第12話 たまたま騒がしかったから

 ロジャーとアマンダに説得されたセレスティアは村長のもとへ戻った。

 村長の前で、セレスティアは丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありません。私たちとしても、お力になりたい気持ちは山々なのですが……ギルドを通さずに依頼を受けることはできません」


 その隣でロジャーとアマンダも静かに頷く。


「ギルドの規律がありますので」


 少し沈黙が流れたのち、村長は深々と頭を下げた。


「……そうですか。無理を言って申し訳ありませんでした。ですが、どうかお待ちいただけませんか? 今すぐ村の者たちに声をかけ、金を集めてギルドに正式な依頼を出します」


 その決意にセレスティアも表情を和らげた。


「ありがとうございます。きっと、良い結果になります」


 その後、一行は村の中にある使われていない空き家を借りて一泊することになった。


「ずいぶん年季が入ってるけど……。まあ、雨風しのげるだけありがたいわね」


 アマンダがほこりを払いつつそう呟けば、ロジャーは上機嫌に言った。


「おぉ! こういうのも悪くない! モモル〜、ミミフィーヌ〜、シロモン~、中で転がるなよ〜」


 夕食の準備がてら、セレスティアとアンナ、そしてロジャーは食材探しと情報収集のために村を歩き回る。


「こういう静かな村もいいものだな。空気がうまい……!」


 ロジャーが大きく伸びをしながら深呼吸する。


「それにしても、野菜が安いですね。都会の市場と比べたら、半額くらいです」


 アンナは感心しながら、籠に入ったニンジンやジャガイモを丁寧に並べていた。


「地元の野菜だからね。でも、家畜や畑を荒らされてるって話があったわよね?」


 セレスティアが周囲を見回しながら言うと、隣にいた老婆が聞きつけたように声をかけてきた。


「あんたたち、冒険者かい?」

「はい。ギルドから派遣されて――いえ、今は個人的な旅の途中なんです。けど、何か困っていることがあれば教えてください」


 セレスティアが笑顔で応えると、老婆は少し安心したように口を開いた。


「なら、ちょっと聞いておくれよ。最近、夜になると畑に何か来てるんだよ。足跡はあるんだけど、姿を見た者はいない。作物を踏み荒らされて困ってるんだ」

「なるほどな。夜行性か、あるいは警戒心の強い魔物か……」


 ロジャーは顎に手を当てて考え込む。


「村の北側にある森の近くの畑が特に被害が大きいみたいです」


 別の村人が情報を補足してくれた。

 セレスティアは真剣な顔でうなずき、ロジャーと視線を交わした。


「とりあえず、今夜はそのあたりを重点的に見張るしかないわね」

「だな。食材はもう十分か?」

「はい。お肉は干し肉しかありませんが、味付け次第でおいしくなりますよ」


 アンナがにっこりと微笑む。


「じゃあ、そろそろ宿に戻って準備をしようか。……モモルもミミフィーヌもシロモンもお腹すかせてるだろうし」

「アンタはそればっかりね」


 アマンダが苦笑しながら、ロジャーの背中を小突いた。

 小さな市場で野菜を手に入れたり、畑の主から最近の被害の様子を聞いたりしながら、日が暮れていった。


 宿へ戻ると、アンナが張り切って、夕食を作り始めた。

 その間、アマンダとセレスティアは雑談しながら過ごし、ロジャーは使い魔たちと遊んでいた。


「ふふ、粗末なものですが……」


 そう言って、アンナが振る舞った夕食は、根菜のスープと香草焼きの干し肉だった。


「うまい! ああ……癒される……シロモンも食べていいぞ〜」

「モモルとミミフィーヌの分もあるのね……アンナ、すごいわ」

「えへへ、ありがとうございます!」


 穏やかな空気のまま夕食が終わり、それぞれが布団へと潜っていく。


 夜も更け、空き家の静寂の中。


「……で、どうする?」


 アマンダが声を潜めてロジャーに問いかける。


「情報が揃った。出没の場所、時間帯、そして村人の話からして相手は耕地荒らしのズルロットで間違いない。夜に動くタイプの魔物だ」

「今すぐ始末できる?」

「ああ。仕留めるだけなら今夜中に終わる」

「でも、正式な依頼はまだ来てないよ」

「わかってる。けど……」


 その時、薄暗い部屋の隅で布団がもぞもぞと動いた。


「……行くなら、私も連れて行ってくれ」


 セレスティアが上体を起こしていた。


「セレスティア、起きてたのか?」

「聞くつもりはなかった。でも……話を聞いたら、やっぱり黙っていられなくて」

「はあ、まったく……お嬢様ってのは勝手なんだから」


 アマンダが軽くため息をつきながらも、どこか笑っている。


「仕方ない。三人でさくっと終わらせるか。アンナには、朝まで寝ててもらおう。シロモン、何かあったら俺を呼んでくれ。風のように駆けつけるからな!」


 アンナの枕元にシロモンをそっと置き、毛布をかけ直したロジャーは満足げに頷いた。


「これで安心だ。お前がそばにいれば、アンナもぐっすり眠れるはずだ」

「ふふ、まるで保護者ね」


 セレスティアが小声で笑う。

 ロジャーは照れもせずに、むしろ誇らしげな顔で頷いた。

 静かに戸口を開け、三人は夜の村へと身を滑り込ませた。


 月明かりの下、三つの影がすっと闇に紛れる。

 村はしんと静まり返っており、風の音と虫の声だけが耳に届く。


「この辺りだ。昼間、村人が言っていた被害が大きい畑」


 アマンダが腰を低くし、地面を見つめながら歩を進める。

 熟練の狩人としての顔つきに変わった彼女は、わずかな地面の凹凸や草の倒れ方を見逃さなかった。


「……いた」


 低く呟いたアマンダが手を上げて合図を送る。

 ロジャーとセレスティアがその場で立ち止まり、彼女の視線の先を見つめると、月の光に照らされた畑の中に、ぬらぬらと光る影がいくつか見えた。


 泥のような体に短い足。丸まった背中には苔のようなものが生えており、ずるずると地を這うように進んでいる。


 ――ズルロット。


 畑を荒らす魔物として知られ、夜行性で臆病な性質を持つが、群れると途端に獰猛になる。


「三体……ね。動きは鈍いけど、油断しないで」


 アマンダが囁くように言い、次の瞬間には矢をつがえ、音もなく弦を引いた。

 放たれた矢は風を裂き、ズルロットの一体の目元に正確に命中。

 断末魔の声を上げる暇もなく、泥のような体が地面に崩れた。


「よし、次は俺の番だ!」


 ロジャーが跳び出し、魔物の間合いに一瞬で踏み込む。

 彼の動きは素早く、鋭く、ズルロットのもう一体が反応する前に拳が叩き込まれた。


 ズズンッと鈍い音を立て、魔物の体が横転する。

 ロジャーの一撃で内部構造が潰れたらしく、二体目も動かなくなった。


「最後の一体は私に任せてくれ!」


 セレスティアが前に出る。

 緊張した面持ちだが、その瞳は迷いなく魔物を見据えていた。

 ズルロットが唸るような音を立て、突進してくる。


「来い!」


 セレスティアが身構え、すっと腰を落とす。

 魔物の体当たりを横に躱し、その脇腹に剣を振るう。

 だが、泥のような体は柔らかく、切っ先が深くは入らなかった。


「くっ……!」


 追撃をかけようとした彼女に、ズルロットが体を回転させて泥弾を吐き出す。

 素早くそれを避けたセレスティアは、間合いを詰めると魔物の足を狙って剣を突き立てた。


 短い足を失ったズルロットは、ぐらりと体勢を崩す。

 その隙を逃さず、セレスティアは高く剣を振り上げた。


「これで……終わりだ!」


 力強く振り下ろされた剣が、ズルロットの頭部に突き刺さる。

 ぐにゃりと歪んだ体がびくりと震え、やがて動かなくなった。


「やった……!」


 セレスティアは肩で息をしながら剣を引き抜き、振り返る。

 ロジャーは両手を広げて拍手を送り、アマンダは口元を綻ばせて頷いた。


「上出来だ。今の一連の動き、ちゃんと状況を読めていた」

「ありがとう。ふたりとも、見守ってくれていたおかげだ」


 闇夜の中、三人の笑みが重なり合う。


「さて、あとは村長に報告して……ギルドに正式な依頼を出すように勧めよう」

「うむ。ついでに、ズルロットの死骸を証拠として置いておこう。寝てる間に片付けたって言っても信じないかもしれんからな」


 ロジャーの言葉にセレスティアもアマンダも苦笑いを浮かべた。

 こうして三人は夜の静寂の中、任務を終えた満足感と共に村へと戻っていった――。


 ◇◇◇◇


 翌朝。

 村長宅にて。


「――な、なんと! もう討伐を?」


 村長が驚きに目を見開いた。


「ええ。昨夜、外が少し騒がしかったでしょう?」


 セレスティアが少し微笑みながら言うと、ロジャーが肩をすくめた。


「ついでだ。あんまり寝付きが悪かったもんでな」

「ですが、完全に殲滅できたかはわからない。なのでギルドに正式な調査依頼を出しておくことをおすすめします」


 アマンダがきっぱりと続けると、村長は深く頭を下げた。


「本当に……本当にありがとうございます!」

「依頼が通れば、改めて調査と補足をさせてもらいます。今回は個人的な通りがかりってことで」


 セレスティアがそうまとめ、村人たちは何度も頭を下げて見送った。

 小さな村の一件は、こうして幕を下ろす。

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