第28話 使い魔たちを返せ! あとついでにアンナも
◇◇◇◇
翌日、ロジャーたちは晴天に恵まれ、順調に山を登っていた。
しかし、山道を進む一行の前に、突如として影が舞い降りた。
上空で甲高い鳴き声が響き渡る。
「怪鳥――いや、これはカルノスレイヴか!」
ロジャーが鋭く声を上げる。
鋭い嘴と岩をも穿つ鉤爪、鋼のように硬い羽を持つ中型モンスター。
単体でも厄介だが、今回は――群れだ。
「くっ、数が多い……!」
セレスティアが思わず身構える。
すぐさま、ロジャーとアマンダが前へ出る。
「セレス、アンナは後ろへ!」
「はい!」
ロジャーの叫びと同時に、アマンダの弓が火を引く。
鋭い矢が一羽を撃ち抜き、ロジャーは軽やかに跳躍し、風のような剣閃で二羽、三羽と一息に斬り伏せた。
「ふふ……! まだまだ行けるわよ!」
アマンダの笑みが頼もしい。
だが、その時だった。
「きゃっ――!?」
突如、背後から凄まじい風圧と共に、一際巨大な影が襲いかかる。
ボス個体――カルノスレイヴ・ロード。
他の個体の倍以上はある巨体。
誰よりも反応の速いロジャーが振り返るよりも早く、その怪鳥はアンナを鋭い爪で掴み、羽ばたいた。
「アンナァァァ!!」
ロジャーの怒声が木霊する。
セレスティアは愕然とし、アマンダは即座に矢を構えるが、すでに怪鳥のボスは上空高く舞い上がっていた。
さらに悪いことに――
「くそっ! 子分たちが道を塞ぎやがったか!」
ロジャーが舌打ちをする。
ボスの進路を塞ぐように、群れの一部がロジャーの前に降り立ち、鋭い目で睨みを利かせる。
「邪魔だあああああああ!!!」
ロジャーの怒号が響く。
次の瞬間、彼の周囲に風圧が爆発する。
抜刀と同時に発動する特殊技、疾風剣――その剣閃はまるで暴風のように怪鳥たちを一掃する。
バラバラと羽が舞い、鮮血が飛び散る。
だが――
「チッ、間に合わねぇ! 逃げられたか……ッ!」
ロジャーの目に映るのは、はるか彼方、山の尾根を越えていく巨大な影。
アンナの姿が、見えなくなっていく。
拳を握りしめ、ロジャーは唸るように呟いた。
「……アンナ。必ず助け出してやる!」
ロジャーが険しい顔で拳を握りしめる。
「……アンナが攫われて不謹慎なんだが、師匠は私が同じように攫われても、同じような反応をしていただろうか?」
その傍らでセレスティアがぽつりと呟いた。
「一応、助けには来てくれるし、心配もしてくれるだろうけど……アンナに比べたら、多分、もうちょっと静かね」
アマンダが残念そうに肩をすくめる。
「やはり、そうか……」
ロジャーの可愛い使い魔たちは戦闘には基本向いていないため、アンナと共に後方で保護されていることが多い。
今回もロジャーは、「俺の勇姿を見ていてほしい」という理由で、彼女に使い魔たちを預けていたのだ。
つまり、ロジャーが心から案じているのは、アンナよりも、彼の可愛い使い魔たちである可能性が高かった。
もちろん、仲間としてアンナを本気で助けるつもりではあるだろう。
だが、彼にとって真に救うべき存在とは、あくまでも愛する使い魔たちなのだ。
「しかし、何故アンナは攫われたのだろうか……?」
ふと思ったようにセレスティアが首を傾げる。
「恐らくだけど、産卵期なのかもしれないわね」
「なっ……!? それではアンナたちは餌にされると?」
「許せねえ! よくも俺の大事な使い魔たちを!!」
本音が垣間見えるロジャーが怒気を帯びた声を上げる。
「ロジャー。せめて、アンナのことも心配してあげなさいよ」
「師匠……。流石にそれはどうかと思うぞ」
セレスティアとアマンダが、ほぼ同時にため息をついた。
「今すぐ奴らを追うぞ! 幸い、アンナは俺の使い魔たちと一緒にいる。だから、居場所はすぐにわかる!」
ロジャーは今すぐにでも飛び出すような勢いだ。
「……本当に使い魔たちのことばかりね」
アマンダが呆れたように呟くが、その表情にはどこか安心の色が浮かんでいた。
「師匠。居場所がわかるなら早く行きましょう。アンナだって……あんな場所に長くはいられません」
「わかってる。だが、急がなきゃならねぇ」
ロジャーは背に携えた剣を抜き、前方の森を睨みつける。
「今なお、あの怪鳥どもが群れを張って道を塞いでやがる。セレス、アマンダ――あの道は任せた。俺は先に行く」
「ちょっ……一人で突っ込む気!?」
セレスティアが慌てて制止するも、ロジャーはニヤリと笑う。
「使い魔たちに待ってろって伝えてある。俺が行かないでどうする?」
次の瞬間、ロジャーの体が風のように駆け出した。
飛び上がるように木の枝を駆け、急斜面を駆け登る。
「もう……本当に変態ね。強さもそうだけど、どんだけ使い魔たちラブなのよ」
アマンダが呟きながら、弓を手に構える。
「セレス。私たちは後方から。あの群れを蹴散らすわよ」
「はい!」
セレスティアも剣と盾を構え、目を細めた。
アンナと使い魔たちを救うための戦いが、いま、始まる。
その頃、上空。
冷たい風が容赦なく肌を打ちつけ、遠ざかる地面が恐怖をさらに増幅させていた。
「ひ、ひいいぃ……っ! 高いですぅぅ……!」
アンナは悲鳴を堪えながら、ロジャーの使い魔たちを必死に抱きしめていた。
使い魔たちはぷるぷると震えながらもアンナの腕の中に収まっている。
とても頼りにならないが、ぬくもりだけは心強い。
「だ、誰か……誰か助けてくださ――ああぁっ!? 揺れた! 今、絶対に揺れましたよねぇえぇぇっ!!?」
アンナを掴むカルノスレイヴ・ロード――通称「怪鳥の王」は、悠々と翼を広げ、山の奥にある断崖の巣を目指して飛翔している。
その巨大な体躯からは、他の怪鳥とは明らかに異なる威圧感があった。
「こ、こんな時に……っ。セレスお嬢様、ロジャーさん、アマンダさん……!」
思わず名前を呼ぶ。
けれど、彼女は理解していた。
ここで泣き叫んでいても仕方がない。
「(私が――しっかりしなければ!)」
恐怖に引きつる顔を、ぐっと引き締める。
「あなたたちは、絶対に守りますからね……!」
震える声で、腕の中の使い魔たちに語りかける。
使い魔たちもアンナの言葉に答えるよう鳴き声をあげ、彼女の頬をなめたりして励ます。
それだけで、ほんの少しだけ、勇気が湧いた。
「(きっと、ロジャーさんは来てくださる……あの変態的なまでの使い魔愛で……!」
その信頼が、アンナの心を支えていた。
そして――
遠く、雲を切り裂いて跳ね上がるような何かの気配があった。
風が変わる。
空が震える。
アンナはぎゅっと瞳を閉じ、そっと呟いた。
「……来てくださいませ、ロジャーさん――いえ、変態テイマー!」
空の彼方から――
「――変態ではない! 愛の戦士だッ!!」
突如、轟くような声と共に、光の軌跡が空を貫いた。
「――ひいっ!?」
アンナが思わず目を見開く。
次の瞬間、カルノスレイヴ・ロードの横を、銀閃がすり抜けた。
それは一人の男だった。
異様なほどキラキラした笑顔を湛え、空中で姿勢を安定させながら叫ぶ。
「待たせたな、我が愛しの使い魔たちよッ!! それと、アンナ!」
ついでのように名前を呼ばれてアンナは、ロジャーが相変わらず使い魔にしか興味のない男だと再認識する。
それと、同時に安堵した。
使い魔たちのついでとはいえ、助けてもらえるのだと。
言動こそ変態ではあるが、その実力は折り紙付き。
「変態なのは間違いないじゃないですか!」
アンナが涙目でツッコむが、ロジャーは気にも留めず、カルノスレイヴ・ロードを見据える。
「俺が……! お前を墜とすッ!!」
風を纏い、空気を裂いて接近するロジャー。
――しかし。
「くっ……! アンナと使い魔たちがいる以上、派手な攻撃は使えねえ……!」
手加減しなければならない。
そうでなければ、巻き添えにしてしまう。
一撃で仕留めることも可能だが、使い魔たち及びにアンナを傷つけてしまう恐れがあるため、ロジャーは手をこまねいていた。
「むうっ……! こうなれば、接近して羽根をもぎ取る戦法だ!」
もはや人間の発想とは思えない狂気。
だが、愛に生きる男は止まらない。
己が武器も、魔法も、筋肉すらも駆使して、空中戦を繰り広げる。
その戦いはまるで舞踏。
天を舞い、風を斬り、閃光と共に華麗に舞うその姿に――
「……え? もしかして、墜落します?」
アンナが使い魔たちを抱きしめながら顔を青くする。
だが次の瞬間、ロジャーは羽根を引きちぎりながらこう叫んだ。
「モモル、ミミフィーヌ、シロモン! アンナを頼むぞ!」
「ほ、本当にこのまま落とす気ですかっ!?」
アンナの了承も待たずにロジャーはカルノスレイヴ・ロードの翼をもぎとる。
「どりゃあああああっ!」
「ギィイイイイイイッ!」
カルノスレイヴ・ロードは両翼をもぎ取られ、激痛に悲鳴を上げる。
そして、浮力を失ったように山の斜面へ向かって一直線に急降下。
「きゃあああああああああっ!!!」
カルノスレイヴ・ロードと一緒に落ちていくアンナは使い魔たちを必死に抱き締めながら、叫び声をあげる。
すかさず、ロジャーはカルノスレイヴ・ロードの下へ潜り込み、アンナたちを救出した。
「もう大丈夫だ。お前たち!」
ロジャーの腕の中、使い魔たちたちはキュウと小さく鳴いて顔を擦り寄せた。
その姿に涙ぐみながら、ロジャーは慈しみに満ちた声で囁く。
「怖かったな……! よく頑張った。よく……無事でいてくれた……!」
感極まったロジャーは、空中でゆっくりと旋回しながら使い魔たちを抱き締める。
――だがその腕の中に、もう一人いた。
「あの……私も……いるんですけど……?」
アンナがぼそりと呟く。
だが、ロジャーの視界には使い魔しか映っていない。
「お前たちがいなきゃ、俺はもう……生きる意味を見失うところだった……!」
――完全にスルーされた。
「ロ、ロジャーさん!? 私、今、お姫様抱っこされてますよね!? まさか、そのことにすら気付いていませんか!?」
叫ぶアンナに、ようやくロジャーが視線を向け――
「……よかったな、アンナも無事で」
「雑っ!? え、ええ!? こんなにがっつり抱えられてて!? え、むしろ今さらっ!?」
「いや、感動の再会に水を差さないでくれ。大切な時間なんだ……」
「私、空中で感情迷子になりそうなんですけどぉぉぉっ!!」
御伽噺のお姫様みたいにとは言わないが、せめてもう少し感動的な場面になって欲しかったとアンナは内心で嘆くのであった。
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