第29話 新しい街
ロジャーはアンナと使い魔たちをしっかりと抱きかかえながら、ゆっくりと降下していった。
カルノスレイヴ・ロードとの死闘を終え、空には静けさが戻っていた。
「師匠! アンナ! 無事だったのだな!」
「よかった。アンナは無事だったのね」
先に駆け寄ってきたのはセレスティアだった。
その後ろからアマンダもほっとした表情で頷く。
「ああ。余裕だったさ」
満足げな笑みを浮かべているその顔には、アンナへの気遣いは――あまり、なかった。
そんな空気の中、アンナはふらりと立ち上がると、両手でスカートの裾をぎゅっと掴みながら、静かに俯いた。
「アンナ? 大丈夫? 怪我はしてないか?」
セレスティアが心配そうに声をかける。
だが、アンナは小さく首を横に振ると、震える声でぽつりと呟いた。
「……何も、聞かないでください」
「え?」
「何もです。お願いですから……」
そのままくるりと背を向けて、落ち葉の上にぺたりと座り込む。
やがて、使い魔の一匹がそっとアンナの膝に乗り、慰めるようにすり寄っていった。
「……な、なんかアンナ、すっごく疲れてない?」
「むしろ、師匠に助けられたのに心労が増してるってすごいな……」
セレスティアとアマンダが顔を見合わせる。
その横では、ロジャーが満足げに腕を組み、使い魔たちに話しかけていた。
「今日の俺はどうだった……?」
可愛らしい鳴き声だけが、その場に響いたのであった。
それから、カルノスレイヴの群れを退け、アンナを取り戻した一行は、しばし木陰で休息を取った。
荒い呼吸を整え、水袋を回し飲みしながら、それぞれが無事であることを確かめ合う。
「……ふぅ。やっと一息つけるな」
ロジャーが額の汗を拭い、腕の中の使い魔たちをぎゅっと抱きしめる。
アンナは何とも言えない顔をしながらも、その光景を黙って見守っていた。
「よし、先へ進もう。山を越えれば、新しい街が見えてくるだろう」
ロジャーの言葉に、一同は頷いた。
険しい山道をひたすら登り、崖沿いの細い道を抜け、夕暮れが迫る頃――。
雲の切れ間から、遠くに街の灯りがちらりと見えた。
「見えたぞ! あれが……次の街か」
「ようやく辿り着けそうですね……」
「だが、今からじゃ間に合わない。日が暮れる前に無理に進むのは危険だ」
アマンダの冷静な判断に、一行は街を目指すのをやめ、山を下りた開けた場所で足を止める。
「ここなら、風も遮れるし、水場も近い。野営には悪くない」
「了解! じゃあ火を起こすぞ!」
ロジャーが枯れ枝を集め、セレスティアが火打ち石を取り出す。
やがて焚き火がぱちぱちと音を立て、周囲を柔らかな光で照らし出した。
アンナは荷物から鍋と食材を取り出し、手際よく調理を始める。
香ばしい匂いが漂い始めると、疲れた心と体が少しずつ癒されていった。
「……今日は色々ありましたけど、無事でよかったです」
「まったくだな。アンナを攫った奴らも片づけたし……何より、俺の可愛い子たちが元気でいてくれて本当によかった」
ロジャーがにこにこと使い魔を撫でているのを、アマンダとセレスティアは呆れたように見つめる。
「アンナが疲れ切ってる理由、ここにあるんじゃないか……?」
「……聞こえてますよ」
アンナがぼそりと呟いたが、その声にはどこか安堵の色が混じっていた。
星々が瞬く夜空の下、一行は温かな食事を囲み、翌日の街への到着に胸を膨らませながら、ゆっくりと夜を過ごした。
◇◇◇◇
翌朝。
夜明けと同時に一行は野営地を片づけ、山を下っていった。
涼しい風が吹き抜ける中、街道を進み、やがて視界が開ける。
「見えた! あれが……グランツベルク!」
新たな街にセレスティアが弾む声をあげる。
遠くに広がる街並みは、昼前の太陽を浴びて輝いていた。
その城壁と高い塔を見上げ、一同は自然と足を速める。
城門を抜け、街の活気に胸を躍らせた一行は、すぐに二手に分かれることにした。
「私とアンナで宿を確保しておくわ」
「了解。じゃあ俺とセレスでギルドに行って、ドラゴンの情報を集めてくる」
そうしてロジャーとセレスティアは冒険者ギルドへと足を運んだ。
ギルドの中は活気にあふれ、冒険者たちの笑い声や依頼掲示板の前に群がる姿が目立つ。
受付の女性に事情を説明し、ドラゴンの目撃情報を尋ねると、いくつかの話が返ってきた。
「南の荒野で、夜空に赤い影を見たという者がいるわ」
「北の森で、木々を薙ぎ倒すほどの大きな翼音を聞いた者もいる」
「東の山岳地帯では、巨大な爪痕を見たって報告も……」
ロジャーとセレスティアは顔を見合わせる。
「……結局、どれも定かじゃないな」
「ドラゴンの影を見た、音を聞いた、痕跡を見た……。そんなのばっかりだ」
「しらみつぶしに調べていくしかねぇか……。はぁ……」
ロジャーが額をかき、思わず愚痴を零す。
セレスティアも苦笑いを浮かべながら、資料を受け取った。
昼前。
宿を確保したアマンダとアンナと合流し、一行は街の食堂へと入った。
焼きたてのパンとスープ、肉の煮込みがテーブルに並ぶ。
空腹を満たす香りに、セレスティアの表情が明るくなる。
「お疲れさま。宿は三人部屋と一人部屋を確保しておいたわ」
「助かった。俺たちの方は……まあ、収穫はあったっちゃあったが……」
ロジャーが大きくため息をつく。
アンナが興味深そうに身を乗り出す。
「どんな情報が手に入ったんですか?」
「影とか音とか、そんなのばっかりだ。結局、どこにいるかははっきりしねぇ」
「なるほど……。でも、情報が多いということは、それだけ近くにドラゴンがいる可能性もあるってことですよね?」
アンナの言葉に、セレスティアの瞳がわずかに輝く。
それを見て、ロジャーは口の端を上げた。
「まあ、希望は残ってるな。しらみつぶしに調べりゃ、いずれ本物に当たるだろう」
そう言って、豪快に肉を頬張るロジャー。
その姿に、皆の顔にも自然と笑みが広がっていった。
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