第13話 旅の途中

 村を後にした一行は、再び草原と丘陵が続く旅路へと戻っていた。

 穏やかな風が吹き抜ける中、ロジャーが唐突に叫ぶ。


「よし、セレスティア! 修行の時間だッ!」

「せめて、前もって言ってほしいのだけど……」


 セレスティアがうんざりした表情で肩を落とす。

 だが、足は止めない。

 すでに慣れてきていた。


「ドラゴンをテイムしようって言うんなら、ロジャーくらいは強くならないとね~」

「う……。高い目標だ」


 セレスティアはため息まじりに呟いたが、その表情にはどこかしら清々しさがあった。


 最初は全力で振り回されていたはずなのに、気がつけば体の動かし方にも慣れ、ロジャーの変態じみた特訓にもなんとかついていけるようになっていた。


「でもまあ、悪くない動きね。技術もそうだけど、何より動きに迷いがなくなった」


 アマンダが前を歩きながら振り返って笑うと、セレスティアは頬を少し赤らめた。


「ほんとうか? それなら……ちょっとだけ、自信がついたかも」

「ふふ。次はロジャーから一本取ってみせてね」

「そ、それは……まだ先になりそうだけど……!」

「焦るなよ。力はすぐには身につかない。でも積み重ねたものは、絶対に裏切らねぇ」


 ロジャーが背中越しにそう言うと、セレスティアは小さく拳を握った。


「うん……わかった。諦めずに、頑張る」

「そうそう、その調子」


 そうして再び歩き出す一行の背後で、モモルが小さな鳴き声をあげながらセレスティアの裾をちょいちょいと引っ張る。


「ん? なに? モモル」

「ピィ!」


 モモルは嬉しそうに跳ねると、セレスティアの手に自分の大好きな実をぽとんと落とした。


「……ありがとう。これでも食べて、頑張れ、ということかな?」

「ピィ!」


 ロジャーが即座に振り返る。


「流石はモモル! 愛はいつでも平等、等価、無限大! やっぱり、最高だ―!」

「……また始まった」


 アマンダが呆れ、アンナが小さくため息をつく。

 そんな他愛のないやりとりを繰り返しながら、彼らはゆっくりと、しかし確実にドラゴンの待つ地へと歩を進めていった。


 その日の夜。


 一行は小高い丘の上で野営をしていた。

 周囲に魔物の気配はなかったが、用心のためロジャーとアマンダが交代で見張りを行うことになっていた。


 焚き火の灯りがちらちらと揺れ、アンナの手によって炊き上がったシチューの香りが広がる。


「この味、すごい……! 旅の途中でこのクオリティとは、さすがアンナ!」


 セレスティアが感激した様子でスプーンを動かすと、ロジャーも深く頷いた。


「モモルとミミフィーヌとシロモンも幸せそうだ……」


 ロジャーは使い魔たちのもふもふ頭を撫でながら、至福の表情を浮かべていた。


 その様子を見ていたセレスティアが、ふと疑問を口にする。


「……ロジャー殿。前から思っていたのだが、どうして使い魔たちを種族名で呼ぶのだ? モモルもミミフィーヌも、そしてシロモンも……ロジャー殿の愛情は本物だと思うが、名前をつけてあげないのか?」

「確かに……私も気になってました」


 アンナも頷きながら言葉を重ねる。


「普通、愛着が湧けば、名前くらいつけると思うけど……まさか、全員名無しなのか?」


 アマンダも半ば呆れたようにロジャーを見やる。

 するとロジャーは、真剣な眼差しで三人を見返した。


「……お前たち、軽々しく名付けの重みを語るなよ?」

「は……?」

「名とは、魂を束ねる真実の呼び名……! それを口にするには、責任と覚悟が必要なのだ!!」

「……また始まった」


 いつもの変態節にアマンダが額を押さえる。

 だがロジャーは真面目だった。


「俺はな、この子たちと完全に心を通わせたとき……真に対等な契約が結ばれた時に、初めて名を与えるつもりなんだ」

「対等な契約って……いま、ちゃんとテイムしてるじゃないの」

「違う! 人間の都合で勝手に名前をつけるのは簡単だ。でも、この子たちが自分の名前としてそれを受け入れてくれるかは別問題だ!」


 ロジャーの熱弁に、場が妙な静けさに包まれる。


「……つまり?」

「つまり、名付けとは求められる愛であってはならない。与えられた信頼に応える形でこそ、生まれるべきなんだ!!」

「うん……。わかったような、わからないような……」


 セレスティアは苦笑しながら肩をすくめた。


「ま、要するにロジャーなりのこだわりってことね。……変態だけど」

「愛の戦士と呼べ!」


 ロジャーは胸を張って堂々と宣言した。

 そんなひとときの中、突然――


「……足音だ。三人、いや四人。方角は南から」


 アマンダが低く告げた。全員の表情が引き締まる。

 焚き火を消し、物陰に隠れると、茂みの向こうから男たちの声が聞こえた。


「へへっ、旅人の野営だぜ。女もいる。運がいい……」

「馬鹿野郎、ちゃんと殺らなきゃバレるだろうが」


 盗賊だった。

 下衆な笑みを浮かべて盗賊たちは女性陣を舐めるように見回している。

 その笑みを見るだけで背筋に寒気が走り、恐怖に慄くだろう。

 だが、この場にはドラゴンすら下す変態がいた。

 盗賊たちのツキもここまでだ。


「――行くぞ」


 ロジャーの声に、誰もが息を呑んだ。

 直後、アマンダの矢が月明かりを裂くように放たれる。

 先頭の盗賊が喉を貫かれ、そのまま呻き声すら上げられず崩れ落ちた。


「う、うわっ!?」

「なぁっ! 早すぎるだろ!?」


 残る三人が慌てて武器を抜こうとするが――すでに遅い。


「遅いな。今までどうやって飯を食って来たんだ?」


 ロジャーが静かに一歩、そしてもう一歩と前に出る。


「まあ、俺にはお前たちの事情なんてどうでもいい。だが、俺の使い魔たちの食事タイムを邪魔した罪は重たいぞ!」


 腰を落とし、拳を構える。

 盗賊の一人が剣を振り下ろすが、その刃をロジャーは素手で弾いた。


「なっ……!?」

「砕けろ!」


 鋭い右ストレートが炸裂。

 盗賊の顔面にめり込み、そのまま数メートル吹き飛ばされた。


「な!? て、てめえ、格闘家か!」

「テイマーだ」

「嘘だろ……!?」


 残りの二人が後ずさる。

 だが、ここでセレスティアが一歩前に出た。


「私に任せてくれ!」


 剣を構え、盾を携えたセレスティア。

 短い詠唱で魔法を唱える。

 剣が淡い緑色に光ると同時に、剣先を盗賊に向けた。


「ウィンド・スラスト!」


 突風の刃が放たれ、一人の盗賊が吹き飛ばされた。


「残り一人だ!」

「アマンダ!」

「任されました!」


 アマンダの矢が疾風のごとく放たれ、最後の一人の腕の剣を吹き飛ばす。


「さすがだ!」


 セレスティアが息を整えると、ロジャーが頷いた。


「少しずつ、板についてきたな」

「二人には及ばないがね……」

「それでも十分よ」


 その背後で、モモル、ミミフィーヌ、シロモン、アンナが静かに焚き火の側に座っていた。

 ロジャーは使い魔たちを見て、優しく微笑んだ。


「見ててくれた? 俺の勇姿!」

「……先程まではかっこよかったのだが」

「こういう奴なのよ」


 ロジャーたちは簡素な布に装備を包み、袋に詰め込んだ。

 死体は火を放たれ、焚き火とは別に、暗闇に赤い炎を揺らしていた。


「首を持って帰らないのか?」


 セレスティアが問いかけると、ロジャーはちらりと彼女を見て肩をすくめた。


「荷物になるだけだ。それに、あの程度の実力じゃ賞金首にすらなってないだろう。多分、首を持って行っても意味はない」

「そうだろうね」


 アマンダが火の中を見つめながら同意する。


「仲間を呼ぶ気配もなかったから、四人だけだったんだろうさ。それに装備も貧相で錆びだらけ。金目のものも大して持ってない。素人集団だったんだろうね」

「そ、そうか……」


 セレスティアはそっと目を伏せた。

 初めて見る人間の死。

 しかも自分たちの手で討った、命の終わり。


 だが、その横でロジャーは淡々としていた。


「襲ってきた方が悪い。それだけの話だ」


 その一言が、どこかセレスティアの胸に深く残った。


「……ありがとう、ロジャー殿」

「礼なんていらねぇよ。俺は俺の信念で動いてるだけだ」


 ロジャーは、使い魔たちの眠る影に視線を向けて微笑んだ。


「この子たちを戦わせないためにも、俺が立ってる。それだけだ」


 その言葉に、アマンダがそっと笑った。


「……やっぱり変態だけど、いい男だよ、あんたは」

「ありがとうよ」


 静かな夜風が吹きぬける。

 焚き火が静かにぱちりと弾けた。

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