第27話 さらば、フォルセリアよ!
◇◇◇◇
翌朝、セレスティアたちは荷をまとめて、フォルセリアの冒険者ギルドを訪れた。
朝早くにもかかわらず、ギルドの中は賑わっていた。
ロジャーが事前に出発のことを伝えていたのだろう、ギルドマスターをはじめ、多くの冒険者たちが見送りに集まっていた。
「まったく……ロジャーの弟子だって聞いたときは、どんなお嬢様かと思ったがな」
「今じゃ、あのギガントボアを仕留めるんだ。立派な冒険者だよ、まったく」
「俺らの訓練にも毎日来てくれたんだぜ。寂しくなるなぁ……」
訓練で一緒だった新人たちが、名残惜しそうに手を振っている。
セレスティアは照れくさそうに笑いながらも、一人ひとりに礼を言って回った。
「本当に……ありがとうございました。皆さんと過ごせて、よかったです」
「気張るなよ、また会おうぜ!」
「次に会うときは、Bランクくらいになってるんじゃないか?」
「セレス様! そのときはぜひサインを!」
冗談半分の声も飛び交い、別れの空気はどこか温かかった。
そして、最後にギルドマスターが一歩、前に出た。
「セレスティア嬢」
「はい!」
「お前さんは、確かに貴族出身かもしれん。だが、もうそれ以上に――立派な冒険者だ。誇りを持っていい」
「……ありがとうございます!」
セレスティアは深く頭を下げた。
その瞳には、少しだけ涙が滲んでいた。
アンナがそっとハンカチを差し出し、アマンダは苦笑いを浮かべ、ロジャーは口元だけ、わずかに緩めていた。
「さあ、行くぞ。ドラゴン探しの旅に!」
「了解っ!」
こうして、セレスティアたちはフォルセリアの街を後にした。
セレスティアに残された時間は少ない。
フォルセリアで過ごした一か月は彼女の人生にとって、ほんのわずかな時間だったかもしれないが、鮮明に記憶へ残り続けるだろう。
街道を進んでいると、乾いた風が頬を撫でる。
セレスティアは空を見上げ、遠ざかるフォルセリアの街並みにそっと別れを告げた。
そのときだった。
「……そういえばだが」
先頭を歩くロジャーがふと眉をひそめ、独り言のように呟く。
「どうしたんですか、師匠?」
後ろにいるセレスティアが首を傾げた。
「セレスって、冒険者ギルドに登録してないよな?」
「…………えっ?」
アマンダが思わず固まる。
アンナも、薬箱を抱えたまま顔を上げた。
「え、登録してなかったのか!?」
「たしか……師匠と一緒に依頼に同行してたから、正式な登録はしてないような……?」
「ずっと訓練もこなして、依頼も手伝ってたのに……非公式だったんですか!?」
「そもそもセレスは指名依頼を出してる側だからな。どうする? 冒険者として登録しておくか?」
ロジャーが頭をかく。
「いや、今のままでいい。あまり、有名になると……面倒だからな」
「面倒というのは貴族的にってことか?」
「ああ。前にも言ったが公爵家の子息に見初められて、無理矢理、婚姻を迫られているんだ。今はお父様がなんとか引き延ばしてくれているはずだ」
「なるほどね。確かに、それだと有名になり過ぎるのも不味いわね」
アマンダが納得したように手を叩く。
セレスティアは公爵家の子息であるディルクという男との婚姻を断るためにドラゴンをテイムしようとしているのだ。
王家に力を示すことができれば、男爵家であろうと願いは叶うだろう。
しかし、セレスティアが冒険者となり、有名になり過ぎれば、公爵家は問い質してくるだろう。
何故、冒険者になどなっているのかと。
婚姻をなんとか引き延ばしている最中に、そのようなことが発覚すれば、公爵家は黙ってはいないだろう。
下手をしたら、男爵家が危機に陥るかもしれない。
もしかしたら、冒険中に妨害をしてくるかもしれない。
だから、ドラゴンをテイムするためにロジャーへ指名依頼を出している形にしておけば、ある程度のカモフラージュはできる。
とはいえ、公爵家も馬鹿ではない。
独自の情報網でセレスティアの動向を探っているだろう。
男爵家の隠蔽がいつまで持つかは正直わからないといったところだ。
セレスティアの父親は一年と言ったが、一年も持つか怪しい。
「できることなら、今すぐにでもドラゴンをテイムしたいのだがな……」
口から零れるのは願望だ。
セレスティアは憂いた顔で遠くを見つめる。
ロジャーはセレスティアの横顔をちらと見た。
その目に宿る焦りと不安を、彼は見逃さなかった。
「焦るな。焦って空回りしても、ドラゴンには届かん」
「……わかっています。けれど、気持ちが先走ってしまって」
セレスティアは小さく唇を噛む。
「だけどよ、逆に考えれば、一年以内にテイムすればいいって話でもある。違うか?」
「ロジャー……」
アマンダも笑みを浮かべて続ける。
「逃げ道がないっていう状況は、ある意味で強いわよ。後がない人間ほど、変に覚悟が決まるものだしね」
「……ふふ、本当に頼もしいものだ」
セレスティアの頬にようやく笑みが戻る。
その様子に、アンナもそっと安堵の息をついた。
しばらく一行は歩くだけの静かな時間を刻んだ。
遠くにうっすらと山並みが見えてきたとき、ロジャーがぽつりと口を開く。
「山が見えてきたな……」
「ドラゴンはいるだろうか?」
「どうだろうな。フォルセリアで聞いた目撃情報は全部ガセだったからな。あんまり期待しない方がいい」
「だが、期待せずにはいられない。さあ、先へ進もう」
立ち止まることはしない。
ドラゴンがいるかもしれない山に向かって一行は進んでいく。
「……まったく。気合い入ってんな」
「当然でしょう、師匠」
「よし、それじゃあ覚悟しとけ。相手がドラゴンだろうがキマイラだろうが、逃げ腰じゃ務まらんぞ」
「この一か月で成長した姿をお見せしますよ」
笑みを浮かべるセレスティアを見てロジャーは満足そうに笑う。
後ろにいたアマンダとアンナも二人に釣られるように笑った。
それからも、一行は進み、山のふもとに着いたころには、空が赤く染まりはじめていた。
「今日はここまでだな。山越えは明日にする」
「ふもとでも、魔物が出るかもしれませんね」
「そうだな。アマンダ、アンナ。野営の準備を頼む」
「了解」
「わかりました」
手際よくテントを張り、薪を集め、焚き火を囲めるように整えていく。
ロジャーが火打ち石を使い、火を起こすと、ほのかな暖かさが闇を押し返した。
夜風は涼しく、静けさの中に虫の声が混ざる。
山の気配は、どこか重く、威圧感を帯びていた。
セレスティアは焚き火の前に座り、背中に腕を回して膝を抱く。
その横に、そっとアンナが腰を下ろした。
「……緊張してるんですか?」
「少しだけ、な。けど、不思議と怖くはない」
「そうですか。きっと、この度でセレスお嬢様はお強くなられたんですね」
アンナは優しく笑った。
「そうだな。まだ旅に出て、そんなに時間は経ってないが、毎日がとても新鮮だ」
「……セレスお嬢様は、本当に変わりましたね」
「そうかな?」
「はい。あの頃の貴族然としたお嬢様が、今こうして焚き火の前で逃げないなんて言うなんて、思ってもいませんでした」
セレスティアは少し照れたように笑い、炎の揺らめきを見つめた。
その奥には、未来の自分が、ぼんやりと浮かんでいた。
――本当にドラゴンをテイムできるのだろうか。
そんな不安と、もしも出会えたならという希望が、胸の中で交差する。
ロジャーとアマンダも焚き火のそばに腰を下ろし、明日の準備について簡単な打ち合わせをしていた。
「夜は交代で見張る。ここはまだ下層だが魔物が出る可能性がある。気を抜くな」
「嫌ね~……」
セレスティアはその言葉に眉を寄せた。
闇夜の戦いは昼間以上に神経を使う。
しかも、翌日に響くのだから、たまったものではない。
「でも、あの時より私は強くなった。大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟く。
火がパチリと弾けた音が、夜の空気を揺らした。
そして、一行はそれぞれの寝袋に身を沈め、明日に備える。
果たして、この山のどこかに、彼女の願いを叶える本物のドラゴンはいるのか。
そんな思いを胸に、セレスティアは目を閉じた。
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