第43話 穏やかな昼食

 ギルドを後にしたロジャーは昼前に宿へ帰還する。

 宿の二階、セレスティアたちが泊まる部屋では、戦いの名残がまだ残っていた。


 セレスティアはベッドの上でごろりと寝転び、天井を見上げていた。

 アンナは椅子に腰かけ、読書をしながらも時々あくびを噛み殺す。

 アマンダだけは弓と矢筒を丁寧に点検していた。


「矢羽が二十本も潰れてたわ。まったく……あの数の魔物相手じゃ、そりゃ減るわよね」

「私も盾が歪んでる。修理しなきゃ……でも今は動きたくない……」

「セレスお嬢様、少しは体を休めてくださいませ」

「うぅ……そうしてるつもりなんだが、逆に体が重くて眠れないんだ……」


 そんなまったりとした空気を破るように、コンコンと扉がノックされた。


「入るぞ」


 聞き慣れた声に三人が同時に振り向く。

 扉を開けて入ってきたのはロジャーだった。


「師匠!」

「おかえりなさい、ロジャーさん」


 ロジャーは軽く手を挙げて応え、部屋の中央まで進むと椅子を引いて腰を下ろした。

 いつもの軽い調子ながら、その目だけはどこか真剣だった。


「ギルドに行ってきた。町長のときと同じでまた感謝されたよ。報酬も貰った。もちろん、これはお前たちの分も含めてな」


 そう言って金貨の詰まった革袋をテーブルに置く。

 袋の口が開くと、金属のきらめきがこぼれた。


「わぁ……! けっこうな額ですね……」

「ギルドも大盤振る舞いね。まあ、あの戦いぶりを見たら当然か」

「お金のことより――」


 セレスティアが身を起こし、ロジャーをまっすぐ見つめた。


「師匠。街に襲いかかった魔物たち……。やはり何か、原因があるんですか?」


 ロジャーは顎に手を当て、少し間を置いてから頷く。


「ああ。ギルドマスターと話してな。あれだけの魔物が一斉に生息地を離れるなんて普通じゃない。原因は……おそらく、ドラゴンもしくは、ドラゴンに匹敵するほどの存在だ」

「ドラゴン……!」


 アンナが息を呑み、アマンダが眉をひそめる。


「やっぱり、そう来たか……。生態系を乱すレベルの存在って、もうドラゴンくらいしか考えられないもんね」

「それで……どうなったんですか?」

「調査依頼を受けてきた。正式な依頼だ。俺たちが今回の件の原因――つまり、ドラゴンを追う」


 その言葉にセレスティアの瞳が一気に輝きを取り戻した。


「本当に……ドラゴンの調査を?」

「ああ。今度こそ本物に辿り着くかもしれん。セレス、お前の夢の本番だ」


 セレスティアは両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、震える声で答えた。


「……ありがとうございます、師匠! 今度こそ、必ずドラゴンをテイムしてみせる!」


 その真っ直ぐな声にアンナとアマンダも自然と微笑む。

 ロジャーは立ち上がり、使い魔たちの入った袋を軽く撫でた。


「出発は明日だ。それまでに装備を整えておけ。今度の旅は長くなるかもしれない」


 部屋の空気が一瞬、緊張に包まれる。

 だが次の瞬間、ロジャーがにやりと笑った。


「あと、フェルリオット用の餌も多めに買っておけよ」

「……そこなの!?」


 三人の声が揃って飛ぶ。

 そして、部屋には小さな笑いが弾けた。


「……それじゃ、ちょうど腹も減ってきたし、昼にしよう」


 ロジャーがそう言うと三人は顔を見合わせて微笑んだ。

 宿の食堂に降りると昼時のためか他の冒険者たちの姿もちらほら見える。

 戦後の街はようやく落ち着きを取り戻し、食堂にも穏やかな空気が流れていた。


 四人は窓際のテーブルに腰を下ろし、焼きたてのパンと煮込みスープを頼む。

 漂う香りにセレスティアの表情もふっと和らいだ。


「久しぶりにゆっくり食事ができる気がするな」

「ほんと。ここ数日は戦いと準備の繰り返しだったもんね」

「だからこそ、こういう時間が大事なんだ」


 ロジャーがそう言ってパンをちぎって口に運ぶ。

 その顔はどこか満足げで見ているだけで少し安心できるようだった。


 しばらくして、食事も半ばに差しかかったころ。

 ロジャーがふと思い出したように顔を上げる。


「そういえば……ギルドマスターが言ってたぞ、セレス」

「え? 私に?」

「ああ。今回の防衛戦でお前は多くの新人冒険者たちの心を打ったらしい」


 ロジャーの言葉にセレスティアは一瞬きょとんとした。


「心を……打った?」

「そうだ。突破された門の前で、お前が最後まで立ち続けてた姿を皆が見てたってさ。お前の奮闘がなけりゃ、あの場は完全に崩壊してたかもしれない。ギルドマスターもそれを誇りに思うって言ってたぞ」


 セレスティアの手がスプーンの上で止まる。

 頬がわずかに赤く染まり、視線を落とした。


「わ、私は……ただ、やれることをやっただけだ。怖かったし……途中で何度も逃げたくなった……」

「それでも逃げなかった。それが大事なんだ」


 ロジャーの静かな声にセレスティアはハッと顔を上げる。

 その眼差しは厳しくも温かかった。


「戦いなんて恐怖を感じない奴のほうが危険だ。怖くても立ち向かえる奴だけが本当に強くなれる」


 その言葉にセレスティアの胸がじんわりと熱くなる。

 アンナも優しく微笑み、アマンダはグラスを掲げた。


「じゃあ……この一杯はセレスに」

「えっ!? そ、そんな……!」

「いいじゃない。英雄のお祝いよ」


 皆が笑いながらグラスを掲げ、軽く鳴らし合う。

 ロジャーはその光景を見て、ふっと目を細めた。


「……ほんと成長したな、セレス」


 そう呟きながら彼もまた静かにグラスを掲げた。

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