砂浜
ポンッ
●●●-●●●●
▲▲県▲市▲▲町✕-✕-✕
ハイツ増谷 B棟102号室
深島須美江
その日は小学校が早く終わり、私は友達数人と下校していました。
いつものように学校近くの公園へ行き、ベンチにランドセルを置いて、鬼ごっこやかくれんぼ、公園の遊具で遊んでいました。
時間を忘れて遊んでいると夕方の5時を知らせるチャイムが鳴り、気づくと空は夕陽でオレンジ色になっていました。
私たちは「家へ帰らなくては」と急いでランドセルの置いてあるベンチの方を振り返りました。
しかしそこにベンチはありませんでした。
ランドセルもありませんでした。
海がありました。
足元には柔らかい砂へ沈むような感触。
私たちは公園ではなく砂浜に立っていたのです。
混乱しました。
振り返る前までは公園で遊んでいたのに、今は目の前に海が広がっているのですから。
ざざーん ざざーんと波の音がハッキリ聞こえます。
友達も一緒でした。
私と一緒で目を丸くして立ち尽くすしか出来ない子や泣き出す子、驚きながらも喜んでいる子…
私は少しだけ安心しました。
この砂浜に居るのが、海が見えるのが私だけじゃない事に。
空を見上げると先程までのオレンジ色の空ではなく、薄暗い灰色の雲に覆われていて、今にも雨が降ってきそうな勢いの曇り空です。
私は周囲を見渡しました。
左右には先が見えない程の砂浜。
背後には遠くにポツリポツリと民家が見え、間をたっぷりと空けて並んでいました。
私は民家を見てもほっとできませんでした。
どの家も窓は締め切っていて灯りは見えず、外に干してある洗濯物だけが風で揺れている。
確かに人の暮らしがあるはずなのに、ただそこに存在しているだけにしか思えなかったのです。
私は焦りました。
不安でいっぱいになりました。
心臓に重たいものがぶつかったかのように、ドクンとショックを受けました。
早く家に帰りたいです。
私を含め、皆は自分達の置かれている状況を理解し出しました。
「全く知らない砂浜から帰れない」
これしか考えられなかったのかもしれません。
しかし、感情を爆発させるには十分過ぎました。
皆、泣き出しました。
もちろん私も。
波の音しか聞こえなかった砂浜に、子供の泣き声が響き渡りました。
どれくらい経ったのでしょうか。
もう誰も泣いていませんでした。
空は相変わらす薄暗い灰色です。
誰かが言いました。
「あそこにある家に行ってみよう」
私たちは無言で民家を目指し歩き出しました。
砂浜から出ると地面はアスファルトへ変わり、靴に入った砂を出しました。
舗装されていてとても歩きやすいのです。
それだけで少し元気になりました。
家にはあっさり着きました。
古い木造の一階建ての家でした。
チャイムが無かったので扉を叩きました。
ドンドンドンといくら叩いても反応が無いため扉に手を掛けると、鍵がかかっておらずガラガラと音をたてて開きました。
「おじゃましまーす」
やはり反応はありません。
暗い廊下が目の前に伸びています。
私たちは家の中に入りました。
歩く度に古びた木の板がギシギシと軋み、静けさを乱します。
廊下の先には部屋がありました。
中を覗くと古いキッチン、大きな机。
どちらも使い込まれているようでした。
すぐ隣の部屋には、低いちゃぶ台と本棚が見えました。
人の姿は見えないのに、まるで今も誰かが暮らしているかのような気配がしました。
私たちは部屋に入ると各々部屋を見て歩きました。
食べ物を探したり、水が出るか確認したり、家主を探したり…
私は本棚を見ました。
そこには沢山の本がありました。
見慣れた絵本や漫画、知らない小説、辞書のように分厚い本がぎっしりと詰まっていました。
ジャンルも年代もバラバラで、整理されているようでされていないそんな本棚。
私は本を読みました。
ずっと読んでいました。
砂浜に来てから不思議とお腹も減らず喉も乾かないのです。
だから本を読みました。
何回も何回も同じ本を読み返しました。
時間もわからないこの場所で。
景色の変わらないこの場所で。
振り返ったらたどり着いていたこの場所で。
ずっとずっと本を読んでいました。
耳には友達の声と波の音が聞こえていました。
時間の感覚はとうに曖昧でした。
いつからだったでしょうか。
気づけば友達の声は無くなり、波の音しか聞こえなくなっていました。
それでも私は本を読みました。
ふと顔を上げたとき、友達の姿はありませんでした。
さっきまで確かにそばにいたはずの皆がどこにもいないのです。
違う。
私はどれだけの時間、本を読んでいたのでしょうか。
さっきまでと思っているのは私だけでしょう。
気づけば、私はひとりになっていました。
皆、家に帰ってしまったのでしょうか。
外に出てみましたが、灰色の空と遠くに見える砂浜と海。
全く変わらない景色。
友達の姿は見当たりません。
私は家の中に戻りました。
もし皆が帰ったのなら私も帰りたい。
帰りたい気持ちがどんどん大きくなりました。
私は家で紙と鉛筆を見つけました。
手紙を書くことにしました。
本に書いてあったのです。
手紙を瓶に入れて海へ流すと誰かの元に届くと。
だからもしこの手紙を受け取ったら私を探してください。
私を助けてください。
●●●-●●●●
▲▲県▲市▲▲町✕-✕-✕
ハイツ増谷 B棟102号室
深島須美江
私はずっと変わらない砂浜で待っています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます