第11話 だからこそ、ギルドがあるんだ

 戦闘が終わり、ようやく一息ついたところで、ロジャーがシロモンを抱えながら茂みから現れた。


「ふぅ……尊みが深すぎて死ぬかと思った……」


 目尻を潤ませつつ、ロジャーはちらりとアンナを見やる。


「――そういえば、アンナの実力を確かめようと思ってたんだった」


 ハッとしたように口にするが、次の瞬間、肩を落とす。


「くそっ! 予定が狂ったじゃないか……!」


 それでも、腕の中に納まるシロモンのぬくもりを感じて、思わず破顔する。


「……まあいい。念願のシロモンがテイムできたから、結果オーライだ!」


 満足げに頷くロジャーだったが――その思考に水を差すように、再び自問する。


「……いやいや、そうじゃない。アンナの実力を確かめるって決めてたんだ! それを確認しないでどうするッ!!」


 再び真剣な表情になるロジャー。

 だが、そこでふと視線を横にやり、アンナがシロモンを見つめてほほ笑んでいる様子を見て、また表情が和らぐ。


「いや……待てよ。そもそもアンナはそこにいるだけでいいんじゃないか?」


 うんうん、とロジャーはひとりで頷き始める。


「だって、彼女は女神様だぞ!? 女神が戦うなんておかしい! そこにいるだけで空気が浄化されてる! 酸素濃度が違う! 何よりもシロモンに懐かれるほどのくそ雑魚っぷりだ!」


 鼻息を荒くして断言するロジャーに、セレスティアが思わず突っ込む。


「ちょっと待て。女神扱いしたと思ったら、次の瞬間にはくそ雑魚呼ばわりしてなかったか?」

「違う、違う! くそ雑魚ってのは褒め言葉なんだ! 俺が言うくそ雑魚は、安心感の化身という意味なんだ!」


 ロジャーは人差し指を立て、力説を始める。


「戦いの場にあって、まるで小動物のような安心感! あの子が警戒心を抱かずに近づいていったってことは、アンナは無害の極みってことなんだよ!」

「つまり……?」

「素晴らしい雑魚だ!! いや、違う! 雑魚なんだけど、最高に素敵な雑魚! だから……女神様だ!!!」

「結局、どっちなんだ!?」


 セレスティアのツッコミが鋭く飛ぶが、ロジャーはまったく意に介さず、誇らしげに胸を張る。


「というわけで、戦わなくていい! 俺が守るからな、アンナ!! お前はシロモンたちと一緒に、俺の勇姿を見ていればいいんだ!!」


 ロジャーの堂々たる宣言に、アンナはぽかんと口を開けたまま、目をぱちくりさせていた。


「え、えっと……私、戦えないってわけじゃ……」

「戦う必要はないッ!! いいか!? この俺、ロジャーは……!!」


 ぐっと拳を握り締めて、天を仰ぎながら叫ぶ。


「――可愛い使い魔たちと、そして最高の女神を守るために! 今日も己の肉体と根性で! 全力で戦うッッッ!!!」

「……はぁ」


 セレスティアとアマンダは深々とため息をついた。


「……変態、ここに極まれりだな」

「ロジャー……。アンタって男はどうしてそう……馬鹿なんだ」


 ロジャーの熱烈な宣言が森に木霊したあと、しばしの静寂が流れる。

 そして、それを最初に破ったのはセレスティアだった。


「まあ……アンナには、家事全般を任せればいいだろう」


 唐突な一言に、全員の視線が集まる。


「私はそれでも全然いいのですが……」

「うむ。アンナ、頼む。ロジャー殿がああ言ってるのだから、問題はないだろう」


 それを聞いたアマンダは腕を組み、ふむと頷いた。


「冒険において重要なのは、戦う者と支える者のバランス。アンタはその支える者として、後方から私たちを万全にしてくれればいいよ」

「そ、そういうことなら……わかりました」


 少し戸惑いながらも、アンナは素直に頷く。

 その様子に、セレスティアも納得したように肩をすくめた。


「食事の心配をしなくて済むのはありがたい。私は料理はからきしダメだからな」


 そして――


「大賛成だッ!!」


 ロジャーが勢いよく両手を上げて叫ぶ。


「アンナ! 君に任せたいことがある!」

「は、はいっ?」

「うちのモモルとミミフィーヌ、実はちょっとグルメでね。好物を作ってあげれば、さらに懐いてくれるはずなんだよ!」

「グルメ、ですか?」

「そう! モモルは――ふわふわのホットケーキが好きだ! メープルシロップはたっぷり、追いバター推奨!」

「メモメモ……」

「ミミフィーヌは、魚のすり身を丸めた団子が好物だ! 香草を混ぜて、蒸して、冷ましてから少し炙ると最高だ!」

「……けっこう本格的ですね」

「可愛い我が子のためなら当然だろう! 頼むぞアンナ! あとは君に任せた!」


 突然の任命に、アンナは圧倒されながらも小さく笑みを浮かべる。


「はい。精一杯、頑張ります」

「うむうむ! 素晴らしい……! 戦わなくていい、けれど皆の胃袋を満たす存在! まさに――陰の立役者ッ!!」

「……褒めてるようで、ちょっと失礼な気もするね」


 セレスティアがぼそりと呟き、アマンダが苦笑する。


「ま、でも確かに……そういう役割がきっちりできる人って、頼もしいよね」

「おうとも! 俺はこの子たちのために何でもできるが、ソロでは限界があったからな! アンナがいてくれて助かる!」

「……極端だな」


 セレスティアが呆れたように眉をひそめたが、ロジャーはまったく気にしていない様子で、シロモンに頬ずりをしていた。


「可愛い……! ああ、心が癒される……」

「はいはい。癒やされたら次、進むわよ」

「そうだな。先へ進もうか」


 そのまま一行は森を抜け、小さな村へと到着した。


 木造の簡素な建物が並ぶ静かな村で、麦畑の向こうに牛や羊の姿も見える。

 村人たちは見慣れぬ旅人に一瞬驚いた様子を見せたが、セレスティアの整った身なりやロジャーたちの装備を見ると、次第に安心したようだった。


「あの、冒険者の方々ですか?」


 最初に話しかけてきたのは、顔に皺を刻んだ初老の男性だった。


「はい。私たちは旅の途中でこの村に立ち寄りました」


 セレスティアが一歩前に出て微笑むと、男はほっと息を吐いた。


「そうでしたか……。それなら、もしよければお願いしたいことがあるんです。最近、村の家畜や畑が魔物に荒らされていましてな。どうにも手がつけられんのです。どうか、お力を貸していただけませんか」


 村人たちの背後では、心配そうな顔をした子供たちがこちらを見つめている。

 しかし、その申し出にロジャーが即座に答えた。


「すまないが、それはギルドに通してくれ。俺とアマンダは、すでに指名依頼を受けてる身なんだ」

「わたしも同じく」


 アマンダもそっけなく首を横に振る。

 だが、セレスティアは違った。


「待ってくれ。困っている人がいるのに、見過ごすわけにはいかない」

「セレスティア……」


 ロジャーが苦い表情を浮かべる。


「放っておけるはずがない。命がかかっているんだ。それなのに、ギルドの手続きがどうこうなんて……」


 村人たちがざわめき始める中、ロジャーとアマンダは目配せを交わし、セレスティアの腕をとって村の一角に連れて行った。


「ちょっと来い」

「え、なに? 私は話の途中――」

「いいから黙って聞け」


 ロジャーが低く真剣な声を出したのを見て、セレスティアも言葉を飲む。

 人気のない場所で、アマンダが口を開いた。


「お嬢さん、あんたの気持ちはわかる。けどね、私たちはギルド所属の冒険者なの」

「それが何か問題なのか?」

「問題だらけだよ。まず一つ、ギルドを通さず勝手に依頼を受けると、信用問題に関わる。ギルド側から見れば、勝手に外で金稼ぎしてるように見えるからね」

「……それは、規律違反ってこと?」

「そう。最悪、ギルドから追放されることもある」


 ロジャーも口を挟む。


「それだけじゃない。報酬の取り決めや責任の所在、依頼主との契約関係も全部曖昧になる。もし何か起きても、誰も守っちゃくれないぞ」

「……」

「それにな、いちばん怖いのは――情報の欠落だ」


 ロジャーは村の方向をちらりと見やった。


「ギルド経由なら、魔物の種類、数、最近の被害傾向、被害地域の地形とか、色んな情報が提供される。でも、今のこの村みたいに個人で依頼される場合、それが無い。情報がないってことは、危険度が格段に上がるんだ」

「だから……」

「だから、下手をすれば、死ぬ。セレスティア、あんたは貴族の娘だろ? 自分が死んでも、国や家が黙っちゃいない。それがどれだけ迷惑か、わかるよな?」

「…………」


 セレスティアは、ぎゅっと拳を握りしめ、うつむいた。

 しばらくの沈黙のあと、小さく頷いた。


「……わかった。ギルドを通すのが、正しい手順なだな」

「ああ」

「でも、ギルドが通せない事情のときは……私がなんとかできる範囲で、やっぱり助けたいと思う」


 その言葉に、ロジャーとアマンダは互いに顔を見合わせ、苦笑した。


「まあ……それくらいの気持ちは、持ってても悪くないか」

「その時は、ちゃんと俺たちもついていくさ」


 そう言って、ロジャーがぽんとセレスティアの肩を叩いた。

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