第6話 パーティ結成!

 冒険者ギルドは、朝から賑わっていた。

 受付に並ぶ冒険者たち、依頼掲示板を見つめる者、仲間を集める者――その全てを視界に収めながら、セレスティアは一歩踏み出した。


「ふぅ……さて、彼は来ているだろうか」


 そんな呟きと共にギルドの扉へ手をかけようとした時だった。


「やっと、来たか」


 突然、背後から聞き慣れた声が届く。


 セレスティアが振り向くと、そこには相も変わらず緩んだ笑みを浮かべるロジャーの姿があった。

 ゆるく跳ねた赤みがかった茶髪、無駄に整った顔立ち、だがその目は油断ならない変人のそれ。


「……おはよう、ロジャー殿」

「おう。おはよう。ところで、そちらのメイドさんは? なんだか、妙に怖い顔をして俺を睨んでるんだが……」


 傍らのアンナが無言で拳を握っている。

 その威圧感に、ロジャーは少しだけ後ずさった。


「この子は私の従者アンナだ。今後ともよろしく頼む」

「アンナです。お嬢様に指一本でも触れたら、その時は覚悟をしてください」

「お、おう。肝に銘じておくよ」


 乾いた笑みを浮かべながら、ロジャーはそっと手を差し出した。


「その手は?」

「ただの握手だが? これから、一緒に冒険する仲間なんだから、それくらいするだろう?」

「アンナ。これくらいで、そう目くじらを立てる必要はない。恐らく、ロジャー殿は私に興味なんてないだろうしね」

「まあな」

「お嬢様が綺麗ではないということかっ!」

「いや、綺麗だが俺の好みではない。それだけだ」

「なんて贅沢! お嬢様! 今すぐ、この男を縛り首にしましょう!」

「物騒だな、おい!? なあ、セレスティア。こいつは置いて行った方がいいんじゃないか? パーティの不和は死に直結するぞ?」

「なっ! もしや、本当はお嬢様と二人きりになろうという魂胆ね! そうはさせないわ!」


 アンナはロジャーに向かって一歩踏み出す。

 拳を握るその様子は、今にも殴りかかりそうな勢いだった。


「待て待て、誤解だ。元々、他にも誘ってるから二人きりになんてならないんだよ」

「なに? 初耳だが?」

「一応、セレスティアは異性で貴族だろう? だから、マリーナに頼んで、その辺の事情をくみ取ってくれる奴を紹介してもらったんだ」

「そうなのか……。世話をかけて申し訳ない」

「気にすんな。それが先輩である俺の役目だろうしな」

「何から何まで助かる。この恩はいつか必ず」

「おう。期待して待っとくわ」


 アンナは未だに睨みを緩めないまま、ロジャーを上から下までじろりと観察した。


「……意外とまともなんですね。誤解していました。先ほどの言動は謝ります」

「まあ、分ってくれたならいいよ」

「ですが、お嬢様が貴族だと知りながら、その態度はいかがなものかと」

「アンナ、いいんだ。彼は私の師匠でもあるからね」

「しかし! それでも弁えるべきです!」

「畏まれっていうんなら畏まるが……生憎、俺は庶民の冒険者だ。そこまでの教養はないぞ?」


 ロジャーは肩をすくめ、やや困ったように笑って見せた。

 それでも、どこか自信を持った表情は崩れない。


「だけどな。貴族だろうと庶民だろうと、命張って戦う時に身分なんて関係ねぇ。俺は仲間として接する。それ以上でも、それ以下でもない」

「……っ」


 その言葉に、アンナの表情が一瞬だけ揺らぐ。

 それは、彼女の中にある「忠義」と「現実」の間で生じた、わずかな動揺だった。


「ロジャー殿の言うことはもっともだな。私たちはこれから同じ目的を持つ仲間なんだから」

「……分かりました。ですが、お嬢様を軽んじるような態度を取れば、その時は容赦しません」

「へいへいっと……」


 ロジャーがへらへらしてるのを見て、セレスティアは思わず吹き出しそうになる。


「ふふっ、仲良くしてほしい、二人とも」

「……できる限りは努力しよう」

「同じく」


 そんな微妙な空気を孕んだやり取りの中、ロジャーはギルドの重い扉に手をかけ、押し開けた。


「じゃあ、入ろうか。中で……待ってるだろうからな」


 扉の先からは、ざわめきと酒の匂い、鉄と革の混じった冒険者たちの空気が溢れ出していた――。


 ギルドの扉を押し開けると、そこは朝から騒がしく、活気に満ちていた。


 だが、そんな喧騒の中で一角だけ異質な静けさがあった。


 視線が集まっているのは、カウンターの横にある小さなテーブル。

 そこに腕を組んで座っていたのは、ギルド受付のマリーナ、そしてもう一人――


「来たようですね」


 ロジャーの声に気づき、マリーナが軽く手を挙げる。

 その隣で無言のまま立ち上がった女性に、セレスティアは思わず息を呑んだ。


 長身で引き締まった肢体。背には黒い短弓、腰には複数の毒瓶と矢筒。

 鋭く光る瞳に、獲物を見据える狩人の気迫が宿っている。


「紹介しよう。こいつが毒手のアマンダ。職業は狩人だ。俺と同じく、ソロでやってる凄腕冒険者さ」

「毒手……?」


 アンナが眉をひそめる。

 その通り名が示すものの危険性を、即座に察知したのだろう。


「へぇ。貴族様って感じね」


 アマンダが、無表情のままセレスティアを見つめる。

 その視線には敵意も、好意も、見下しも、何もない。

 ただ、評価している――そんな冷静な観察者の眼差しだった。


「言っておくけど、ロジャーの頼みだって言うから引き受けたんだ。アンタが貴族だからって私は遠慮なんてしないから」

「……ご忠告、痛み入ります。あなたにも、私の実力を見て判断していただければ」


 セレスティアが毅然と返すと、アマンダは初めて口の端をわずかに上げた。


「ふーん。口先だけじゃないことを祈っておくわ」


 その様子を見ていたアンナがセレスティアに近付く。


「……お嬢様、大丈夫でしょうか、この人」


 アンナが小声で耳打ちしてくるが、セレスティアは小さく笑った。


「大丈夫だ。ロジャー殿が信頼してる方なら、きっと頼りになる」

「そういうわけで、三人で一時的にチームを組む。まずは今後の方針について話そう」

「ドラゴンをテイムしたいって聞いてるんだけど?」

「ああ。そうだ、アマンダ。マリーナから聞いてたのか?」

「ええ。一応はね。でも、ドラゴンなんて本当にテイムできるの? ロジャーでも無理だったんでしょ?」

「無理ではないと思うぞ。条件はとてつもなく厳しいと思うが、テイムできないことはない」

「話の最中にすまない。条件を知っているなら、まずは先に教えて欲しい」


 セレスティアの問いに、ロジャーは少し目を細め、椅子に深く腰掛け直した。


「……一つは、実力だ。これは当たり前の話だな。テイマー本人がドラゴンにとって主として相応しいか。舐められた時点で契約はあり得ない」

「威圧的な力でねじ伏せる、と」


 アマンダが冷静に補足すると、ロジャーは頷いた。


「ああ。もう一つは……気概というか、信念だな。ドラゴンってのは、ただ強い相手に従うわけじゃない。どんな理念を持ってるのか、どう生きているのか――それを見てる気がする」

「……なるほど。誇り高い存在なのね」

「そうだ。恐らくは好奇心も含まれていると思うがな。まあ、どっちみち、自分がどういう信念のもとに生きているかを示す必要がある」


 セレスティアはゆっくりと呟いた。

 その目には迷いがない。


「私にはある。貴族としての矜持と、私自身の意志。どれほど高みにある存在でも、私は対等に向き合いたい」

「ふん。いい覚悟じゃないの」


 アマンダが口元をわずかに緩めた。

 それが笑みなのかどうかは分からない。

 ただ、ほんの少しだけ、彼女の表情が和らいだのは確かだった。


「それで、どこにいるの? そのドラゴン」

「さあな。俺と戦った場所に留まっているなら、そう遠くはないが……」

「もういなくなってる可能性が高い……と?」

「多分な」


 ロジャーが苦笑する。

 だが、その視線は真面目だった。


「ともかく、ドラゴンの痕跡を探しながら、セレスティアをテイマーとしてではなく、俺の弟子として鍛えるつもりだ」

「よろしく頼む」

「変なことをしたら許しませんからね!」

「なあ、ロジャー。こっちのメイドは何様なの? 私たちは頼まれてる側なのに、どうして偉そうにしてるわけ?」


 アマンダがアンナの態度に腹を立て、ロジャーに抗議する。


「お嬢様が大事なんだよ。そう腹を立てることでもない」

「パーティの不和は危険を招くんだけど、それでも怒るなって?」

「さっき、似たようなことを言った。そんで俺はお嬢様に興味ないから、心配するなともな」

「へ、へえ! そうなんだ……。そっちのお嬢さんのこと、なんとも思ってないんだ」

「根性がありそうとだけは思ってる。まあ、これから実際に鍛えていって弱音を吐いたら、見限るけど」

「大丈夫だ。決して弱音を吐くことはない! いや、弱音を吐いてる暇などないと言った方がいいか。私には時間がないからな……」


 そう力強く答えたセレスティアの瞳には、揺るぎない光が宿っていた。

 貴族の娘として――いえ、一人のテイマーとして。

 彼女は己の力で道を切り開こうとしている。


「そういうことらしい。アマンダ、アンナの態度には目を瞑ってやれ。ただし、そのせいで危険を招いたら、容赦なく切り捨てていい」

「んなっ!? わ、私を殺す気ですか!?」

「殺す気なんてない。だが、パーティからは追放する。連携が取れない、協力的ではない、仲間に敵意を向ける、こんな奴をいつまでも仲間にしておくほど俺たちはお人よしじゃないんだ。それだけはよく覚えておけ」


 ギロリとロジャーはアンナを睨んだ。

 恐らく、本気だということを察したアンナは息を呑み、頭をゆっくりと下げる。


「わ、わかりました……」

「ふん。本当にわかってるのかね」

「アマンダ。一応、了承したんだ。今は受け入れてやれ」

「わかったよ。でも、今後同じようなことが起きたら容赦しないからね」

「その時は好きにしていい。セレスティア。お前もそれでいいな?」

「……師匠の方針には従おう。アンナ、最悪の場合は家に帰ってもらうことになる。忘れないで欲しい。私はアンナが傍にいて欲しいんだ。だから、今後は気をつけてくれ」

「わかりました! ですが、本当にお嬢様に不埒な真似をしようとした時は私も黙ってはいられませんので、そこだけはご了承ください」

「だから、何度も言っているが興味なんてないって……」

「やっぱり、今からでも追い出す?」

「どうか、穏便に頼む……」


 不安な所もあるが、ドラゴンを追う三人と一人の従者による冒険が、ついに幕を開けることなった。


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