第30話 正当な報酬

オルド峠を越え、ハルオたちはついに王都オルディアへ到着。

“風の宿”で旅の疲れを癒し、名物料理を囲んで乾杯した。


ベスが「この先どうする」と尋ねると、

ハルオは少し考えてから、「ここで生きてみたい」と静かに答えた。


穏やかな夜――扉が軋む音を立てて開き、

冷たい夜風とともに入ってきたフードの少女が、まっすぐに言った。


「……あなた、“ハルオ”ね?」


少女はじっと彼を見つめ、あきれたようにため息をつく。

フードを上げると、そこに現れたのは見覚えのある顔――ギルドの初心者講習で一緒だったティナだった。


「ロクス! 見つけたわよ!」

彼女の後ろから、ロクス、リーナ、ドルク、ユンの姿も続く。見慣れた仲間たちだ。


「おい、心配したぞ!」

「よかった……無事に着いてたのね」

「え? みなさん、どうしてここに?」

ハルオは状況がつかめず、ぽかんとしたままだった。


「知り合いかい?」ベスが笑いながら言う。

「とりあえず座りな。おやっさん、エールを追加で頼む!」


どうやら彼らは、ローレンの街からハルオを追いかけてきたらしい。

王都行きの乗合馬車乗り場で見送りをするつもりが、ハルオが一人で徒歩で出発したと聞き、慌てて追いかけてきたのだという。


「まさか本当に歩いて峠を越えるとはな……金はあっただろ?」

「実は、ミスリルの剣と魔法袋を買ってしまって……」


ハルオが苦笑すると、ティナたちは揃って頭を抱えた。


「ごめんなさい、私がちゃんと説明してなかったのがいけなかったわ」

「そうだぞ、そもそも魔法学園行きもお前の指示だしな。ところでこの二人は?」

ロクスが早速エールを飲みながらベスとゴルドについて聞く。


「あたしたちは街道でのんきに昼寝してたこいつを拾ってやったのさ」

「そうだ、ベスが拾わなかったウルフの餌になってたかもな」

ベスとゴルドが楽しそうにいままでのいきさつを話してくれた。


「ハルオがずいぶんいい身なりになってたのはそういうことか、運だけはよかったみたいだな。」

「ベスの姉さんマジで神。この肉もマジで神」

ユンが肉を食べながら目を輝かせている。

「で、なんでロクスさんたちとティナが一緒なんですか?」

ドルクとユンはそのままロクスたちとパーティーを組んだのは知っていたがティナは‥‥

「ふん、失礼ね。たまたま王都に帰るところだったから馬車に乗せてあげたのよ」

「あぁ、ほんと助かった。」

「ティナ本当にありがとう助かったわ」

「べ、別に感謝されるほどのことじゃないわよ!」

ティナは顔をそむけながらも、どこか嬉しそうに頬を染めた。


「まったく……

一人で峠越えなんて、命知らずよ」


「すみません……でも、なんとかなりましたから」

ハルオが照れくさそうに頭をかくと、ベスが笑って肩を叩いた。


「こいつ、根性と運だけはあるんだ。見込みがあるさね」

「それは同感だな」とロクスが頷く。

「だが、もう少し計画的に動け。お前がいなくなって、どれだけ大騒ぎだったか知ってるか?」


「え、そんなに……?」

「そりゃあもう。ギルドまで報告しに行ったんだぞ」

「ユンなんて“捜索願い”出す寸前だったんだからね」

リーナがからかうように笑うと、ユンは真っ赤になってカウンターを軽く叩いた。

「わ、私がそんなに心配してたわけじゃないから! ただ――ギルドの規定で!」


「はいはい、ありがとな」

ハルオの苦笑に、テーブルの空気が和んだ。

仲間として行動したのはほんの数日。でも仲間として心配してくれたのがハルオは心から嬉しかった。


そのとき、店主が大皿を運んできた。

「追加の肉と魚だよ! 賑やかでいいねぇ、若いの!」

香ばしい匂いが立ちのぼり、エールの泡が弾ける。


ベスがジョッキを掲げた。

「せっかくだ、再会の祝杯といこうじゃないか!」

「おう!」「乾杯だ!」

「肉に乾杯」

ジョッキがぶつかり、再び店内に澄んだ音が響く。

ハルオは笑いながらエールを飲み干した――

終始空気だったドルクは1杯目のエールで酔いつぶれていた。


翌朝


酔いつぶれたゴルドに別れを告げ一行はギルドに。


「ここが王都のギルド」

「そうだ、依頼の数も難易度もローレンの比じゃねぇ」

「そうさね、じゃあハルオ、昨日の件報告しに行くよ」

ベスに促され受付に峠のゴーレムとマジックモンキーの報告をする。


受付の女性が顔を上げた。

「報告書の提出ね。……“オルド峠のゴーレム討伐とマジックモンキーの件”、確認しました。昨日から通行ができるようになったと報告上がってきています。なにか討伐証明になるものはありますか?」


「はい、これです」

ハルオが魔法袋からマジックモンキーの死骸を取り出すと、受付嬢は目を丸くした。

「これは……ちょっと待ってくださいね。」

マジックモンキーの死骸は調査のためギルドで通常より高値で買い取ってもらえることになった。

「今回の報酬はこちらです。ゴーレム討伐で銀貨15枚とマジックモンキーの追加報酬が銀貨30枚。全部で45枚です」

「やっぱりね。流通の要所なのにギルドの冒険者が動いてないのが不思議だったんだ。安すぎさね」

「たしかに、ローレンでもゴーレムが出たら最低でも銀貨50枚はでるぞ」

「何か裏があるね」

「す、すいません。私からはなんとも‥‥ただ上から圧力があったって所長が言ってた気がします。あ!これ内緒ですよ」


報酬を受け取り受付を離れると、ホールの壁一面に貼られた依頼書が目に入った。

盗賊団の討伐、古代遺跡の調査、王都近郊の魔獣退治――ローレンのギルドとは桁違いの数と規模。


「すごい……本当に全部依頼なんですね」

ハルオが呟くと、ベスが腕を組んで言った。

「ここは王都だ。実力のない奴はすぐに食い潰される。だが腕が立てば、名も金も思いのままさ」


「つまり、やり甲斐はあるってことだな」

ロクスが笑って背伸びをした。

「どうするハルオ? 今日のうちにひとつ受けてみるか?」

「ハルオは先に魔法学園に行くのよ」

「あ、そうだった。」

ベスも頷く。

「それじゃ。あたしたちは商談があるから別行動だけど、困ったときはしばらくは“風の宿”にいるからいつでも戻ってきな」

「はい、ありがとうございました!」

「あとこれ、餞別だ。」

そういうと金貨の入った袋をハルオに手渡す。全部で金貨十枚。

「え?こんなに。もらえません」

「いいんだよ。正当な報酬さね。」

どうやらベスは昨日ハルオと別れたあとに、盗賊のアジトで得た宝石を換金してきたらしい。

「思ったより高く売れたのさ。だから気にすることないさね」


見送るベスに手を振り、ハルオはロクスたちと並んで掲示板の前に立った。

「ロクスさんたちはどうするんですか?」

「俺たちもしばらく王都で依頼をこなす。せっかく来たんだ稼がなきゃ損だぜ」

「そうね、私たちも風の宿を拠点にするから何かあったら言ってね」

「ハルオ頑張れ」

「そういえばハルオお前D級になったって本当か?」

「ドルクいたのか・・・」

ハルオに追いつかれたことに焦りを感じているドルクとマイペースなユン。

「ふん、私もすぐに追いつくわ。それより行くわよ魔法学園」

「え?ティナも行くのか?」

「悪かったわね。でも魔法学園では私は先輩よ」

ハルオは少し驚いたように目を瞬かせた。

「先輩……って、ティナ‥さん、魔法学園の生徒だったんですか?」


「正確には“特待生”よ。王立魔法学園の研究課程に在籍してるの。」

ティナは胸を張りながら言った。

「あなたが入るのは初等課程の一般生徒ね。身分も実力も違うけど――まあ、面倒は見てあげるわ」


「えっと……ありがとうございます」

ハルオは苦笑しながら頭を下げた。


ロクスが肩をすくめて笑う。

「いい先輩がいてよかったじゃねぇか。俺たちも安心だな」

「そうね。ティナなら学園のことも詳しいし」

リーナが微笑む。


「うん、じゃあ行ってくるよ」

ハルオは小さく深呼吸をして、掲示板のあるホールを振り返った。

初めて来た王都のギルド。その喧騒も、今では少しだけ心地よく感じる。


「――行こう、ティナさん」

「なによいきなり仰々しい、ティナでいいわ。学園ではそんなに堅苦しくしないの」

「じゃあ……ティナ」

「よろしい。じゃ、ついてきなさい。王都の道は入り組んでるから、迷子にならないように」


ギルドを出ると、午後の陽光が石畳を照らし、街路樹の影が揺れていた。

人の声、馬車の音、香辛料と花の香り――すべてが新しい世界の始まりを告げている。


ティナは歩きながら説明を始めた。

「王立魔法学園はこの先の北区よ。王城の手前の区画。

貴族や高位魔導士の子弟ばかりだけど、特待や推薦なら平民でも入れるわ。あなたみたいにね」


「なんか、場違いな気がしてきたな……」

「今さら何言ってるの。もう推薦状もあるんでしょ。逃げ場はないわ」

ティナがにやりと笑う。


王都の大通りを抜けると、遠くに白い塔が見えてきた。

その頂には、昼間でもはっきりとわかるほどの魔力の光が揺らめいている。


「――あれが、王立魔法学園」

ティナが立ち止まり、指を差した。

「これからあなたが学ぶ場所であり……同時に、この国の“魔法の中心”よ」


ハルオは息を呑んだ。

まるで空を突くように高いその塔は、威厳と神秘を同時に放っていた。


(ここから、俺の新しい生活が始まる――)


その瞬間、学園の上空でふっと光が揺らぎ、風がざわめいた。

まるで誰かが、その出会いを見守っているかのように。

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