第7話 弟子を信じる師匠
パーティを結成し、いざ行かんと意気込んでいたら、マリーナに止められる。
「ちょっと待ってください、セレスティア様」
ずっと傍で聞いていた、マリーナの澄んだ声が響いた。
全員の足が止まる。
振り返ると、マリーナが手帳を開いていた。
「セレスティア様。今回の件ですが、正式には冒険者登録者による遠征ではなく、貴族からの指名依頼という形でよろしいでしょうか?」
「……指名依頼?」
セレスティアが怪訝そうに眉をひそめた。
「はい。セレスティア様は正式な冒険者ではありません。そのため、ギルドとしては遠征行為を許可できません。ですので、ロジャーさんとアマンダさんの二名に対して、貴族からの個別指名依頼という形式にしていただきたいのです」
ロジャーがぽりぽりと頬をかきながら呟く。
「ああ。そういえばそうだったな。最初は指名依頼で俺を雇う感じだったんだよな?」
「そうだな。初めに来た時、マリーナ殿からはそう言われていた。すまない。マリーナ殿、手続きを頼めるか?」
「わかりました。それでは、ロジャーさんとアマンダさんの二人に指名依頼を出すということですね。依頼料ですが……どうしますか? ギルドとしてはこのお二人を雇うのであれば、かなりの高額となりますが?」
「え!? その……いくらくらいになるだろうか?」
「ロジャーさんは特殊性癖で煙たがられたりしますが実力は確かで信頼度も高いです。そして、アマンダさんも同じく、実力、人柄、とどちらも高評価されており、最低でも金貨10枚は必要かと……」
「ア、アンナ。今、どれくらい持ってきるか覚えているか?」
「旦那様からいざという時のために渡されたものがあります」
そう言ってアンナが懐から革袋を取り出す。
その中には大量の金貨が入っていた。
「これで足りますかね?」
「少々、お待ちください。ただいま、計算して参りますので」
マリーナは一度頭を下げてから、受付の方へと戻って行った。
それから、しばらくしてマリーナが戻ってくる。
「お二人に指名依頼とあれば金貨10枚、そこからさらに遠征による長期出張となりますので金貨20枚。そして、どれだけの期間、二人を独占するかによって変動します……」
ゴクリとセレスティアは喉を鳴らし、マリーナを見た。
「つまり?」
「ドラゴンをテイムするまでお二人を独占するならば金貨100枚はないと……」
「ど、どうしよう! いきなり、出鼻をくじかれてしまったぞ!?」
セレスティアが頭を抱えてオロオロしていると、アンナがふふんと鼻を鳴らした。
「こういうこともあろうかと私の貯金も崩してきてたんです!」
そう言ったアンナはギルドを飛び出していった。
すぐに戻ってくると、彼女の手には先程の革袋よりも大きな革袋が握られていた。
「ア、アンナ!? それはいったい……」
「私の全財産です! これでやっとお嬢様に恩返しできそうです!」
「し、しかし、それはアンナが必死に働いて貯めた金だろう? 私なんかのために、そこまでしなくても……」
「いいんです。グリューネ家は私にだけではなく、領民たちのために身を粉にして働いてくれていることを知っています。決して裕福な土地ではないのにお嬢様のご両親も、そしてお嬢様ご自身も、いつだって領民のことを第一に考えてくださっていました」
アンナの声は震えていた。
だが、涙は見せない。
ただ、強く、まっすぐにセレスティアを見つめている。
「そんな方々に育てられた私が、どうして何もしないでいられましょうか。お嬢様の夢が叶うよう、ほんの少しでも力になりたいんです」
セレスティアは目を伏せ、唇を噛みしめた。
「……ありがとう、アンナ。私は本当に幸せ者だ」
そう言って、そっとアンナの手を取る。
「でも、その気持ちだけで十分だ。アンナが傍にいてくれるだけで、私は勇気を持てるのだから」
アンナは一瞬だけ目を潤ませたが、すぐにいつもの真顔に戻る。
「すまない。マリーナ殿。お金はすぐに用意できそうにない。どうにかできないだろうか?」
懇願するようにセレスティアはマリーナに問いかける。
「わかりました。そういうことであれば、ギルドに借金という形で融資は可能です。ただし――支払えなかった場合、財産の差し押さえとなります」
「……やはり、そうなるか」
「誤解のないように申し上げますが、冒険者ギルドは単なる民間組織ではありません。各国に支部を持ち、軍事力・情報網・財力のすべてにおいて、一国と肩を並べる規模を誇る国際組織です。国家間の外交にすら影響を及ぼすこともあります。ですから――」
マリーナは声を低くし、セレスティアの目を真っ直ぐに見た。
「ギルドとの契約は、冗談半分では結べません。覚悟をもってご判断ください」
「……わかった。契約を結ぼう。私が本気だということを証明するために」
「後悔はなさいませんか?」
「ないさ。それよりもお金がないからといって諦めたくない。当たって砕けろ、というやつだよ」
セレスティアの真っ直ぐな目にマリーナは感心する。
マリーナは一度だけ静かに息を吐き、それから口元に微笑を浮かべた。
「承知しました。それでは、契約書を用意いたします」
「ありがとう、マリーナ殿。色々と世話をかける」
「いえ。こちらも、これだけ覚悟をお持ちの方ならば、支える価値があります」
その言葉に、セレスティアは小さく笑みを返す。
「ただし、契約には保証人の署名も必要になります」
「保証人……?」
セレスティアの視線が自然とアンナに向くが、彼女は笑みを浮かべ、口を開きかけたところで――
「じゃあ、俺がなるよ」
軽く言ったロジャーの言葉に、その場の空気が一変した。
「は……?」
セレスティアが呆けたように聞き返し、アンナが「なっ……!?」と叫び、アマンダは目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アンナがロジャーに詰め寄る。
「保証人になるということは、万が一お嬢様が逃げたり、支払えなかったりした場合、全責任があなたにかかるんですよ!? 下手をすれば人生が詰みますよ!?」
「わかってるよ、そのくらい」
ロジャーは気楽そうに肩をすくめたが、その目は笑っていなかった。
「馬鹿か、ロジャー……!」
アマンダがぽつりと呟く。
「保証人ってのはな、普通は家族か身内しかならないのよ。それなのに、あんた、たかが知り合って二日ほどの貴族令嬢の保証人になるってわけ? 正気?」
「俺が正気に見えたことあるか?」
「ないわよ……」
アマンダは思わず苦笑し、額に手を当てる。
セレスティアは言葉を失っていた。
ロジャーの横顔を見つめながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。
「……ロジャー殿。なぜ、そこまで?」
「さあな。多分……俺の弟子が中途半端で終わるのが癪だったんだろ。最後まで見届けないと気が済まねえ、ってだけさ」
マリーナから契約書を受け取り、保証人の欄にサインを書きながらロジャーは口を開いた。
「それにセレスティアが途中で逃げ出すようなたまじゃないってことは、わかってるからな」
その言葉に、セレスティアは深く頭を下げた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
「礼ならドラゴンをテイムした後でいい。頑張れよ」
「ああ……ああ! 必ず!」
ロジャーが胸を張って親指を立てた。
アマンダも少しだけ口角を上げる。
「全く……。ホント、バカなんだから」
こうしてロジャーは、表向きには貴族からの指名依頼を受けた冒険者と、その護衛という、やや歪な体制で出発することとなったのだった。
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