風とともに去りぬ

 ここからは後日談。


 わたしはバス停に乗り込み、スマホが動くようになってから、警察に通報した。行方不明者が二人、一瞬のうちに消えた、と。


 自分でも何言っているのかわからなかったけれども、見たままのことをそっくり伝えたつもりだ。もちろん、警察が信じるわけがない。いたずらだと思われ、こってり叱られたわたしとあまねは家に帰った。


 次の日、白戸さんが見つかった。――死体として。


 死因は墜落死、よほど高いところから落ちたのだろうか、全身の骨が砕け、内臓は破裂していたらしい。近くに飛び降りられそうな場所はなかった。死体は建物から離れた駐車場で見つかったのだ。


 そして、奇妙なことに体のいたるところが壊死していた。多数の水膨れ、ぱんぱんに膨らんだ腕から考えるに、重度の凍傷を負っていたと診断された。


 季節は夏、山中は十度を下回ることはない。


 どこで凍傷を負ったのか、どこから落ちてきたのか。


 わたしたちは警察署に呼びつけられて、事情聴取を受けることとなった。とはいえ、わたしたちだってほとんどわかっていないから、前日に話したことを繰り返しただけなのだけれども。しかも、信じてくれなかったし。


 この不可解な事件は新聞やニュースサイトで取り上げられ、様々な憶測を呼んだ。続報はなく、新たな犠牲者が出ることもなかったことから、一か月後には忘れ去られた。




「助手くん」


「なんですか」


 いつもの個室で、わたしたちは顔を突き合わせていた。すでに夏休みは終わって、講義は始まっている。今日も一限目の必修科目を終えて、そのままネカフェにやってきた。


「ナギ君は本当に神様だったのかもな」


「何言っているのですか」


「いやだってそうだろ、風が吹いた後に二人ともいなくなったんならさ、あの少年が風をまきおこしたと考えるのが自然じゃないか」


「あの子がイタクだったとでも? 白戸さんが言われていたみたいに」


「そう。もしくは、イタクが手を貸したとかね。ほら、ナギ君のお母様は生贄として捧げられたことがあるだろう。その時に神様と結ばれたとしたら」


「結ばれたって、それじゃああの子は」


「……推測だが、異類婚姻譚があるくらいだ、可能性はあるな」


 ナギくんは、ヒトとヒトならざるものとの間に生まれた子。そう考えれば、超常現象を引き起こせるだろうけれども。


「たまたまです。そうに決まっています」


「ならいいんだがな。あの神風じみた突風がなかったら、ヤバかったかもしれないぜ」


「何のことですか」


「助手くん、白戸のこと掴まえられてなかったろ。鈍ってんじゃないの?」


「ぷよぷよの腕したあまねには言われたくないです」


「なにーっ! 勝負だ勝負だ!」


 あまねが机に肘を置いて、手を差しだしてくる。腕相撲をしようというらしい。やってやろうじゃないか。


「負けたら?」


「コーヒー一杯」


「いいですよ」


 わたしはあまねのちんまりとした手を握りしめる。


 よーいドン。


 その瞬間、密室のはずの個室に一陣の風が吹いた。目と鼻をくすぐるようなそよ風がまとわりついてきた。さよならの抱擁とばかりに。


 目を開けると、わたしの手の甲は机についていた。

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ネカフェの妖精の下には今日もおかしな依頼がやってくる 藤原くう @erevestakiba

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