第4話 決意する
ギルドの個室を出た三人は、ギルドの前で別れることになった。
「では、私はこれにて。数日後、改めてロジャー殿を訪ねる」
「了解。準備しといてくれよ。ドラゴン相手に舐めてかかると死ぬぞ」
「心しておく。では、またな、ロジャー殿」
セレスティアは踵を返すと、颯爽と通りを歩き去っていく。
その背筋はまっすぐで、凛としていた。
「セレスティア様。いい顔をしていましたね」
「ああ。覚悟を決めた顔だ。きっと、いいテイマーになるだろう」
「ロジャーさんみたいな変態にならないよう祈っておきましょう」
「だから、何度も言っているだろう! 俺は愛の戦士だと!」
「はいはい。わかってますよ」
マリーナはにっこりと微笑むと、くるりと踵を返し、ギルドの中へと戻っていった。
残されたロジャーはというと、拳を握りしめ、どこか満足げな顔で空を見上げていた。
「さて、俺も準備をするか……」
ポーチの中に隠れていたミミフィーヌをひと撫でしてからロジャーは帰路についた。
◇◇◇◇
馬車の車輪が砂利道を擦る音が止まり、屋敷の門が静かに開かれた。
セレスティアは揺れる馬車から優雅に降り立つ。
だがその顔には、どこか決意に満ちた強さが宿っていた。
そこへ、一人のメイドが、目を潤ませながら駆け寄ってくる。
「セレスティア様っ! ああ、無事でしたのねっ……!」
「アンナ、ただいま。心配かけてすまなかった」
セレスティアの手をとったアンナは、まじまじと顔や腕を見つめ、傷一つないことを確かめると、ホッとしたように微笑んだ。
そしてそのまま、瞳からぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「もう……本当に、本当に心配したんですよ……! 置手紙に冒険者ギルドに行くと書いてあって、私はどうしようかと……!」
「ふふっ、でも私は無事だ。それに、得たものもあった」
セレスティアは優しくアンナの手を握り返す。
「……それで、お父様は?」
涙を拭いながら、アンナは神妙な面持ちで頷いた。
「……はい。セレスティア様が冒険者ギルドへ行かれたこと、すでに旦那様のお耳に入っております」
「そう……ならちょうどいい。私からも話がある」
そう言うや否や、セレスティアはすたすたと屋敷の中へ歩みを進める。
アンナは「ま、待ってくださいませ……!」と慌ててその背を追った。
広い廊下を足早に進んだセレスティアは、執務室の前で立ち止まり、扉をノックした。
「お父様。大事な話があります。時間をいただけますか?」
中から重々しい声が響く。
「入れ、セレスティア」
扉を押し開けた彼女の前には、ジグムント・グリューネ――グリューネ領領主であり、冷静沈着かつ威厳ある佇まいの父親が、机に向かって書類に目を通していた。
背筋を正しながらセレスティアが入室すると、慌てて追いついたメイドのアンナも、やや遅れてその後に続いた。
「……戻ったか。お前が一人でギルドに行ったと聞いて、心臓が止まりそうだったぞ」
「申し訳ありません。でも、お父様。今日は、どうしても話したいことがあって伺いました。それに、お母様とユリウスにも、聞いてもらいたいのです」
「ふむ……。わかった」
ジグムントは椅子から立ち上がり、部屋の隅に置かれた呼び鈴を鳴らす。
音が屋敷中に響き渡り、間もなくして部屋の扉が再び開いた。
入ってきたのは、理知的な雰囲気と柔らかな微笑みを湛えた女性――エルミナ・グリューネ。
セレスティアの母であり、癒しと品格を備えた母親だ。
そしてその隣には、姉を尊敬してやまない少年――弟のユリウス・グリューネが、どこか不安げな顔をして立っていた。
「何かあったの、セレスティア?」
「姉上、怒られたのですか……?」
「二人とも、来てくれてありがとう。実は……聞いてほしい大切な話があります」
セレスティアは家族全員を見渡し、決意のこもった声で口を開いた。
「私、冒険者になります。そして、テイマーとして、ドラゴンのテイムに挑戦します」
部屋に静寂が訪れる。
エルミナは一瞬驚いたように口元に手を添え、ユリウスはぽかんと姉を見上げた。
そしてジグムントはしばし沈黙したのち、低く問いかけた。
「……それは、公爵家からの縁談を断ちたいという意思表示か?」
「はい。でも、逃げたいわけではありません。私自身の力で、未来を切り拓きたいのです」
ジグムントは目を閉じ、深く息を吐いた。
そしてゆっくりと頷く。
「いいだろう。ただし、期限は一年。それまでに何らかの成果を見せられなければ……婚約の話は進めさせてもらう」
「……ありがとうございます。必ず、証明してみせます」
その言葉に、エルミナが優しく頬をなでるような笑みを浮かべる。
「あなたは昔から頑張り屋だったものね。でも、どうか無理はしないで。命より大切なものはないのだから」
「姉上、ドラゴンを見つけたら、ぜひとも俺にも見せてください!」
「ええ、ユリウス。帰ってきたら、真っ先に見せてあげるわ」
「アンナ」
ジグムントが名を呼ぶと、アンナはぴしりと背筋を伸ばして返事をする。
「はい!」
「セレスティアの護衛は、お前に任せる。決して娘を独りにはするな」
「はっ。命に代えても、お嬢様をお守りいたします!」
「……ありがとう、アンナ。それでは……行ってまいります!」
アンナの澄んだ瞳には、決意と忠義が宿っていた。
こうして、グリューネ家の一室に交わされた言葉は、ひとつの冒険の幕開けを告げる。
セレスティア・グリューネ、貴族の娘にして誇り高きテイマーが、愛くるしき魔物と変態師匠と共に歩む、ドラゴンを目指す旅路の第一歩を。
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