第4話 街

街への道のりは、思った以上に長かった。


獣道のような林道を抜け、小川を飛び越え、鬱蒼とした森の中をひたすら歩く。 ロクスとリーナは慣れた足取りで先を行き、俺はそれについていく。 最初は着いていけるか不安だったが体は軽かった。


「ところで二人は森で何をしてたんですか?」


俺が問いかけると、ロクスが振り返ってニヤリと笑った。


「どうした、急に仰々しいな。敬語なんて使われるとむず痒いぜ?」


「……まぁ、こっちも色々と混乱してて」


「ふふ。ま、気持ちはわかるわ」


リーナが笑いながら頷く。ようやく少しだけ打ち解けたような気がした。


「で、俺たちが森にいた理由だけどな。最近、この森で“魔物”の出現報告が増えててさ。依頼を受けて、調査してたんだ」


「魔物……?」


「そう。魔素が表に色濃く出て、凶暴化した動物ってところかしら」


リーナが淡々と補足してくれる。どうやらこの世界では、魔素とやらが生物に悪影響を与えるらしい。


「今日は収穫なしってところだったけど、まさかゴブリンの群れに遭遇するとはな」


「しかも、素人っぽいあんたが真っ向勝負して勝っちゃってるしね。そっちのほうがびっくりだわ」


「……運が良かっただけだよ、たぶん。ところでゴブリンは魔物じゃないのか?」


本当は心臓バクバクだったし、木の棒を拾ってなかったら危なかった。


「あぁ、あれは人のなりそこないみたいなものよ」


「でもまあ、魔物みたいなもんか。おかげで調査にはなった。ここ最近、やけに人里近くに魔物が出るからな。ちょっと気になるぜ」


ロクスがぽつりと呟く。 森を出たあたりで、ふと後ろを振り返った。青々と茂った木々の奥から、何か視線を感じた気がした。


「……なんでもないか」


首を軽く振って、足を速める。


やがて、街の石壁が目前に現れた。高くそびえ立ち、堅牢な城門が口を開いている。


門番に止められるかと思ったが、ロクスがギルド証を見せるとすんなり通してくれた。


「よう、ロクス。依頼のほうはどうだった?」


「まあまあだな。帰りに報告に行くさ。こいつは道で拾ったんで、保護者ってことで頼む」


「またかよ、お前らは迷い子ばっか連れてくるな」


門番は苦笑しながら、俺に軽く敬礼した。


「街の中で変なことするなよ。最近は治安がうるさいんでな」


「……了解です」


とりあえず礼だけ言っておく。


門をくぐると、そこは別世界だった。


石畳の広場、行き交う人々、露店から漂う香辛料の匂い。馬車の車輪の音に、遠くから聞こえる鐘の音。


(うわ、本当にゲームの中みたいだ……)


「立ち止まるな、観光は後だ」


ロクスに小突かれて、慌てて歩を進める。


向かった先は、冒険者ギルドと呼ばれる場所だった。


中に入ると、思っていた以上に騒がしい。 酒の匂いと、木製のテーブル。鎧を着た人間や、尻尾のある者までいる。


「うわ……異世界テンプレってやつだ」


「……何をブツブツ言ってるのかしらね」


リーナが呆れたように横目で見てくる。


ロクスはカウンターに向かって歩き、受付の女性に話しかけた。


「ただいま。迷い子一名連れてきた」


「あら、また?」


受付嬢は目を細めて、俺に視線を向ける。


「名前と年齢、それから……身分証は?」


「……ハルオ。年齢は……えーっと、たぶん14とか15くらい……身分証、ないです」


一瞬、空気が止まった。


「……年齢不詳で身分証なし?」


「うん、まぁ……ちょっと事情があって」


「ロクス、こいつ本当にヒューマ?デモニアじゃないの?」


「さあな。でもゴブリン相手に勝ってたから、少なくとも只者じゃない」


「ふぅん……。じゃあ、ひとまず仮登録で滞在許可を出してあげる」


受付嬢が用紙を取り出し、さらさらと書き始める。


「とりあえず今日はギルドの宿舎を使っていいわ。食事もつけてあげる。明日、正式な聞き取りをするから、逃げないようにね」


「……助かります」


とりあえず、今夜は寝る場所と食べ物にありつけそうだ。


だが――この異世界が、そんなに甘い世界じゃないことを、俺はまだ知らなかった。


ギルドの宿舎は、木造の簡素な建物だった。


出された食事は固いパンと味の薄い野菜スープ。


その後案内されたのは二階の端の部屋。ベッドと小さな机があるだけの質素な空間だが、野宿と比べれば天国のようだった。


「……なんとかなった……」


ベッドに横になり、全身の力が抜けていく。


数時間前までは日本のサラリーマン。しかも死んだはずの俺が、今は異世界で14〜15歳の姿になってる。突っ込みどころ満載な状況だが、疲れた脳はもう深く考えることをやめていた。


「……風呂……入りてぇな……」


シャワーなんてあるわけもなく、体は汗と土でべたついていた。それでも、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。


どれほど眠っただろうか。


夢を見ていた。


空が赤黒く染まり、星が降ってくる。ひとつ、またひとつと火の玉が空を裂き、地上に突き刺さっていく。


その度に大地が揺れ、叫び声が木霊する。


──その中で、誰かが立っていた。


黒いローブをまとい、顔の見えない人影。無数の星の破片を背に、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「――還レ」


聞き取れない言葉が、頭の中に直接響いた。


「やめろ……俺は……知らない……!」


その瞬間、視界が真っ白に弾け――


「っ……!」


がばっと跳ね起きた。額には汗がにじみ、心臓が激しく脈打っている。


(……夢? いや、あれは……なんだったんだ?)


部屋は薄暗く、窓の外からわずかに月明かりが差し込んでいた。


静まり返った夜の中で、自分の息遣いだけがやけに大きく感じられる。


(今の声……「還れ」って言ったのか……?)


誰が? どこへ還れと?


──不気味な感覚が、胸の奥に残った。


それでも再び眠るしかない。この世界で生きるためには、明日を迎える体力がいる。


(……気にするな。たぶん、ただの疲れだ)


そう言い聞かせて、布団をかぶる。


──だが、夢の中で見た「星の雨」は、どこか既視感を伴っていた。


まるで、俺が“知っている過去”のように。

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