第8話 不思議な夜の出来事。

 うちのねるは、とてもツンデレ猫ちゃんです。

 特に父さんへの態度はツンデレの極みだと思います。

 父さんのねるへの愛情は、とどまるところを知らないと母さんが言ってました。

 父さんも猫が居ない世界では、生きていけないと言っています。

 猫と一緒に居ないと、健康的な睡眠がとれないのだそうです。

 睡眠のことを除いても、猫が居ないなんて無理だって言ってました。

 なので、わが家では家族みんなで、ねると一緒に寝ています。



 ある夜のことです。

 夜中に目が覚めたぼくは、不思議な光景を見ました。

 父さんが寝苦しそうにうなされていて、その寝顔を心配そうに、ねるが父さんの顔の横にお座りして見つめていて、コツんと額と額を合わせたのです。

 少しすると、うなされていた父さんの寝息は落ち着きました。

 ぼくは驚きました。

 ねるが顔を上げて僕の方を見たので、咄嗟に寝たフリをしました。

 少しの間ねるは僕の方を見ていたと思うけど、こっちに来ることなく父さんの布団に潜り込んでいきました。

 ぎゅっと目を瞑って息を潜めていたぼくは、いつの間にかそのまま寝てしまったみたいで、気づいたら朝でした。

 目が覚めて、慌てて父さんが寝てた所を見たけど、父さんもねるももう起きたみたいで布団にはいませんでした。夢だったのかなって思ったけど、あれは夢なんかじゃないと思います。

 だって、父さんが言ってたんだ。

「父さん、猫がいないと寝るのが大変なんだ。小さな頃、具合悪くなったりしたんだよ。猫と暮らしてからはそんな事なくなったけどね。猫様々だよ」

 だからきっとあれは夢でも幻でもなく、ねるが父さんを守ってくれたんだと、ねるは凄い猫なんだと、ぼくは思いました。



 でも、この事は誰にも話してはいないんだ。

 おとぎ話なんかでよくあるでしょ?

 正体が知られると居なくなっちゃったり、力がなくなっちゃったりするって話が。

 ねるが居なくなっちゃうなんて、絶対ダメだもの。大切な家族なんだから。

 だから誰にも内緒。ぼくだけが知ってる秘密です。

 それに、この話を父さんにしたら感激のあまり、ねるへの対応がますます過激になっちゃうと思うから。

 今でも、有り余る愛情表現にねるから若干…………結構なツンで塩な対応をされてるから、ねるの平穏の為にも父さんには教えない方がいいと思ったんだよ。

 ねるが知ったら褒めてくれると思う、父さんに秘密にした事。

 父さんの激しい感激の愛情表現にもみくちゃにされずにすんだってさ。

 そんなツン対応だけど、ねるは父さんの事守ってくれる優しい猫ちゃんだし、ちゃんと父さんにデレもあるんだよ。

 だって、家族みんなでテレビを観てる時とか必ず父さんの隣に座るんだよ。

 勿論ぼくや、母さん、悠良や仁和の所にも来てくれるけど、父さんの傍が一番多いと思う。

 父さんの傍がねるのいつもの場所になってるんだ。

 クッションに乗ってひなたぼっこしたりで、離れてる事もあるけど、ねるを探すときは父さんの傍が基本なんだよ。

「あんなにツンツンってされても、威智ちゃんのねるへの態度は砂糖山盛りココアより甘々で変わらないと言うか愛が膨れ上がる一方で、構われ過ぎて迷惑そうな顔していてもねるは威智ちゃんのこと好きなのよ。どんな自分でも好きでいてくれるって安心してるんだと思うわ」

 そう母さんが言ったんです。

 父さんのねる愛は留まるところを知らないから、ねるは安心しているんだって。

 わかるような、わからないような話だよね。

 ぼくもねるは父さんが好だとは思う。

 ちょっと(?)ツンデレなだけで。

 相思相愛って言うんだよね、そういうの。



 今日の朝はちょっと早く目が覚めて、皆まだ寝てたんだ。カーテンの外はまだ暗くて、部屋は電球色のオレンジ色の明かりが淡く灯っていた。

 ふと、父さんが気になってそちらを向いて見ると、あの時とは違ってうなされてるなんて事なく穏やかな寝息が聞こえる。父さんの脇の辺りがもこっとしてるから、あそこにねるが寝てるんだと思う。

 ところが寝ていると思ったねるが起きたのか、もぞもぞと布団の中が動き顔を出した。

 ねるの起きる時間なのかと、見つめてたらねるがこちらを向いた。ばっちり視線が合ったんだ。

 ねるは、起きてるぼくをじっと見て、目覚まし時計を見てまた僕を見る。

「にゃにゃん、なうん」

 まるでまだ起きるには早いから、まだ寝てなさいとでも言われたような感覚になりました。

 驚きでパチパチと瞬いてねるを凝視してしまうが、そんなぼくの視線なんて気にすることなく、掛け布団から出てきたねるは、父さんの顔の横にお座りしたんだ。

 それはいつかの夜の光景と重なった。

 でも今父さんはうなされてはいない。気持ちよさそうに眠っているように見える。

 ねるは父さんの寝顔をしばらくじっと見て、そのばに座ったまま動かない。



 ぼくは父さんを見つめるねるを見ていた。

 静かに。息をひそめて。

 長いようなあっという間の短さのようなそんな数分なのか数秒なのか、ねるは父さんを見つめて動かなかった。そうしてどれだけ時間が経ったのか、ねるがおもむろに前足で父さんの額か眉間あたりを優しく撫でたんだ。

 優しくちょんちょんと何度も触れてた。

 まるで何かを確認してるような、そんな感じがぼくにはしました。

 その時唐突に、ねるはいつも父さんの眠りを守ってくれているんだと、ストンと実感したんだ。

 父さんがいつも猫のおかげで眠ることが出来るって言ってた意味がこれなんだって。

 ねるは眠りの神様の遣いなんじゃないかって思いついたんだ。寝ることで具合悪くなってしまう父さんに、神様がくれた奇跡だって。

 ぼくはそのまま、ねるの様子を興味深く見守りました。

 そんなぼくの視線など全く気に止めることなく、父さんの眉間を撫で終えると、ねるはいつかの夜のように父さんと額と額を合わせた。

 優しく合わさる額と額。それが何の意味が有るのかはぼくにはまるで分らないけど、何かしらの意味がある行動なんだろうと思いました。



 合わせた額はすぐに離れて、ねるの尻尾が父さんの顔をふわりと撫でて掛け布団の元の場所に戻って行く。

 ぼくはそんなねるに思わず小声で話しかけました。

「ねる、ありがとう」

 ぼくの言葉に掛け布団に入りかけていた頭を上げて、こちらを向いたねる。

「ねるのおかげで父さんは安心して眠れるんだね。ありがとう。ぼく、ぼく、秘密にするから、父さんには言わないよ!! 話したら父さん嬉しくてねるを絶対揉みくちゃにして、ますます暴走すると思うから、ぼく秘密にするから」

 ぼくの言葉にねるの表情が笑ったように、三日月目のように細められて若干口角が上がって見えた。

 その表情の変化に、瞬きを増やしてねるを凝視して驚くぼく。

「なぅん」

 ぼくの驚きなんてお構いなしに、ぐるごろと喉を鳴らして小さくひと声鳴いて、ねるは布団の中へと潜って行った。

 そんなねるの鳴き声になんだか眠気を誘われて、ぼくはそのまま瞼をとじました。



「翔有、起きて!! 時間だよ」

「んっ」

「起きないと、遅刻しちゃうぞ、翔有」

 父さんの声がして、肩を揺さぶられて目が覚めた。

 パチパチ瞬いて声のする方を見ると、父さんが笑ってぼくを見下ろしていた。

「珍しいな翔有が寝坊なんて、起きて準備しないと遅刻しちゃうぞ」

 遅刻と言われて慌てて上半身を起こす。

「悠良も仁和も起きて準備してるよ。翔有もほら、起きて準備して朝ごはん食べよう」

「おはよう父さん」

「おはよう、翔有」

「にゃーうん」

「ねるもおはようって言ってるよ」

 父さんの横でお座りしているねるを見て、昨晩見た姿がよみがえった。

「ねる?」

 はたしてあれは夢だったの?

 不思議な夜の二度目の出来事。

「ほら翔有、顔洗って着替えよう」

 促されて、立ち上がりドアへ向かう。

 ドアを開け廊下へ出て、チラリと父さんとねるの方を見ると、父さんはねるを撫でながらこちらを見ていた。

 撫出られながらぼくを見ていたねるの表情が、ニヨっと夜に見た三日月目の笑みを浮かべた様に見えて思わず振り返った。

「翔有?」

 勢いよく部屋を振り返ったぼくを不思議そうに父さんが呼ぶけど、それどころではなく、ねるを見てしまう。

 でも、三日月目の笑ったあの表情はなくて、目を細めて気持ちよさ気に父さんに撫でられてるねるがゴロゴロと喉を鳴らしてる。

「翔有どうした?」

 見間違いか、気のせいか。錯覚だった?

「なんでもない……」

 そう言って瞼を擦り部屋を離れたぼくの後ろ姿を、じっとみつめるねるは今どんな表情をしているのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢食らう猫の日常。 ぬ。 @mubito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ