第26話 旅立ちの時

 ◇◇◇◇


 翌日から、セレスティアの新米冒険者としての日々が始まった。

 早朝に起きて、ロジャーとアマンダから鍛錬をつけてもらい、朝食を済ませると冒険者ギルドへ。


 危険度が高く、誰もやりたがらないような依頼をロジャーたちが受け、セレスティアは同行する。


「迷い森の巨大イノシシか。セレス、いけるか?」

「巨大イノシシというのは……もしや、ギガントボアか?」


 顔を引きつらせるセレスティアの隣で、アンナが静かに薬箱を抱える。

 その背中には、もはや覚悟すら感じられた。


 ロジャーからドラゴンをテイムしたいのなら、何でもできるようになれ、と言われて、あらゆる技術を叩き込まれた。

 最初のうちはダメダメだった。

 剣を振る手は震え、矢を射ろうとしても呼吸が乱れる。

 咄嗟の判断力も、仲間との連携も足りず、何度もロジャーやアマンダに助けられた。


「剣の振り方が甘い。真っ向からぶつかるな。流せ」

「自分の身体の動きをよく見て、地形を読んで動くこと。突っ込むのは最後」


 厳しい指摘が飛ぶたびに、セレスティアは悔しさに歯を食いしばった。

 だが、それでも、諦めなかった。


 日が経つごとに、剣筋が冴え、足運びが軽くなり、視野が広がる。

 最初は数秒しか持たなかった戦闘が、一分、三分と持ちこたえられるようになり、ついには――


「セレス! 背後、来てるぞ!」

「わかってるっ!」


 ギガントボアが咆哮を上げて突進してくる。

 セレスティアは一瞬身をかがめ、足元をすり抜けるように前転。

 その勢いのまま、敵の背に飛び乗り、首筋に矢を突き立てた。


「やった……!」


 ぐらり、とギガントボアが崩れ落ちる。

 セレスティアは息を切らせながらも、誇らしげに微笑んだ。

 見守っていたアマンダが、小さく口元を緩める。


「……一人で仕留めたわね」

「どうだった!? 師匠!」


 嬉しそうにロジャーへ顔を向けるセレスティア。


「うむ。見事だ」

「はい。素晴らしい戦いぶりでした、セレスお嬢様!」


 アンナの瞳も、どこか嬉しそうに細められていた。

 その日の帰り道、ロジャーがふと呟いた。


「……これなら、いけるかもしれねぇな」

「え?」

「セレスが、ドラゴンと対峙する日も、そう遠くねぇってことさ」


 その言葉に、セレスティアは瞳を輝かせた。

 あの日の誓い。

 ドラゴンをテイムするという夢は、一歩ずつではあるが手が届く距離まで近づいていた。


 ◇◇◇◇


 フォルセリアの街に来てから、一か月が過ぎた。

 セレスティアの実力は目に見えて伸びており、ギルド内でもその成長ぶりは話題になっていた。


「あのお嬢さん、ロジャーたちと一緒に依頼を受けて、訓練もして今じゃCランク相当らしいぜ」

「そりゃ成長もするわけだ。アマンダまで一緒なら、そりゃ厳しいけど実になる訓練だろうさ」

「というか、あの人……お貴族様じゃなかったっけ? 本当にやる気あるんだな」


 ギルドの酒場の片隅で、冒険者たちがひそひそと話す。

 当のセレスティアは、噂話にも気づかず、ロジャーたちとギルドの一角で話し合っていた。


「ここに来て、もう一か月だ。ギルドマスターから頼まれていた依頼はほとんど消化し終え、ドラゴンの目撃情報のあった場所も調査が終わった」

「結局、ドラゴンなんていなかったのよね……」


 アマンダが疲れたような息を吐く。

 最初にフォルセリアの街に来て、入手したドラゴンの目撃情報はすべて勘違いであった。

 南の断崖にいたのはキマイラ、東の霧の大渓谷にはボルケノクという溶岩を纏うモグラの魔物、北の黒石峰にはファルヴォルドという火属性のワイバーンがいただけ。


 どれもドラゴンではなかった。

 セレスティアがアマンダに鍛錬をつけてもらっている間に、ロジャーが単独で調査に向かい、ギルドの指示の下、単独で討伐。

 ロジャーの実力が改めて、評価されただけであった。


「……師匠。これからどうしますか?」

「そんなの決まってるだろ。街をでていく。それしかない。ドラゴンの目撃情報もなくなったし、ギルドマスターから頼まれてた依頼も終わったしな。滞在する理由はなくなった」

「それはそうだが……」

「セレス。一か月もこの街にいて、知り合いも増え、冒険者仲間ができて愛着が湧くのはわかるが、目的を見失うな」


 ロジャーの言葉に、セレスティアは黙り込んだ。

 たしかに、目的はドラゴンのテイム。

 その一点のみだった。


 だが、仲間たちと共に過ごしたこの街での日々は、彼女にとってかけがえのない時間になっていた。


「……分かっています。でも……!」

「未練があるのは分かる。だが、それは目的を果たしてから振り返ればいい」


 ロジャーはあくまで冷静だった。

 その横顔に、セレスティアはほんの少しだけ悔しさと寂しさを滲ませながらも、頷くしかなかった。


「……分かりました。準備が整い次第、出発しましょう」

「よし。それじゃ、明日の朝一で出るぞ。今夜はゆっくり休め」


 アマンダは小さく微笑んで、セレスティアの肩を軽く叩いた。


「ちゃんとあいさつして回りなさいよ。アンタ、意外と人から好かれてるんだから」

「え……? そ、そうだろうか……?」

「ふふ、気付いてないんだ。ま、そういうとこがセレスの良いところでもあるけどね」


 そして、アンナが口を開いた。


「……私も荷物をまとめておきます。セレスお嬢様の旅に同行するつもりで来ましたから」

「ありがとう、アンナ」


 宿に戻った一行は、それぞれの部屋へと散っていった。

 静かな夜が訪れ、フォルセリアでの最後の夜が、ゆっくりと更けていく。

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