第4話 美味である。
「ねる! ちゅるるだよ!」
ブラッシングを全身くまなく念入りに施した後、先程の一件の心の傷を癒すが如くマッサージを織り交ぜ我を撫でていた威智。
その奉仕の時間で宿題を終わらせた翔有と悠良は、待っていた仁和と、どのちゅるるがいいか吟味し今日は甘えび味と決議した三人は、ちゅるるスプーンにセットし我の前へとやって来た。
「おまたせ、ねる」
ちゅるるスプーンを手に持った仁和を真ん中に並ぶ三人。
「最初は仁和からね」
「ねる、どーぞ!!」
立ち上がり伸びをする。
仁和の前に座り捧げられたちゅるるの香りを確認しひと舐め。
うむ。
「仁和、ゆっくりだからね」
「ねる、美味しい?」
うむ、本日のちゅるるも美味である。
てちてち、ちたちた。
翔有にフォローされながら、仁和により少しづつ絞り出されるちゅるるに舌鼓を打つ。しばらくすると仁和がちゅるるスプーンを悠良へと渡す。捧げ人の交代である。
「はい、悠良兄ぃ」
「ありがと、ねるどーぞ」
ゆっくり、ゆっくりと呟きちゅるるを絞り出す悠良。
以前は、勢いよく絞り出されたちゅるるで鼻先を埋められたが、最近は加減を知ったようだ。
「はい、兄ぃ」
次は翔有である。
「ありがとう。 さ、ねるどーぞ」
残り僅かのちゅるるを惜しみつつ、優雅に舐め取る。
「お父さん、最後一緒にあげる?」
翔有が威智に問いかけた。
我への機嫌取りの一環のつもりであろう。
翔有は優しき子である。
下の子らを優先し、尚且つ父親を己の順番を使って気遣う。実に出来た子である。
「大丈夫だよ、翔有。翔有が全部ねるにあげて父さんは別の時にするから」
「わかった」
「ねるも翔有に貰いたいだろうしね」
「そっかな?」
「うん。そんなオーラを感じるんだよね」
「何それ、あははは」
その勘を何故普段から発揮せぬのか……。
威智は、ポンコツであるから仕方がないか。
「ねる、最後だよ」
ちゅるるスプーンに乗った残りのちゅるるをしっかり舐めあげ、翔有、悠良、仁和の順に擦り寄る。
「ねるが、ありがとうしてるね」
「ねる、美味しかった?」
仁和が我の喉元をこしょぐる。
「ごろごろ」
喉を鳴らし、美味であったとアピールする。
今すぐもう一本頂いてもかまわないくらい良き気分である。
二本目など出てくることはなかろうが。
ポンコツであるのに我が下僕は、体重管理には厳しいのだ。食べ過ぎ太り過ぎは健康によろしくないと常々子供たちにも話し聞かせている。
飼い猫と末永く暮らすためのルールだと説いているのだ。
体調を崩したら病院へ連れていかれることを、我は理解しているから、無駄食いはせぬ。
しかし、二本目のちゅるる…………か。
「威智ちゃん」
「理乃ちゃん、一粒だけだから、ひと粒だけ」
「子供たちに、食べさせ過ぎは駄目だっていつも言ってるのは誰だっけ?」
「うっ……それは」
「そんなうるうるな瞳で唇尖らせて……って、ねるまでそんな目で見つめないでよー!!」
歯磨きスナックの袋を片手に、コソコソと今日のお詫びと言って来た威智の姿を、理乃に見つけられた現在。
小さな攻防戦が繰り広げられていた。
お詫びと言ったが、我の怒りの根源を理解しておらぬではないか。
しかしながら、その手に持っているスナックは美味である。くれると言うのであれば頂くのも
なので、威智と一緒に理乃を見つめる。
「…………、見つからないように早く食べさせちゃいなさい」
効果は抜群である。
まぁ、ひと粒だけという制約付きだからだろう。
それと、威智が我の機嫌取りをしてるのを分かっているのだ。
猫は威智の精神安定剤である。
嬉々としてジッパーを開きひと粒を手のひらにのせて、我の前へと差し出した。
「ねるがなんで怒ってたかちょっとわからないけど、多分僕がねるを怒らせることしちゃったんだよね、ごめんね? これはお詫びの品です」
差し出された手のひらの上に乗るスナックをひと嗅ぎし、威智を見上げる。
反省した表情ではある。
へにょんと下げられた眉。
いつまでも、べそべそと絡みつかれても疲れる。このスナックひと粒で許すのも癪に障り甘い対応な気もするが、ここらで手打ちとしておこうか。
心の広い我からの妥協点である。
有難く思うといい。
威智の差し出された手のひらに顔を擦り付けてから、スナックに口を運ぶ。
威智の表情がたちまち歓喜に染まった。
カリッとスナックを噛み砕く我を抱きしめたい衝動に駆られて、両の手をわきわきとさせているが、また機嫌を損ねる恐れがあると思い留まって、もぞもぞしている様子をチラリと眺め、よく思い留まったなと少し感心する。
多少は学習しているのだな。
我は別に、抱っこは嫌いではないタイプである。
しかし以前、衝動のままに抱きしめられてぺったんこに潰されるかと危惧した一件がある。
すかさず、左ストレートの猫パンチを見舞ってやったが…………、あれは酷い目にあった。
「仲直り出来た?」
「取り敢えずのお許しを得た程度かな?」
スナックを食べ終え毛繕いを始めた我を見つめ、コソっと理乃と威智が話し出す。
「ねるのうるうるお
「ねるって、絶対人の言葉を理解してる気がするのよね、ここぞと的確に行動してくる気がする」
「猫って賢いから、ねるはそれに輪をかけて賢いと思うよ」
我を賢いと褒め称えるならば、いい加減不用意な発言に気をつけるべきであるが、それに至らないのが威智であるからな。
ため息ひとつもつきたくなる。
「今回は何に怒ってたのかしらね?」
「それが分かれば、いいんだけどさー」
「心当たりがないと?」
「うーん」
何が悪かったのかと頭を捻る威智の様子から、こやつがまた我を怒らせるのであろう未来が見えるようだ。
「ねると喋れたらいいんだけどなぁ」
「お喋り出来たら小言の嵐かもよ?」
理乃よ、よく分かってるではないか。
「小言でもなんでも、ねると話せるならどんとこいだよ!!」
「うーん、前向きと言うか、なんと言うか」
ははは、と呆れたとばかりにから笑いの理乃。
理乃よ気持ちよく分かるぞ。
「あ、でも、キライとか言われたら…………」
想像だけで顔面蒼白な威智を見て理乃が即座に否定する。
「ない。 ない。 ねるが威智ちゃんを嫌うことはないよ」
言いきりおったな、理乃。
で、その心は?
「うざったいとか、
辛辣な言葉に、ベコベコとヘコんでゆく威智を
「さっきだって、嫌そうにはしていたかもだけど、べそべそと煩い威智ちゃんのそばから離れなかったし」
「うざ、い、……、面倒……、嫌そう?……うるさい……」
理乃のあけすけな言葉を反芻する威智のHPは瀕死である。
「ご機嫌ななめ状態なねるが、威智ちゃんに文句鳴きでうにゃうにゃ言っても、結局威智ちゃんの膝に乗ってたりするじゃない?」
「………うん」
釈然としないながらも相槌を返す威智。
「だから、ねるに嫌われた威智ちゃんなんて想像もつかないの! だいじょーぶ心配ない!!」
いささか強引な締めくくりではあるまいか?
やれやれ。
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