第5話 旅立ちの朝

 その夜、グリューネ家の食卓には、いつにも増して豪華な料理が並んでいた。

 彩り豊かなサラダに香草をまぶしたロースト肉、アンナお手製のじゃがいものスープは温かく、心まで包み込むようだった。


「セレスティア、今日はたくさん食べてね。明日からは外での食事になるのだから」


 エルミナが皿を差し出しながら微笑む。


「ありがとう、お母様。こんなに贅沢な食事……旅に出る前なのに、かえって申し訳ない気持ちになるわ」


 セレスティアは少しだけ照れたように笑い、スープを口に運ぶ。


「うまい? 姉上」


 隣でユリウスが目を輝かせて尋ねる。


「ええ、とっても」


 そう言って頷くと、ユリウスは胸を張った。


「姉上が帰ってくる頃には、次期当主として相応しい男になっておくよ! 次は俺が姉上を守る番だ!」

「それは楽しみにしているわ」


 可愛らしい弟の宣言にセレスティアは嬉しそうに微笑む。


「セレス。頑張るんだぞ。私たちは力になってやれないが、遠くからお前の無事を祈っている」

「お父様……。ありがとうございます。私の我が儘を聞いてくれて」

「よい。お前には……辛いことばかり、押し付けてきた。今回の件もそうだ。父親として情けない限りだ……」

「そんなことはありません。お父様の立場であれば仕方のないことです。公爵家に逆らえば、どうなるかは目に見えています。お家取り潰しなら、まだ優しい方でしょう……。下手をしたら、難癖をつけられて、一族郎党、皆殺しもありえますから」


 セレスティアの言葉に、場の空気がわずかに引き締まった。


「お前の言う通りだ……。だから、一年だ。どんな屈辱を受けようとも一年延ばしてみせよう。お前との婚約を」

「ありがとうございます。お父様」

「いいんだ。可愛い娘のためだ。それくらい平気さ」


 ジグムントは、深く背もたれにもたれかかりながら、目を閉じた。


「無事を祈っているぞ、セレス。……私にとって、お前は何よりも、誇りだ」


 胸が熱くなるのを感じながら、セレスティアは深く頭を下げた。

 こうして家族との晩餐を終えるのであった


 晩餐を終えたセレスティアは、自室へと戻り、旅支度を整え始めていた。


 高級なドレッサーの前には、着替えや装備品、道具袋、ポーチなどが丁寧に並べられ、既に準備の大半はアンナの手によって進んでいた。


「……本当に、行かれてしまうのですね。セレスティア様」


 衣類を畳みながら、アンナがぽつりと呟いた。


「ああ。本気だ、アンナ。私、テイマーとして生きるって決めたんだ」

「はあ……」


 アンナは大きくため息を吐きながら、畳んだ衣服をトランクへ収める。


「ですが、本当にそれで良いのですか? 冒険者だなんて……」

「ふふっ、気になるか?」


 セレスティアは楽しげに笑いながら、ベッドの縁に腰を下ろした。


「ええ。冒険者ギルドで何があったのですか? お嬢様をそこまで変える出会いがあったのですか?」

「じゃあ、教えてあげる。私ね、ギルドでとんでもない変態と出会ったんだ」

「とんでもない変態……?」

「そう。可愛い魔物が好きすぎて、戦わせるのが可哀想だから自分で戦うとか言い出すのよ? しかも、その姿を使い魔に見守ってもらうというんだ! バカだろう?」


 アンナは手に持っていた下着をぽとりと落とした。


「……正気ではありませんね、その男。お名前は?」

「ロジャーという名前だ。変態で、変人で、奇人で……でも、腕は確かだ。ギルドの受付嬢のマリーナさんも彼のこと、ちゃんと認めていたからね」

「受付嬢が?」

「そうだ。彼の噂は聞いていたみたいだけど、実際に応対していた時のあの態度……ただの変わり者にするには、妙に丁寧で親しげだった」

「……しかし、いくら実力があっても、そんな男と関わってよろしいのですか? お嬢様はグリューネ家のご令嬢でいらっしゃいます。変態との行動など、世間に知れたら……」

「そんなこと気にしてたら、ドラゴンなんてテイムできない。ロジャーがどんなに変でも、必要なら協力する。私は私のやり方で、信じた道を進むと決めたんだ」


 きっぱりとした口調に、アンナは黙って手を止めた。

 やがて、小さく笑いながら肩をすくめる。


「……セレスティア様は、昔から変わりませんね。本当に頑固で、どうしようもなく強い」

「ありがとう。アンナがそう言ってくれるなら、きっと大丈夫な気がする」


 窓の外には、夜の帳が静かに降りていた。

 その闇の先に、セレスティアの未来が待っている。


 ◇◇◇◇


 夜が明けた。


 空は仄かに白み始め、屋敷の庭には朝露が降りていた。

 そんな中、馬車の前に家族が勢ぞろいする。

 旅装を整えたセレスティアは、深く息を吐き、家族一人ひとりに顔を向けた。


「本当に行くのですね……セレス」


 エルミナが、目尻を潤ませながらそっと微笑む。


「はい。私、行ってきます」

「姉上……! いってらっしゃい! 必ず、ドラゴンをテイムしてきてください!」


 ユリウスが、胸を張ってそう言った。


「ああ、勿論だ。ユリウス」


 最後に、ジグムントが一歩前に出る。

 彼の目は、今にも泣きそうなほどに優しかった。


「セレス。病気には気を付けるんだぞ……」

「お父様……。はい! お父様こそ、お体には気を付けて!」


 ジグムントは娘の頭に手を添え、そっと撫でた。


「いってこい、セレス」

「はい!」


 セレスティアは元気よく返事をしてから馬車へ向かう


「……さあ、アンナ。行きましょう」

「はい、セレスティア様」


 護衛兼お付きのメイドであるアンナと共に、セレスティアは馬車へ乗り込んだ。

 家族が手を振る中、馬車はゆっくりと屋敷を後にする。

 決意に満ちた旅立ちだった。

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