第7話 夢を食らう。
威智と理乃が眠りしばらくして、我はそっと目を開けた。
ぴぴっと片耳を震わせ辺りの様子をうかがう。隣に寝ている威智、子供たちに理乃もぐっすり眠っており起きる気配はない。
ベッドを並べ付けて家族仲良く眠る五人。
翔有がいつまで一緒に寝てくれるかと、威智と理乃が話していたが、今のところ一人で寝るとは言い出してはいない。
ゆっくり立ち上がり伸びをする。
背筋を伸ばし、前足、後足と伸びをして威智の顔の近くへとお座りし、寝顔を見る。
その寝顔には眉間に皺が出来ていた。
夢をみているのだろう。
尻尾の先で眉間を撫でてやると、若干皺が緩む。
威智の夢を威智から引き剥がしてやらねばならぬな。
我が傍に居れば夢による不調は緩和されるが、濃密で力が強い夢は、夢猫が回収し印を付けるか、食らうかして夢主から引き剥がしてやらねばならぬ。
普通の夢ならば夢主が夢をみるとその夢は、夢世へと現れ、その時々の夢世の世界での形を成して夢主が夢から覚めると自然と切り離されるのだが、威智の様なタイプは夢猫によるひと手間必要となるのだ。
夢世へと形を成した夢の残滓が夢主と夢との繋がりを残し変調や異変をもたらしてしまう。
あれほど美味なる夢が夢主へ悪さをするとは、難儀なものである。
きっかけはそれぞれであるが、力のある夢をみるようになり、残滓が残り夢主の元に在り続けるとその残滓たちが溜まり蓄積して溢れ出す。溢れ出したモノが夢主へ悪さする。
アレルギーの発症に似ておる。
ある日突然やってくるのだ。
原因が力ある夢の残滓の蓄積なので、現代医学では究明されず、原因不明となるであろう。
力ある夢は夢猫を引き寄せるが、運悪く夢猫に出逢えない夢主は苦労するであろうな。
現世も夢世も広大であるから。
このままこの場で引き剥がしてもよいが、夢世へ行って
印を付け吟味出来ておらぬ夢もある。
また威智の眉間を尻尾の先で撫でて元々居た布団へと戻りもぐり込む。
前足で敷布団を捏ね具合を整えたら、くるりと丸くなり目を閉じた。
静かにゆっくりと、内に内に沈んで
膜を通り抜け夢世へと姿を形作った。
「さて、まだ
後足でかしかしと首辺を掻き、数本の毛が舞った。
その毛にふすんと息を吹きかけると、小さな羽の生えた猫が四匹現れた。
どこぞの猿を彷彿とさせると思ったのは誰であろうな。一緒にしてくれるな。
別にこのやり方でなくてもいいのだが、今日は首辺りがちと痒かったのでな。
実体でないのに痒みなどあるのかと思われようが、夢世はなんでもありなのだ。痒いと思ったら痒い。
であるから、この
呼び出し方も多種多様にある。ただ念じて呼ぶ時もある。その時の気分次第でころころ変わるのは猫らしかろう?
「威智の夢と新しく印を付けた夢を……」
言うが早い、言ってる途中で羽猫たちは四方へ、びゅんと散ってゆく。
羽猫とは夢世で使役出来る分身のようなモノで、我の意志を理解している為、命令せずとも動き出すのだが。
広大な夢世ではあるが、あの羽猫たちにかかればたいして待つことなくここに夢を集めてくるであろう。
羽猫に頼まずとも、呼べば印を付けた夢はやって来るのだが、今日は羽猫を使いに出したい気分だったのだ。
辺りを見回していると、速くも印を付けて吟味出来ずにいた夢が目の前に運ばれてきた。
「うむ」
再び、ばびゅんと先程とは違う方角へと飛んで行く羽猫たち。
「この夢はどのような味であろうかな」
ちょいちょいと前足で目の前の夢を転がしてみる。
「甘いか、苦いか、酸っぱいか……」
この夢はおやつ用にと印を付けたものだが、口あたりかるくとも満足感が得られればいいのだが。あれもこれもと望んでも、なかなか理想通りとはいかないものである。
こればかりは、食らってみねばわからぬからなぁ。
「ににっ」
ちよんちょんっと夢を
「御苦労」
「にゃー」
運ばれてきた威智の夢は、夢主である威智が夢中に居るので肉球印が付いた膜の中にはキラキラと輝き光っている粒子だけで形が定まってはいかなった。
ここから、このキラキラした形なき夢が何かしらの形を造っていく過程を眺めていてもいいのだが、眠っていた威智の眉間の皺を思い出すと早めに引き剥がしてやった方がいいかとも思う。
夢の途中で夢猫にその夢が食べられても、夢がなくなる訳では無いので夢主はそのまま夢を見続ける。
むしろ途中で食われた事で、夢主を煩わせる力がほど良く抜けて夢を楽しめるのではなかろうかな。
膜の中のキラキラと形のない夢を眼前に浮かべ、円形の膜をクルクルと回転させ始めると、膜の下方へ
みよっと左前足の爪を出し膜に突き刺した。
膜が弾け霧散する。
別に爪を立てずとも膜は破れるが、感触が面白いのだ。
キラキラ輝く夢は回転によって渦を巻いている。
六芒星がチカチカと発光し始め、一際まばゆい光を放ちキラキラ輝く夢の粒子からフィルム状の物体が現れスルスルと巻かれてゆく。
眩かった光がおさまり、夢の粒子から出てきたフィルムは全て巻取られコンパクトにまとまった状態で浮かんでいた。
「不思議なものよなぁ、このようにひとまとまりになっても威智は夢の続きを見続けているのだから」
ペロリとひと舐めした肉球で、チョンと巻かれたフィルムに触れる。
フィルムは再び膜に覆われた。威智が夢を見終わり数分もすれば何かしらの姿に変化すだろう。
今の夢世に合わせるならば何かしらの植物にな。
残ったキラキラした夢の粒子は未だにクルクルと渦巻いている。
口周りをひと舐めしその渦に食らいついた。
ひと齧りしてその食感を味わう。
粒子に食感がある不思議。これ如何に。
しかし猫には仔細など気にする必要はない。猫というのはそういうものだ。
そもそもが夢というのは、現世では
外側がガリッとサクッとして心地よい歯触りに、中はトロっと濃厚濃密。
この食感……嫌いではないぞ。
ニヤリと口角が上がり、二口目をとかぶりつき咀嚼し、目を閉じてその味を堪能する。
一口食べ進める事に夢のキラキラ輝く粒子は渦を保ちながら小さく縮んでいく。最後は小さくなった渦を丸ごと欠片も残すことなく頬張り、完食した。
味わい深き夢であった。余韻を堪能し前足を舐め口元を撫でる。
威智の夢は格別、我の口によく合う。
威智以外の夢も美味くはあるが、超えるものはない。
口元、髭、耳横に耳裏と丁寧にグルーミングしていく。足を変えて反対側も念入りに。
満足感からグルグルと喉が鳴り始めた。
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