研究者
勿論、それが虚言であるならば興味どころか嫌悪を向けられたとしても致し方ないが、鳥に変化できる人間ないし、人間に変化できる鳥が目前に現れたら、研究欲が疼くのは至って普通のことなのかもしれない。
だが、そんな暢気なことを言ってられるのは第三者だけ。
私の住まうアパートへ、多くの研究者が押し掛けた。その中にはジャーナリストもいるようだ。デジタルカメラを首から下げ、手には万年筆とメモ帳を持っている。
眠りに落ちた街で、眠らない人間がいたのだ。
かつての私のように。
――――――どうやってハヤブサになるのか。どうやって人間に戻るのか。その機序は、その瞬間は。前兆はあったのか。人体への悪影響はあるのか。
幻視、虚言の類ではないのか。
むしろ私が聞きたい。そのハヤブサの正体が私であることを、どう見抜いたのか。世界最速と言われるハヤブサを、どう追ってきたのか。どうして盲目的とも言えるほどに、職へ没頭できるのか。
「帰って下さい」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに、一日だけ。一日だけ、私の研究室に来ませんか」
「行きません」
研究者たちは連日、私のアパートを訪れた。彼らから私が被っている迷惑を顧みず、何度も何度も、私の部屋を訪ねる。
「嫌です。行きません――――って何度も言ってますよね?」
「大丈夫ですよ、怖くありませんから」
「怖いとか、そういう問題ではなくてっ――――――」
研究者たちは私の言葉に耳を貸さない。怒鳴り散らしたくなる怒りを、ぐっと堪えて彼らを睨みつける。「殴って、喚いて、暴れてやれ」と囁く脳内の悪魔と、「大人として冷静に対処すべき」と宥める善良な天使が、私を混乱に陥れる。
「見世物になんてならない! 研究なんて知るか!」
そう言って研究者を追い払った。だが何度も何度もしつこく付きまとうその様は、生塵に集る蝿の如く、光に集る蛾の如く、醜くて気持ち悪い。
耳がないのか。脳がないのか。
ハヤブサの時はハヤブサ、人間の時は人間。ただそれだけのこと。それ以上に知りたいことなど、ひとつもない。
人間なんて嫌いだ。
あぁ、そうだ。いっそ死んでしまえば、一生ハヤブサでいられるだろうか。いや、ダメだ。そんな不確かなことに命をかけられるものか。
残された選択肢は、一つしかない。
――――――だから私は、逃げ出した。
人間である苦痛から逃れたかった。自由が欲しくてたまらなかった。一瞬の幸福ではない、永遠の幸福を手にしたい、と願ってしまう。
逃げて、飛び立って、私は長い長い旅に出た。
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