかに何か技術を盗もうとする眼付きだ。

 藍ちゃんに聞いた話では、私が打つ時も、皆、口々に『やっぱ才能ある子は違うよね』『フォームも綺麗』『やっぱ違うわ』なんて事を口にしながら惚けた表情で見ているところ、成宮はやはり一人『ジッ』と睨みつけるように、そして、何かを盗み取るかのように私の動きを瞬きせずに見ているという。

 そしてある日、部内での試合で私と藍ちゃんが組んだダブルスが先輩に勝った時、周りは『やっぱ二人は才能あるわぁ』と才能で片付けようとした。

 でも成宮と滝沢君だけは違った。


「なぁ、どんな練習すれば軸がブレずにラケット振れるんだ?」

「そうそう。2セット目の三つ目のサーブの後、バックで振り抜いてたけど、あれ、どうイメージしても今の僕じゃ軸がズレるんだよ。あれってどっちの脚に力入れてんの? いや、あれは上半身でカバーしてる? ね、桜木さんはなんか分かる?」

「うーん……正直よく分かんないよ」

「真壁っち、ちょっと俺のフォーム確認してくんねぇか? どっか変なとこないか見てほしいんだけどさ。後、タッキー滝沢とラリーやってみっからちょっと諸々見てくれよ」

 

 成宮は凄い勢いで、しかも真剣な顔で私にお願いしてきた。

 本当に真面目だ。だからこそ彼の本質が分からない。


「なんであんたの面倒見なきゃいけないの。それに私はあんたが思っているほど練習なんて……努力とかしてるわけないし……そう、才能。皆が言うように私は才能とセンスだけでテニスやってん…「んなわけあるか!」


 成宮は私の言葉に突然怒鳴った。

 私は正直成宮の相手が面倒になった。なのでちょっと素っ気ない、投げやりな態度をとってしまったのだが……。


「才能なんて『努力する才能』意外存在しねぇんだよ! センスっつーのは努力の先に見えたイメージだ。俺はその努力の仕方を教えてくれって聞いてんだ!」


 私は驚いた。

 まず、怒鳴られた事に驚いた。

 大なり小なり私は親にも兄にも怒鳴られた事がない。私を怒鳴ったのは成宮が始めてだ。でも、私の『皆が言うところの才能』を否定する言葉は正直嬉しかった。

 皆が『才能』で片付けられるところ、悔しいかな、こいつだけは『努力』で片付けた……『才能』付きだけど……。

 私は一瞬だけど胸が高鳴った。

 確かに私は努力する姿を誰にも見せない。

 見せたくない。

 理由は単純だ。

 『私頑張ってます』って姿を見せるのは、それが出来なかった時の言い訳の準備に思えてしまうのだ。

 言葉にすると『残念だったね』と言われたく無いのだ。

 私に言わせれば頑張りが足りなかっただけだ。

 だから周りから『才能』とか『センス』と評価されるのは思惑通りではあるのだが……やっぱり自分の根底に気付かれれば、気付いた人をちょっと気になったりするもので……。


「なんでそんなにテニスに一生懸命なの?」


 私は彼の熱意みたいなもの当てられたのか思わず聞いてしまった。

 その時の私の表情はどこか嬉しそうだったと、後で藍ちゃんに言われるのだが、すると彼は私の問いに答えるが、その答えに私は呆れて何も言えなくなってしまった。


「んなの、真壁っちと永遠に愛のラリーしたいからに決まってんだろ!」


 成宮の口から怒り気味、且つ、真剣に語られたその一言に、私は殺意にも似た得体の知れない負の感情に心を支配されそうになった。

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