土いじり
「見て すごいでしょ」
「これ うちが埋めた」
ぼんちゃんは得意気に、盛り上がった土の山を見下ろしながら言った。
「ただ土をかけただけじゃないよ」
「スコップ使ってね スコップの裏でパンパンって叩いて固めた」
ぼんちゃんは手に持っている小さなスコップを空中で振って、その時の仕草を再現している。
かぶっている麦わら帽子が揺れる。
「お兄さんはさ 何でここにいるの?」
「ボランティアってやつ?」
「うーん」
僕は空を見上げながら考える。
夕焼け空が広がっていた。
皆の役に立ちたいから、喜んでる顔が見たいから、守りたいから…
ふわっとした事しか思いつかなかった。
「なんでだろう」
「なにそれ」
ぼんちゃんはしゃがみこむと、スコップで土を掘り、掘った土を土の山へかけた。
パンパンとスコップの裏で土を叩いて固める。
土が追加されたことで、さっきよりも土の山が少しだけ大きくなった。
「ここに埋まってる子さ うちの親友だったんだ」
「けーちゃんって子」
「交通事故だって」
「うち 信じられなくてずっと泣いてた」
「だからここに来た」
ぼんちゃんは小さな体で一生懸命スコップを使い、土を掘っては山にかけ、パンパンと固める。
それを繰り返しながら淡々と話す。
「このスコップね けーちゃんとお揃いだったやつ」
「一緒に砂場でトンネル作ったり、ダム作ったりして遊んでた」
「だからうち こんなに掘るの上手いのかなぁ」
「そうかもね」
「…うん そうかも」
ぼんちゃんは僕の返答が気に入らなかったのか、不機嫌そうだった。
遠くでヒグラシの鳴き声が聞こえる。
「うち知ってるんだ」
「ここってよくない場所なんでしょ?」
「違法?っていうか そんなところ」
ぼんちゃんは土を固めながら言う。
僕はぼんちゃんを見下ろした。
麦わら帽子で顔は見えないが、不安そうに見えた。
「うち 見つかったら逮捕されるのかな」
「もうお母さんともお父さんとも、弟とか友達とも会えなくなっちゃうのかな」
僕はぼんちゃんを安心させるように優しく声をかける。
「大丈夫だよ 僕が見守ってるから」
「ほんとかなぁ」
ぼんちゃんの声が少しだけ明るくなった気がした。
「よし できた」
「これで後は紙を貼ればいいんだよね」
そう言うとぼんちゃんは立ち上がり、教会の中へ駆け出していった。
僕はぼんちゃんの作った土の山を見ながら帰りを待つ。
ふと考えてしまった。
ぼんちゃんとけーちゃんはこれで幸せなのだろうか。
僕はどうだろう。
ここで生まれてからずっと、誰かを守り続けている僕は。
いろんな人の顔を見た。
喜んでいる顔、笑っている顔、泣いている顔、驚いている顔、怖がっている顔…
沢山の顔を見るために僕はいるのかも知れない。
そういう使命なのかもしれない。
それなら僕は幸せだ。
僕のいる意味があるだけで幸せだ。
「お兄さん ただいま」
そんなことを考えていたら、ぼんちゃんが教会から帰ってきた。
手には記号のような文字がびっしり書かれた紙を持っている。
ぼんちゃんはその紙を土の山の上へ置くと、スコップの持ち手を両手で力強く握り振りかざし、土の山へ紙ごと勢いよく突き刺した。
スコップがまるでまち針のように刺さり、紙を土の山に固定させる。
「ふぅ…」
ぼんちゃんは安堵の息を吐くと顔を上げて僕を見つめる。
その顔は満面の笑みで、ニッと歯を見せて笑っていた。
こぼれた笑顔のすき間に、ぽっかりと空いた前歯のあとがのぞいていた。
その時、風が吹いた。
ぼんちゃんの麦わら帽子が飛ばされる。
僕はすぐに手を伸ばしてキャッチした。
力を込めすぎたのだろう。
麦わら帽子を掴んでいる、土でできた僕の指がボロッと崩れた。
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