第44話 ぶれない男
昼食を終えた後、一行は街の武具店へと足を運んでいた。
通りには復興作業を終えた職人たちの声と金属を打つ音が響いている。
活気の戻りつつある街の空気にセレスティアの頬も少しほころんでいた。
そんな中、ロジャーが店に並ぶ鎧を見て立ち止まる。
「セレス。せっかくだから、新しい装備を作ってもらえ」
「えっ、私がか?」
「そうだ。今回の報酬は俺たち全員の功績だが一番危険な場所で戦ってたのはお前だ。ドラゴンと向き合う前に万全の備えを整えるのは当然だろう」
ロジャーの真剣な口調にセレスティアは少しだけたじろいだ。
「でも……これは皆で受け取った報酬だ。私だけが使うなんてできない」
困ったように微笑むセレスティアにアンナがすぐさま言葉を重ねる。
「セレスお嬢様、ロジャーさんの言う通りです。防衛戦のときも、あれほど奮闘されたのですから。お嬢様が無事でなければ私たちも安心できません」
「そうそう。今回はセレスのために使って当然よ」
アマンダも腕を組み、あっさりと頷いた。
「というか、あの盾と鎧……もうボロボロじゃない」
「そ、それは……まあ、多少は……」
セレスティアが視線を逸らす。
確かに、幾度もの戦いで使い込んだ鎧には細かい傷がいくつも走っていた。
ロジャーはそんな彼女の肩に手を置き、真っすぐに見つめる。
「セレス。お前はこれからドラゴンと対峙するかもしれないんだ。相手は人の想像を超える存在。備えすぎて困ることはない」
「……はい」
「それに、これは仲間への投資でもある。お前が強くなれば、それだけ俺たち全員が助かるんだ」
ロジャーの真剣な声にセレスティアの胸が熱くなる。
しばし黙って考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げた。
「……わかった。皆、ありがとう。私、装備を新しくするよ」
その決意の言葉にアンナとアマンダが微笑み、ロジャーは満足げに頷いた。
「よし、それでいい。装備ってのは、冒険者の魂みたいなもんだからな」
「ふふっ……そうだな。では、遠慮なく選ばせていただこう!」
セレスティアは笑顔を浮かべながら、店の奥へと進んでいく。
その背を見送る三人の表情はどこか誇らしげだった。
そして、彼女が選んだ新しい装備は来るべき本物のドラゴンとの戦いに備えるための最初の一歩となる。
「出発は明日なんですよね?」
装備を物色していたセレスティアが確認するとロジャーは頷いた。
「ああ。だから、店にある中で最高のものを選べ。時間も限られてるからな」
武具店の奥で店主の壮年の男が目を丸くした。
セレスティアが指差したのは店の奥に大切そうに飾られていた一式の軽鎧。
銀と白を基調にした美しい意匠で竜の鱗を模した装飾が施されている。
「……お嬢さん、これはうちでも滅多に扱わない上物だ。特注品で王都に納める予定のものなんだが……」
セレスティアが一歩下がりかけたその時、ロジャーが前に出た。
「頼む。明日の朝までに彼女のサイズに合わせて調整してほしい」
店主の口がぽかんと開く。
その無茶な要求にしばらく沈黙が流れた。
「さ、サイズ調整を……明日までに?」
「無理を言ってるのは承知の上だ」
ロジャーが腕を組んで真剣に言う。
「だが、この娘は門の前で最後まで戦い抜いた。街を守るために命を懸けたんだ」
店主の眉がぴくりと動き、やがてその目に強い光が宿った。
「……あの戦いのときに!? お、お嬢さんが……!」
「はい。私もこの街の皆さんに助けていただきました。そのお礼に、せめてもう一度、胸を張って戦えるようになりたいんです」
セレスティアの真摯な声に店主はしばらく見入っていたが、
やがて勢いよく拳を握った。
「よっしゃあ! まかせな! 街を救ってくれた恩人に手を抜くわけにはいかねぇ!」
店主の背後で職人たちがざわりと動く。
誰もがその言葉に呼応するように金槌を手に取り、火を起こし始めた。
その目はまるで戦場に向かう兵士のように燃えていた。
「ありがとうございます!」
セレスティアが深々と頭を下げるとロジャーは満足げに頷く。
「これで装備の目途は立ったな。あとは消耗品の補充だ」
「薬草と回復ポーション、矢の予備も必要ね」
アマンダがリストを確認しながら頷き、アンナもメモを取り出す。
「包帯や止血薬も多めに用意しておきます。次はどんな危険が待っているか分かりませんし」
「よし、それじゃ行くか。武具の準備は職人たちに任せて残りは自分たちで整えるぞ!」
ロジャーの掛け声に三人は頷いた。
そして、一行は夕暮れに染まり始めた街を歩き出す。
次なる戦いの準備が静かに進められていった。
武具店を出た四人は次に道具屋と薬屋を巡って必要な消耗品を買い集めていった。
瓶詰めされた回復薬、包帯、毒消しの薬草、矢筒の補充用の矢。
テーブルの上に並べれば小規模な遠征部隊でも支えられそうな量である。
「……これで、ひとまず必要なものは揃ったかしら」
アマンダが手元のリストを確認しながら言うと、アンナが頷いた。
「はい。薬も応急道具も十分です。これだけあれば、しばらくの遠征にも耐えられるでしょう」
「よし。じゃあ次は保存食と水だな」
ロジャーの言葉に一行は食品市場へと足を向けた。
街の中心部にある大きな市場は戦後の慌ただしさが嘘のように活気を取り戻しており、
店主たちの威勢のいい声と焼き立てパンや干し肉の香ばしい匂いが漂っていた。
「干し肉に乾パン、果実のドライ、あとは携帯水……」
セレスティアが手際よく買い物を進める横で、ロジャーはというと――
「……ふっ、この餌、いい匂いがするな!」
いつの間にか、使い魔たち用の餌売り場で真剣な眼差しを向けていた。
並べられた餌袋を一つひとつ吟味し、時には袋の匂いを嗅ぎ、時には粒の形を確かめている。
「ねえ、ロジャー、まさか全部買う気じゃないでしょうね?」
アマンダが眉をひそめると、ロジャーは当然とばかりに胸を張った。
「当たり前だ! 戦場での功労者たちには最高の食事を用意するのが筋ってもんだ!」
「だからって、馬車一台分もいらないでしょうが!」
「わ、私たちの食料より多いです……!」
セレスティアとアンナのツッコミが同時に飛ぶが、ロジャーはまるで気にしていない。
「いいか? 彼らはただの使い魔じゃない、俺の家族にして天の使いだ! いつも見守ってくれているあの子達には、最高級の栄養餌に加えて、荒野でも食べやすいソフトタイプ、夜用には温めて与えるスープ仕立てだ!」
「……もう好きにさせましょう」
アマンダが額を押さえ、セレスティアとアンナもあきれ顔で頷いた。
結局、ロジャーは大量の使い魔用の餌を購入し、店主に常連になってくれ、とまで感謝される始末だった。
夕暮れの街を歩きながら、セレスティアが肩をすくめる。
「……本当に変わらないな、師匠は」
「ふふっ。でも、そんなところがロジャーさんらしいです」
「ま、あの調子なら明日もきっと何とかなるでしょ」
笑い声と共に、四人は宿への帰路についた。
空には沈みゆく夕陽が赤く光り、明日への冒険の幕開けを告げるように街を照らしていた。
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