第39話 変態テイマーだが一騎当千なり
門の方角から、絶え間なく剣戟の音と悲鳴が響いてくる。
アンナは止血処置をしながらも、耳を塞ぎたくなるほどの戦場の喧噪に胸を押し潰されそうになっていた。
「どうか……セレスお嬢様……!」
血で濡れた布を結びながら、アンナは震える唇で祈るように呟く。
その時だった。
後方に駆け込んできた伝令の兵士が、顔面蒼白で叫んだ。
「も、門が突破された! 魔物が街に入ってきたぞっ!」
場が凍りつく。
アンナの視界が暗く揺らぎ、膝が折れそうになる。
セレスティアがそこにいる。
彼女が最前線で戦っていることを、アンナは直感で悟っていた。
「(ロジャーさん……! お願いです……!)」
思わず、心の中でその名を呼ぶ。
その時、アンナの肩に、ふわりと軽い重みが落ちた。
「あなたは……!」
振り返ると、ミミフィーヌがひょこんと顔を出していた。
小さく「フミュッ」と鳴くその声に導かれるように、アンナは正面を見た。
そして、血の匂いをまとい、魔物の返り血で真っ赤に染まったロジャーの姿が、煙と炎の向こうから現れた。
「……っ!」
呆然と息を呑むアンナ。
その瞳に映るのは、狂気にも似た赤い戦場を背負いながらも、笑みを浮かべる男の姿。
「よ……よかった……! 無事だったんですね……!」
安堵と涙が混ざった声を上げると、ロジャーは短く頷いた。
「状況は?」
「セレスお嬢様が……! セレスお嬢様が危ないんです!」
すぐさま告げるアンナの声に、ロジャーの瞳が鋭く光る。
彼は一歩前に出て、懐から出した使い魔たちをアンナへ預けた。
「アンナ。後は任せた。こいつらを頼む」
「……は、はい!」
強く頷いた瞬間、アンナの胸に小さな命が飛び込んでくる。
それを抱きしめながら、アンナはただロジャーの背を見送った。
返り血にまみれた赤い影は、戦場を裂く風のように駆け出す。
セレスティアのもとへ。
門の前ではセレスティアは必死に剣を振るっていた。
仲間の冒険者たちが次々と倒れ、防衛線は崩れかけている。
それでも彼女は前に出続けた。
「まだ……終わってない……っ!」
盾で体当たりし、剣で魔物の喉を裂く。
だが、数は減らない。
防ぎきれない爪が頬をかすめ、熱い血が流れた。
仲間がいない。
気づけば、彼女は孤立していた。
荒い息が肺を切り裂くように痛む。
握った剣も重く、今にも落としそうだ。
盾は弾き飛ばされ、片膝をつき、剣を杖代わりにして必死に身体を支える。
「はぁっ……はぁっ……! もう……ここまで……か……っ」
視界が霞み、膝に力を込めようとしても、もう動かない。
諦めの二文字が胸に広がった。
その時、轟音が戦場を切り裂く。
炎のように現れた男が、次の瞬間、周囲の魔物をまとめて薙ぎ払う。
「師……匠……っ!?」
返り血に染まったロジャーが、戦場に立っていた。
その背は揺るぎなく、ただ一人で防波堤となるように魔物の群れを前に立ち塞がる。
「よく頑張った、セレス。ここから先は俺に任せろ!」
次々と飛びかかってくる魔物を、拳と剣で叩き潰し、瞬く間に周囲を一掃していく。
セレスティアはその背中を見て、張り詰めていた心が緩むのを感じた。
「来てくれるって、信じてました……!」
言葉は震えていたが、瞳には確かな光が戻っている。
ふらふらとしながらも、彼女は剣を拾い、立ち上がった。
「わ、私は……まだ戦える……! ドラゴンをテイムするんだ……! このくらいで倒れるわけにはいかないっ!」
強がる声に、ロジャーは横目で笑い、肩越しに短く告げた。
「いい根性と気合いだ! 今のお前なら、きっとドラゴンをテイムできるさ!」
再び押し寄せてくる魔物の群れに向け、師弟は並び立つのだった。
セレスティアは血に濡れた剣を握り締め、最後の一歩を踏み出した。
喉の奥から絞り出すような声をあげ、目の前の魔物へと渾身の一撃を叩き込む。
「……これで、最後っ!!」
剣が肉を裂き、魔物が絶叫と共に崩れ落ちた。
だが、そこまでだった。
「はぁ……はぁ……っ!」
視界が揺れ、力が抜ける。
剣を支えにしていた腕が震え、今にも地面へ崩れ落ちようとした瞬間—―
「よくやった、セレス」
力強い声と共に、背中から腕が伸びてきた。
ロジャーが彼女の身体を支えていた。
「し、師匠……」
「満身創痍でここまで持ちこたえた。大したもんだ」
その言葉を最後にセレスティアは意識を手放した。
ぐったりと倒れ込む彼女を、ロジャーは優しく地面に寝かせる。
そして、血まみれの男はゆっくりと顔を上げ、迫り来る魔物の群れに冷たい瞳を向けた。
「……ここからは俺の仕事だ」
ロジャーが地面に掌を叩きつける。
次の瞬間、凍てつくような冷気が爆発的に広がった。
門の内側に雪嵐が吹き荒れ、侵入してきた魔物たちの四肢を瞬時に凍りつかせる。
次々と凍像となり、呻き声を上げる間もなく粉々に砕け散っていった。
「氷よ、すべてを閉ざせ」
ロジャーが腕を振り抜くと、凍てついた大波が門の裂け目を覆い尽くし、侵入路を分厚い氷壁で塞いでしまう。
唖然と見守っていた兵士や冒険者たちが、次々と歓声をあげた。
「す、すげぇ……! 一瞬で門を……!」
「本当にB級かよ、あの人……!」
氷壁の前に立つロジャーは、返り血で真紅に染まりながらも静かに剣を下ろす。
「安心しろ。もう一匹たりとも通させはしない」
その背中は、まさしく孤高の騎士のようであった。
防壁の上から戦況を見ていたアマンダは、ロジャーが氷壁で門を封じるのを確認すると、肩から大きく息を吐き出した。
「……ったく、遅いのよ。セレスが無茶する前に出てきなさいっての」
安堵の言葉を悪態に隠すように吐きながらも、その瞳は仲間の無事を確認できた安らぎで揺れていた。
一方、ロジャーの凄まじい魔法を目の当たりにした防壁上の指揮官は、迷いを見せることなく声を張り上げた。
「全軍、聞け! 街の内部に侵入した魔物の討伐を最優先とする! 残存兵力を二手に分け、外へ漏れた魔物は決して見逃すな!」
冒険者や兵士たちが「応!」と声を揃える。
その直後、指揮官は防壁の下で魔力を迸らせているロジャーを見据え、深々と頭を下げた。
「ロジャー殿! 街の防壁外に蠢く魔物の群れ……あれは、貴方にしか任せられない! どうか、外の防衛を託させてくれ!」
その声は街全体に響き渡り、怯んでいた兵士や冒険者たちの士気を一気に押し上げた。
ロジャーはちらりと氷壁越しに魔物の影を見やり、静かに剣を構える。
返り血で赤黒く染まった顔に浮かぶのは、誇らしげな笑み。
「任せろ。俺の可愛い使い魔たちとついでにこの街も、絶対に守り抜いてみせる」
その背中に、兵士たちは「おおっ!」と声をあげた。
しかし、アマンダは防壁の影に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……少し休ませてもらうわ」
近くで剣を握っていた冒険者の青年が驚いたように声を上げる。
「えっ、この状況で休むんですか!? ロジャーさんを手伝わなくていいんですか!」
アマンダは片目だけを開き、口元に笑みを浮かべる。
「外を見てなさい。すぐにわかるわよ」
そう言い残すと、目を閉じて仮眠を取り始めた。
あまりにも堂々とした態度に、兵士たちは顔を見合わせ、呆気に取られる。
「こんな状況でよく眠れるな……」
半信半疑のまま、彼らは防壁の上から視線を外へ向ける。
そこでは紅蓮の炎と氷の嵐が交錯し、轟音と共に魔物の群れが吹き飛ばされていた。
剣を振るえば雷鳴が奔り、魔法を放てば大地が割れる。
ロジャーはただ一人で数百、いや千を超える魔物の群れを相手取り、悠々と制圧していた。
「な……なんだ、あれは……!?」
「一人で軍勢を押し返してるだと……?」
冒険者も兵士も言葉を失い、唖然と立ち尽くす。
そこへ現れたのは指揮官だった。
彼もまた防壁の上からその戦いを目にし、低く唸る。
「……これほどとはな。実際に戦っている姿を見るのは初めてだが……」
そして口元を引き締め、静かに言葉を続けた。
「――あれが変態テイマーといわれるロジャーの真の実力か」
感嘆と畏怖を混ぜた声は、周囲の兵士たちの胸を震わせるのだった。
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