第31話 クレイン・ラザフォード

学園の正門は、白い大理石でできた二本の塔に守られていた。

鉄製の門には魔法の紋章が刻まれており、近づくと淡く光を放つ。


「ようこそ、王立魔法学園へ」

ティナが言う。

「ここから先は、許可証がないと入れないの。――あんたはあっち」


ティナが指さすのは門の隣にある守衛室。

「こいつ、入学希望者よ。ハルオ推薦状見せて」

「あ、これです」

守衛が推薦状を確認し、ティナは門の横についているライオンの像に手をふれる、

門の紋章が静かに輝き、音もなく扉が開いた。

「……すごい」

ハルオは思わず呟いた。

足を踏み入れた瞬間、外の喧騒が嘘のように静まり、

空気が澄み切っているのを感じた。


敷地内は広く、整然と並ぶ建物のあちこちに浮遊する灯りが漂っている。

学生服を着た者たちが談笑しながら行き交い、空中には小型の魔法がいくつも浮かんでいた。


「みんな、魔法を普通に使ってるんだ……」

「ここでは日常よ。――さ、まずは入学手続きからね」


ティナに導かれ、ハルオは中央棟と呼ばれる建物へ入った。

高い天井、壁に埋め込まれた水晶灯、そして魔法で自動筆記する羽ペンたちが受付カウンターを飛び回っている。


「ここが入学管理局よ。書類を出せば、仮登録が済むわ」

「えっと、これですね」

ハルオはリーナから受け取った推薦状を差し出した。


受付の女性が受け取り、魔力検知用の装置に通す。

青白い光が瞬き、装置が「認可」の文字を浮かべた。


「確認しました。ハルオ様、リーナ・アルセルト様の推薦枠で入学が承認できました。

これより初等課程一年として仮登録を行います。こちらの魔導印に手を置いてください」


言われるままに手を置くと、印章が一瞬光り、ハルオの手の甲に淡い紋が浮かんだ。


「それが学園の識別印よ。身分証の代わりにもなるんだから」

ティナが説明する。


受付嬢が続けた。

「学生寮の部屋も割り当て済みです。男子寮〈蒼翼の館〉の二階、二〇七号室になります。

制服と教本は入寮時に支給されます。入学式は三日後の朝九時、中央講堂にお越しください」


「わ、わかりました……!」


書類を受け取りながら、ハルオは思わず笑みをこぼした。

(……本当に、入学できたんだ)


ティナはそんな彼を見て、ふっと口元を緩める。

「ふふ、なんだか初心を思い出すわね。――おめでとう、ハルオ」


「ありがとう、ティナ。頑張るよ」

「その意気よ。でも、学園は甘くないわよ。実技試験も筆記も、平民枠には厳しいから」

「覚悟しておきます」


二人が管理棟を出ると、夕陽が校庭を黄金色に染めていた。

高台の先には、学園の象徴である白塔がそびえ立ち、

その頂では、先ほどよりも強い青い光がまた瞬いた。


ティナがふとその光を見上げ、静かに呟く。

「……あの塔の最上層、研究棟。私がいるのは、あの中よ」


「研究課程って、あそこにあるんですか?」

「ええ。学園の中でも限られたエリートしか入れない場所よ。――」


風が吹き抜け、鐘の音が遠くで響く。

ハルオは無意識に白塔を見上げた。



翌朝。

王都の街がまだ薄い朝靄に包まれている頃、ハルオは学院の男子寮〈蒼翼の館〉へ向かっていた。


入学手続きを終えたその夜は、“風の宿”に泊めてもらっていた。

けれど今朝からは学院での生活が始まる。


白い石畳を歩くたび、胸の奥が少しずつ高鳴っていく。

(いよいよ、学園生活の始まりか……)


寮の入口に立つと、青い翼の紋章が刻まれたアーチが迎えてくれた。

近くにいた管理人の老人が、手元の名簿を確認しながら言う。


「ハルオ君だね。部屋は二階の二〇七号室だ。

これが寮の鍵と案内書。門限は特になし。でも寮母に逆らうと雷が落ちるから気をつけるんだな」


「か、雷……?」

「比喩じゃないぞ。あの人、雷魔法の達人だからな」

老人はにやりと笑い、背を向けた。


(いきなり物騒だ……)

苦笑しつつ部屋の扉を開けると、予想よりずっと整った部屋だった。

二人部屋らしく、ベッドが二つ、机が二つ。壁際には小さな魔導灯が並んでいる。


しかし――もう片方のベッドには、先客がいた。


「……おーい、誰だよ勝手に入ってきたの?」

寝ぼけた声とともに、金髪の青年が上体を起こした。

涼しげな青い瞳に、軽薄そうな笑み。


「あっ、新入生か。俺はクレイン・ラザフォード。よろしくな」

「ハルオです。えっと……よろしくお願いします」

「おう。お前運がいいぜ、俺と同じ部屋なんて。ここ、外れの部屋だけど風通しは最高だぞ」


軽い調子で笑うクレインだったが、机の上には整然と並んだ魔導書と杖が置かれており、

その魔力の残滓がわずかに空気を震わせていた。


(見た目よりずっと実力がある……?)


「ところでお前、どこの出身? 学園の初等課程にしては魔力が妙に混ざってるな」

「えっ、あ……ローレンからきました」

「ふーん。まあいいや。午後から新入生向けのオリエンテーションがあるらしいぜ。遅刻すんなよ」


そう言ってクレインは再びベッドに倒れ込み、

「……あとで一緒に行こうな」と言い残して寝息を立てた。


(なんか、自由な人だな……)


ハルオは魔法袋から荷物を出しながら、窓の外を見た。

学園の中庭では、すでに何人もの生徒が杖を構えて魔法の訓練をしている。

火花が弾け、風の刃が舞う。


その光景に胸が高鳴る。

(俺も、いつか――あんなふうに)


そのとき、扉がノックされた。


「ハルオ? 入っていい?」

ティナの声だ。


「どうぞ」


扉を開けたティナは、淡い青の制服を身にまとっていた。

胸元には研究課程の紋章。

「入寮、無事に済んだようね」

「はい。なんとか……同室の人もちょっと変わってますけど、悪い人じゃなさそうです」

「クレインでしょ? 有名よ。天才だけど、基本授業をサボる常習犯。関わり方には気をつけなさい」


ティナは部屋を見回して頷いた。

「このあと初期適性検査があるはず。

魔力の波形を測るんだけど……あなた、少し変わってるから注意した方がいいかも」


「変わってる……?」

「うまく説明できないけど‥‥とにかく気を付けて」


ティナは真剣な目で彼を見つめた。

「……ねぇ聞いてる?」

「はい、ちゃんと」


一瞬の沈黙。だが、ティナはすぐにため息をついた。

「……まあいいわ。あと学園の上層部にも気を付けて、魔力の異常にとても敏感なの」


「……はい」


ティナは微笑んでドアに手をかけた。

「じゃあまたね、新入生。――」


ドアが閉まると同時に、ハルオの胸の奥で、

期待と不安が交錯していた。


(俺のやっていけるかな)


窓の外、白塔の頂に再び青い光が瞬いた。

まるでそれが、何かの“始まり”を告げているかのように。

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