第17話 怪物の出現

 葵と向日葵は茜の声に導かれて、漆黒の闇に包まれた渦の中から這い出ようとしていた。葵は向日葵の顔が血だらけなのに驚愕した。「母さん、顔から血が出ている」

「葵、あなたの顔も血だらけよ」葵はハンカチで顔を拭った。上着やズボンのあちこちが破れて、切り傷も無数にあったが、ハンカチの血は返り血だった。

「ああ、奴が近づいて来る」向日葵はよろよろと立ち上がると渦の方を見ていた。

 葵はこんな絶望的な表情を浮かべる向日葵を見たことがなかった。漆黒の闇から現れたのは紫色の右手だった。その指は長く、爪は鋭利なナイフのように尖っていた。その色と形状からとても生きている人間の手には見えなかった。葵は向日葵の腕を強くつかむと怪物のような手から逃れようと全速力で走り出した。

「追いつかれる」後ろを振り向いた向日葵が叫んだ。突き出た右手はまるでロープを繰り出すように伸びてきた。さらに右手を追いかけるように左手も渦の中から現れた。左手は濃い緑色で異様に筋張っていた。

「もう少しよ。奴は今はあの渦からそんなに遠くまで出てこれない」茜の声が耳元で聞こえた。葵は最後の力を振り絞るようにして、向日葵を前方に押し出した。その時、葵の左肩に激痛が走った。葵は必死に紫色と緑色の手を振り払った。葵はその場に昏倒した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る