第46話 ついに竜の手掛かりを発見

 ◇◇◇◇


 街を出てから数日後。

 荒野を抜け、乾いた風の代わりに湿った空気が漂い始めた頃、ロジャーたちは、ついに目的地であるアルテナの森へと到着した。


 そこは見渡す限り、深緑の海。

 木々の幹は人の背丈をゆうに越え、枝葉が絡み合って陽光を遮っている。

 森の奥からは獣の遠吠えと鳥の羽ばたきがかすかに響き、どこか不気味な静けさが漂っていた。


「……ここが調査対象の森ですか」


 セレスティアが呟き、腰の剣にそっと手を添える。

 新調した装備が陽の光を反射し、微かに光を放っていた。


「うむ。今回の防衛戦で襲ってきた魔物たちの住み家だ。恐らくは、この森にドラゴンが現れ、魔物たちは住み家を離れるしかなかったんだろう」

「この森にドラゴンが……」


 セレスティアはロジャーの言葉を聞いて緊張に喉を鳴らす。

 いよいよ、夢にまで見てきたドラゴンとの遭遇。

 それが叶うかもしれないところまできている。

 ロジャーは真剣な眼差しで森を見据え、続けた。


「ただし、相手が本当にドラゴンとは限らん。もしくは、それに匹敵する魔物の可能性もある」


 その言葉に一同の表情が引き締まる。

 アンナは無意識に喉を鳴らし、指先をぎゅっと握った。


「どちらにしても……危険ね」


 アマンダが短く言い、矢筒の位置を確認する。


「慎重に行きましょう。焦らず、油断せず、確実に進むわ」

「了解だ」


 ロジャーは頷き、使い魔たちを見下ろした。

 モモルとミミフィーヌ、シロモン、そしてフェルリオットが、主の言葉を理解するかのように小さく鳴く。


 森の入口に一陣の風が吹き抜け、木々がざわめいた。

 その音がまるでこれ以上は戻れないと警告するように聞こえる。


「行くぞ。全員、警戒を怠るな」


 ロジャーの号令とともに一行はゆっくりと森の中へ足を踏み入れた。

 湿った土の匂いが立ち上り、木漏れ日が鎧の上を流れていく。

 やがて、四人と四匹の影は深い森の闇の中へと飲み込まれていった。


 鬱蒼と茂る森の中は思ったよりも静かだった。

 虫の羽音すらほとんど聞こえず、まるでこの場所だけ時間が止まってしまったかのようだ。


「……おかしいわね。森ってのはもっと賑やかなものなのに」


 アマンダが矢を番えたまま、警戒の目で周囲を見渡す。


「防衛戦の時に、あの数の魔物が森から出て行ったせいかもしれません」


 アンナが推測するように呟く。


「確かに今は静かすぎるくらいだな」


 ロジャーは地面に目を向け、靴先で土を軽く蹴った。

 湿った土の感触が伝わり、踏みしめるたびに小さな音が響く。


「とはいえ、油断は禁物だ。逃げ出さなかった魔物もいるだろうし、毒虫や毒蛇もいる。毒草や毒キノコなんかも注意しないとな。気を付けて進め」


 ロジャーの声にセレスティアが真剣に頷いた。


「了解。本当に気が抜けないな……」

「ふふ。これが冒険よ、セレス」


 アマンダが小さく微笑んで励ますと、セレスティアもわずかに笑みを返す。

 だが、その表情には張り詰めた緊張が滲んでいた。


 森の奥へと進むにつれ、空気は次第に重くなっていく。

 風の通り道が少なく、どこか湿った匂いが鼻を刺した。

 ロジャーはふと足を止め、辺りを見回した。


 周囲の木々には爪のような跡。

 それも一本や二本ではない。


「……この森、やはりただの森じゃねぇな」


 低く呟いたロジャーの声に三人の表情が固くなる。


 森の奥へ進むにつれ、空気がさらに重くなっていった。

 木々の根が複雑に絡み合い、まるで侵入者を拒むように足元を縛る。

 それでも一行は慎重に歩を進め、やがて異様な光景に行き当たった。


「……これは」


 セレスティアが息を呑む。


 太い木々の幹に先程よりも巨大な爪痕が刻まれていた。

 一本の傷は大人の腕ほどの太さがあり、深く木の芯まで抉られている。

 まるで刃物ではなく、獣の力そのものによって削られたような荒々しい跡だった。


「どう見ても……普通の魔物の仕業じゃないわね」


 アマンダが眉をひそめる。

 ロジャーは無言で近づき、指先で木の裂け目をなぞった。

 その表情は真剣そのもの。


「……新しい。木の樹液がまだ乾いてねぇ。最近のものだな」

「ってことは、この近くに……?」


 アンナの声がわずかに震える。

 そのとき、セレスティアが何かを見つけたように声を上げた。


「師匠、これを……!」


 彼女が差し出した掌の上には、青く輝く鱗が一枚。

 手のひらほどの大きさがあり、淡く光を放っている。


 ロジャーはそれを慎重に受け取ると、指先に微弱な魔力の反応を感じ取った。

 鱗の表面にはまだ力の残滓が漂っている。


「……魔力が残っている。間違いない、竜種のものだ」


 低く呟いたロジャーの声に、三人の表情が一変する。


「竜種……! じゃあ、やっぱり本当に……」


 セレスティアの声が高鳴る。


「しかも、残留魔力の強さからして並の個体じゃない。これは……上位種かもしれねぇ」


 ロジャーは鱗を太陽光にかざし、光の反射を眺めながら呟いた。

 青とも銀ともつかない輝きが森の緑に映え、神々しさすら感じさせる。


「……形状からしてドラゴンなのかは知らんが、竜の系統であることは確かだ」

「ドラゴンじゃないのですか?」


 アンナが問うと、ロジャーは淡々と答えた。


「俺は可愛い魔物にしか興味がない。爬虫類系は専門外だ」

「……真剣に言ってるあたりが、逆にすごいわ」


 アマンダが呆れ顔で溜息をつく。

 しかし、誰も笑えなかった。

 鱗が放つ微弱な魔力は、まるで森そのものを圧迫しているかのような存在感を帯びていたのだ。

 ロジャーは鱗を慎重に袋へと仕舞い、静かに言った。


「行くぞ。この先にいるかもしれん。最悪の場合は俺が前に出る」


 一行は無言で頷き、再び森の奥へと足を踏み入れた。

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