砂浜

ポンッ


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 ハイツ増谷 B棟102号室

 深島須美江


その日は小学校が早く終わり、私は友達数人と下校していました。

いつものように学校近くの公園へ行き、ベンチにランドセルを置いて、鬼ごっこやかくれんぼ、公園の遊具で遊んでいました。


時間を忘れて遊んでいると夕方の5時を知らせるチャイムが鳴り、気づくと空は夕陽でオレンジ色になっていました。

私たちは「家へ帰らなくては」と急いでランドセルの置いてあるベンチの方を振り返りました。


しかしそこにベンチはありませんでした。

ランドセルもありませんでした。

海がありました。

足元には柔らかい砂へ沈むような感触。

私たちは公園ではなく砂浜に立っていたのです。


混乱しました。

振り返る前までは公園で遊んでいたのに、今は目の前に海が広がっているのですから。

ざざーん ざざーんと波の音がハッキリ聞こえます。


友達も一緒でした。

私と一緒で目を丸くして立ち尽くすしか出来ない子や泣き出す子、驚きながらも喜んでいる子…

私は少しだけ安心しました。

この砂浜に居るのが、海が見えるのが私だけじゃない事に。


空を見上げると先程までのオレンジ色の空ではなく、薄暗い灰色の雲に覆われていて、今にも雨が降ってきそうな勢いの曇り空です。

私は周囲を見渡しました。

左右には先が見えない程の砂浜。

背後には遠くにポツリポツリと民家が見え、間をたっぷりと空けて並んでいました。


私は民家を見てもほっとできませんでした。

どの家も窓は締め切っていて灯りは見えず、外に干してある洗濯物だけが風で揺れている。

確かに人の暮らしがあるはずなのに、ただそこに存在しているだけにしか思えなかったのです。


私は焦りました。

不安でいっぱいになりました。

心臓に重たいものがぶつかったかのように、ドクンとショックを受けました。

早く家に帰りたいです。


私を含め、皆は自分達の置かれている状況を理解し出しました。

「全く知らない砂浜から帰れない」

これしか考えられなかったのかもしれません。

しかし、感情を爆発させるには十分過ぎました。


皆、泣き出しました。

もちろん私も。

波の音しか聞こえなかった砂浜に、子供の泣き声が響き渡りました。


どれくらい経ったのでしょうか。

もう誰も泣いていませんでした。

空は相変わらす薄暗い灰色です。

誰かが言いました。

「あそこにある家に行ってみよう」

私たちは無言で民家を目指し歩き出しました。


砂浜から出ると地面はアスファルトへ変わり、靴に入った砂を出しました。

舗装されていてとても歩きやすいのです。

それだけで少し元気になりました。


家にはあっさり着きました。

古い木造の一階建ての家でした。

チャイムが無かったので扉を叩きました。

ドンドンドンといくら叩いても反応が無いため扉に手を掛けると、鍵がかかっておらずガラガラと音をたてて開きました。


「おじゃましまーす」

やはり反応はありません。

暗い廊下が目の前に伸びています。

私たちは家の中に入りました。

歩く度に古びた木の板がギシギシと軋み、静けさを乱します。


廊下の先には部屋がありました。

中を覗くと古いキッチン、大きな机。

どちらも使い込まれているようでした。

すぐ隣の部屋には、低いちゃぶ台と本棚が見えました。

人の姿は見えないのに、まるで今も誰かが暮らしているかのような気配がしました。


私たちは部屋に入ると各々部屋を見て歩きました。

食べ物を探したり、水が出るか確認したり、家主を探したり…

私は本棚を見ました。

そこには沢山の本がありました。

見慣れた絵本や漫画、知らない小説、辞書のように分厚い本がぎっしりと詰まっていました。

ジャンルも年代もバラバラで、整理されているようでされていないそんな本棚。


私は本を読みました。

ずっと読んでいました。

砂浜に来てから不思議とお腹も減らず喉も乾かないのです。

だから本を読みました。

何回も何回も同じ本を読み返しました。

時間もわからないこの場所で。

景色の変わらないこの場所で。

振り返ったらたどり着いていたこの場所で。

ずっとずっと本を読んでいました。


耳には友達の声と波の音が聞こえていました。

時間の感覚はとうに曖昧でした。

いつからだったでしょうか。

気づけば友達の声は無くなり、波の音しか聞こえなくなっていました。

それでも私は本を読みました。


ふと顔を上げたとき、友達の姿はありませんでした。

さっきまで確かにそばにいたはずの皆がどこにもいないのです。

違う。

私はどれだけの時間、本を読んでいたのでしょうか。

さっきまでと思っているのは私だけでしょう。

気づけば、私はひとりになっていました。


皆、家に帰ってしまったのでしょうか。

外に出てみましたが、灰色の空と遠くに見える砂浜と海。

全く変わらない景色。

友達の姿は見当たりません。


私は家の中に戻りました。

もし皆が帰ったのなら私も帰りたい。

帰りたい気持ちがどんどん大きくなりました。


私は家で紙と鉛筆を見つけました。

手紙を書くことにしました。


本に書いてあったのです。

手紙を瓶に入れて海へ流すと誰かの元に届くと。

だからもしこの手紙を受け取ったら私を探してください。

私を助けてください。


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 ハイツ増谷 B棟102号室

 深島須美江


私はずっと変わらない砂浜で待っています。

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