第40話 変態テイマーここにあり

 圧倒的な光景に、兵士や冒険者たちはただ呆然と立ち尽くしていた。

 炎の柱が天を貫き、雷鳴が大地を割る。

 ロジャーが剣を振るうたび、数十体の魔物が塵と化し、魔法を放つたびに地平線まで死骸が転がっていく。


「……ありえねぇ!」

「人間が……! 一人であんな……!」


 誰かが震え声で呟いた。

 だが、次の瞬間—―


「呆けている暇はないぞ!」


 指揮官の怒声が防壁を震わせた。

 驚きに固まっていた兵士たちを叱咤し、手を振り上げる。


「お前たち、一匹でも多く倒せ! 中に侵入した魔物を片づけろ!」

「は、はいっ!」

「う、うおおおおおっ!」


 再び気合を入れ直した兵士や冒険者たちが声を張り上げ、街の中へ殺到していく。

 乱戦は続いていたが、数は確実に減っていった。


 矢の雨、剣戟の音、魔法の閃光。

 やがて街の中に入り込んでいた魔物は全て討ち尽くされ、勝利の歓声が響き渡る。


「勝ったぞ!」

「魔物はもういない!」


 歓声が広がり、安堵の息が漏れる。

 だが、真の戦場はまだ外だった。


 大地を揺らす轟音と共に、ロジャーの魔力が爆発的に膨れ上がる。

 剣を掲げ、咆哮のように詠唱を叫ぶと、荒野そのものが光に包まれた。


 地平線まで広がる砂漠が一変し、巨大なクレーターがいくつも穿たれる。

 炎と氷が交じり合い、黒煙を巻き上げながら、数千の魔物が一瞬にして消し飛んだ。


「地形が変わった……!?」

「人間業じゃねぇ……!」


 防壁の上からそれを目撃した兵士たちは、絶句し、言葉を失った。

 そして、静寂の中で立つ男の声が響く。


「勝ったぞぉぉぉぉぉっ!!」


 ロジャーは雄叫びを上げ、血と汗にまみれた顔で天を仰いだ。


「この勝利は……俺の愛しき使い魔たちに捧げるっ!!」


 大地を震わせる勝利宣言に、兵士も冒険者も一瞬呆気に取られる。

 やがて、歓声と喝采が街全体に広がっていった。


「うおおおおおっ!」

「変態テイマー万歳!」

「やっぱりすげぇやつだ……!」


 ロジャーは剣を天に掲げたまま、ただ静かに微笑んだ。

 愛する使い魔たちを守り抜き、そして街をも守った戦士として。


 防衛戦は勝利に終わった。

 街全体が歓喜の声に包まれ、兵士も冒険者も勝ち鬨を上げる。


「勝ったぞぉぉぉ!」

「魔物どもを退けたぞ!」


 その熱狂の中、血煙と砂塵を纏いながら一人の男が門へと戻ってくる。

 ロジャーだ。


 剣を背に、衣服は裂け、全身が血に濡れている。

 だが、その姿はまさしく英雄。

 凱旋するその歩みに、誰もが息を呑み、歓声を浴びせかけた。


「変態テイマー、ロジャー!」

「いや……英雄だ! 本物の英雄だ!」


 人々は歓声を送る。

 だが、ロジャーはそれらを一顧だにせず、真っすぐ前を見据えて歩き続けた。


 門の前に、アンナが立っていた。

 彼女の腕には、ロジャーから預かった使い魔たちが寄り添っている。

 安堵と喜びの表情を浮かべたアンナに、周囲の者たちは囁き合う。


「おお……! あの娘がロジャーの……!」

「英雄を支える恋人か……」


 そんな憶測が飛び交う。

 だが、それも一瞬のことだった。


 ロジャーはアンナに声をかけられる前に、勢いよく使い魔たちを抱き寄せた。


「おおっ……! 見ていたか、お前たち!?」


 その声は熱狂に満ちていた。


「俺の剣が大地を割り、魔法が大群を飲み込む瞬間を……! そうだ、あれはお前たちのために振るった一撃だ! 俺の可愛い子たちを守るために、俺は戦ったんだぁぁぁっ!!」


 腕の中の使い魔たちを頬ずりするように抱きしめ、狂おしいほどの愛を注ぐ。

 周囲の冒険者や兵士は凍り付いた。


「……え? 恋人じゃなくて……?」

「まさか……本当に……使い魔に……?」

「うわ、本当に変態なんだな……」


 ざわめく人々をよそに、ロジャーはひたすら使い魔たちに語りかける。

 アンナはため息をつき、しかし同時に小さく微笑んだ。


「……まったく、本当に……使い魔たちが恋人みたいな方なんですから」


 歓喜と困惑が入り混じる中、英雄の凱旋は続く。

 歓声がまだ続く中、街の代表である町長が人混みをかき分け、ロジャーのもとへ歩み寄った。

 年老いた体を支えるように杖を突きながらも、その瞳は感謝の光で満ちている。


「ロジャー殿。街を救っていただき、誠に感謝する。貴殿がいなければ、この街は……」


 だが、ロジャーは町長の言葉を遮るように手を振った。


「礼などいらん。報酬を寄越せ」


 あまりに即物的な言葉に、集まっていた住民たちが一斉に息を呑む。

 英雄がどんな言葉を口にするのかと期待していた者たちの顔に、落胆の色が広がった。


 だが、ロジャーは胸を張り、続ける。


「この子たちには最高級の果実を食わせたい。甘くて、みずみずしくて、瑞々しいやつだ。それが報酬だ。それ以外はいらん」


 ロジャーは腕に抱いた使い魔たちを撫でながら、にやりと笑う。


「え……果実……?」

「金でも地位でもなく……果物……?」


 呆然とする群衆。

 その場の空気を取り繕うように、町長が問いかけた。


「……ほ、他には何かご所望はないのか?」


 ロジャーは首を横に振る。


「いらん。俺はお前たちのために戦ったわけではない。この子たちを守るために剣を振るった。それだけだ」


 徹頭徹尾、使い魔たちのことしか考えていないその態度に、人々は再びざわつく。


「やっぱり……変態だ……!」

「でも、街を救ったのは事実だし……」

「どういう英雄像なんだ……」


 町長はしばし黙り込み、そして大きく息を吐いた。

 呆れとも感心ともつかない笑みを浮かべながら、ぽつりと呟く。


「これが……変態テイマーと呼ばれる所以か」


 次の瞬間、町長は顔を綻ばせ、朗々と声を張り上げた。


「だが! 変態であろうと何であろうと! この街を救ってくれた英雄であることに変わりはない!」


 その声に呼応するように、人々は再び歓声をあげ、惜しみない拍手を送った。

 ロジャーは照れることもなく、ただ抱き寄せた使い魔たちの頭を撫で続ける。


「……お前たちのために戦った。俺の全てはお前たちのためにある」


 熱に浮かされたようなその言葉は、もはや英雄譚とは程遠い。

 だが、その狂気にも似た一途さが、彼を変態テイマーとして、そして英雄として人々の記憶に刻んでいくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る