第45話 出立の朝

 宿に戻った頃には空はすっかり群青色に染まり、街の灯りがぽつぽつと灯っていた。


 一行はそのまま食堂へ向かい、給仕に頼んで夕食を用意してもらう。

 戦後で食材が限られているにもかかわらず、焼きたてのパンに野菜スープ、香草で味付けされた肉料理が並んだ。


「さて――」


 食事が運ばれてきたタイミングでロジャーが口を開いた。

 いつもの冗談めかした雰囲気ではなく、どこか引き締まった声音だった。


「明日は調査だ。もしかしたら、本当にドラゴンに遭遇するかもしれない」


 その言葉に三人の動きが止まった。

 フォークを握ったまま、セレスティアが小さく息を呑む。

 アマンダとアンナも互いに視線を交わし、緊張を隠せない。


「気を緩めるな。もし見つけても、すぐに戦うような真似は絶対にするな。俺が合図を出すまで全員生き残ることだけを考えろ」


 その真剣な声に三人は無言で頷いた。

 ごくりと喉を鳴らす音が静かな食堂に響く。


「……はい」


 セレスティアが代表して返事をするとロジャーはようやく表情を和らげた。


「よし。あとは腹いっぱい食って寝ろ。戦うのは明日だ」


 そう言って肉にかぶりつくロジャーに三人も少し緊張を解き、食事を再開した。

 だが、誰も言葉を交わすことはなく、それぞれが明日の何かを感じ取っていた。


 食事を終えると一行は宿の二階へと上がっていく。

 アマンダはいつものように部屋へ戻り、弓の手入れを始めた。

 セレスティアとアンナも部屋で荷物を整理しながら、ぽつりと呟く。


「……本当にドラゴンと出会うかもしれないんですね」

「ええ。でも、師匠がいる」


 アンナの穏やかな声に、セレスティアは少し微笑んだ。


「そうですね。明日は絶対に負けません」


 灯りが消え、静寂が満ちる。


 一方、ロジャーの部屋では使い魔たちがベッドの上で丸くなり、ロジャーはその真ん中に寝転がっていた。


「よしよし。明日はお前たちの出番かもしれんぞ」


 撫でられたモモルがくるりと丸まり、ミミフィーヌとシロモンが重なるように寄り添い、フェルリオットが走り回っていた。

 その小さな温もりにロジャーは微笑みながら目を閉じた。


「大丈夫だ。お前たちがいる限り、俺は負けない。絶対にな」


 その静かな誓いを胸に夜は更けていく。

 そして、ロジャーは使い魔たちと一緒に眠りに就くのであった。


◇◇◇◇


 朝日が街を金色に染める頃、ロジャーたちは装備を受け取りに武具屋を訪れた。

 扉を開けると炉の熱がまだ残る工房の中で店主と職人たちが出迎えた。


「おう、来たな!」


 店主は目の下に深いクマを作りながらも、誇らしげに笑っていた。

 他の職人たちも同じように疲労の色を隠せなかったが、その表情には達成感が満ちていた。


 作業台の上には、昨日注文したばかりの装備が整然と並んでいる。

 新しく打たれた銀白の胸当て、軽量化された脚鎧、そして美しく磨かれた盾。

 どれもセレスティアの体格にぴたりと合わせて仕上げられていた。


「……まさか、本当に一晩で……」


 セレスティアが目を見張る。


「当たり前だろう! あんたらは街を救ってくれた英雄だ。恩返しの一つもさせてもらわなきゃ、職人がすたる!」


 店主が胸を張ると他の職人たちも一斉に笑みを浮かべた。

 セレスティアは感謝を込めて深々と頭を下げる。


「本当に……ありがとうございます。必ず、この装備を無駄にはしません」

「ははっ! その言葉だけで十分だ。気をつけて行ってこいよ!」


 職人たちは笑顔で手を振り、ロジャーたちを見送った。

 扉を出ると朝の冷たい風が頬を撫で、鍛冶場の熱気が少しずつ遠ざかっていく。


「いい職人たちだったな」


 ロジャーが感心したように呟くと、セレスティアは新しい装備を確かめながら微笑んだ。


「ええ。これなら、ドラゴンが相手でもきっと負けない」


 その足で一行は冒険者ギルドへ向かった。

 戦後の復興でまだ忙しないギルド内だったが受付嬢がロジャーたちの姿を見つけると、ぱっと顔を明るくした。


「ロジャーさん! 出発ですか?」

「ああ。ドラゴン調査の依頼を受けてな。しばらく留守にする」


 受付嬢が書類を整えながら頷く。


「かしこまりました。ギルドマスターにも伝えておきますね」

「頼む。それから――」


 ロジャーは少し真面目な顔で続けた。


「ギルドマスターに街の皆を頼むって伝えてくれ」


 その言葉に受付嬢は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「はい、伝えておきます!」


 ロジャーは満足げに頷き、一行を振り返る。


「よし! 行くぞ、みんな」

「了解!」


 セレスティアが力強く返事をし、アマンダが弓を背負い直す。

 アンナも荷物を抱え、使い魔たちを抱くロジャーに小さく微笑んだ。


 扉を押し開けると、眩しい朝の光が差し込む。

 街の復興の音が遠ざかる中、ロジャーたちは南へと歩みを進めた。

 その背中に受付嬢の小さな声が届く。


「……どうか、ご無事で」


 風が吹き抜け、冒険者たちの新たな旅立ちを祝福するように街の鐘が静かに鳴り響いた。

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