第零章 『新たな世界で』

第零章 / 1話 『無くした伊達眼鏡』


  夢を、見ていた。




 暗い、暗い、闇の中、1つだけ、人影があって。それは、白く、まばゆくそして力強く輝いていて女性の形をしていた。光っていて、顔はよく見えない。けれど、なぜかそれがたまらなく愛おしく思えて、それをこの手で掴もうと手を伸ばす。ただ、あと少しのところで闇に落ちた。暗い、暗い、闇の中を、底も見えない闇の中を、ただ落ちた。



落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて———落ちた。



 それを光が上から覗き込んで、手を伸ばしてくる。その手をつかもうと、こちらも手を伸ばした。届くはずがない、そうわかっていながら、手を伸ばした。


 すると途端にその光が大きくなって、すべてを照らし、飲み込んでいく。闇を、全てを、光が塗り替えていき、あたりは一面真っ白になる。だけど、その光にはぬくもりがあり、なぜだかそれが懐かしく思えた。それでもやっぱりまぶしくて、目を閉じる。すると意識が一気に遠のいていく。


 そして遠のく意識の中、声が聞こえた。




『――――いってらっしゃい』




 その瞬間、意識が浮上する。



               △▼△▼△▼△▼△



 ——目が覚めるとそこには、青い空が広がっていた。


「ん、あ…?」


 ゆっくりと重たい上半身を起こし、虚ろな目をこすって脳が完全に起ききったところで、異変に気付く。


「ここ、どこだよ」


 そうつぶやく少年——つまり俺は、殺人鬼のような悪い目つきで、大きめの長袖パーカーを着ている。ただ、よく見ると顔の形は整っている——と言われたことがある。正直嘘だろうと思ってる。そんな少年の名は、鬼頭きとう わたる、16歳の高校生だ。

 高校一年ではない。二年生だ。飛び級したわけじゃあない。誕生日がまだなわけでもない。誕生日が二月三日、早生まれというわけだ。


 そしてその渡が周りを見渡すと、樹木が生い茂っていて、まるで森の中の様だ。いや、どうやらそれは本当に森の中らしい。


 渡はなぜか、森の中で倒れていたのだ。


「あれ? 俺、家に帰って…それから……うん、ダメだ。やっぱ心当たりがない」


 渡は家に帰ってからのことを思い返そうとするが、なぜ渡がこんなところにいるのか見当もつかない。もし渡の記憶が消えているなんてことがない限り、もしくは寝てる間に誰かに攫われていたりしない限り、はたまたワタルが夢遊病を患っていて、それに今まで気づかなかったけれど今回はたまたま気づいたとかではない限り(流石にここまで考えすぎるとうざいか)、これは——、


「これって、あれか? ラノベとかでの——異世界転移ってやつか?」


 異世界転移——この言葉は、今やほとんどの人が知っているだろうから、改めて説明する必要なないだろう。万が一、知らない人がいたら困るので簡単に説明すると——ワープだ。それも、別の世界への、ワープ。


「だとすると、神様的存在にあってもよかったと思うんだが……」


 ラノベだと、神様的存在と転移前に話すイベント的なのがあったはずだ。こんないきなり異世界に放り込む、しかも転移先が何にもない森の中なんてことあるのか?

 というかそもそも、これが異世界という確証は持てないしな。

 あくまでその可能性が高いというだけ——まぁ、ワタルが現実、もとい学校からの逃避という可能性もあるわけだけれど。

 学校は嫌い——というか、苦手だ。それは他の人も変わらないじゃないか?

 原因は、まぁ、勉強が嫌いというより——人だ。

 嫌いな人がいる。それ自体は多分不特定多数の人がそうだろうが、ワタルの場合は違う。違うというより——渡の場合、嫌いになった経緯が、少々トラウマなのだ。その人に対する嫌悪も湧くが、同時に自己嫌悪も湧いてくる。

 それは後々話すだろうが。

 しかし渡はそんなものより、もっと重要な事に気づいた。


「眼鏡がない! なんで!?」


 顔にかけていた眼鏡が無いことに気付いたのだ。とはいっても、悪い目つきを隠すための伊達眼鏡だからとくに見えなくなると言う訳でも無いからよいのだが、それでも見た目というのは大切だ。


 そしてこの目つきの悪さを渡は自覚しているので、怖がられることも知っている。というか、高一のときに迷子の女の子を送り届けようとしたらメチャクチャ泣かれたせいで通報されかけたことがあった。

 まぁ、なんであれ——、


「はやく街かなんかを見つけないとだな」


 嫌なことを思い出したと、声の調子を落としながら、尻の泥を払い、立ち上がってから、草木をかき分けながら誰か人を探そうと歩き出す。



△△

▼▼



 しばらく歩いていると、少し開けた場所に出る。


 すると草むらがガサガサと揺れ、そこからなにか出てきた。


「ギャギャッ、ギャッギャッ」


 意味の分からない言葉(それが言葉と呼んで良いのかもわからない。鳴き声かもしれない)を発しながら草むらから出てきた『それ』は、背が低く、緑色の肌をしていて、鋭い牙を生やしていて、手に弓を持っている小人だった。そしてその姿には既視感があり……


「もしかして——ゴブリン?」


 渡が見覚えのあるゲームでの定番モンスター『ゴブリン』の名前を呟く。どうやら本当にここは異世界のようだ。

 そんな確信を得たと同時、そのゴブリンが渡の存在に気付く。すると、


「ギャーッ、ギャーッ!」


 そのゴブリンが大きな声で喚いた。


「やべっ」


 すると急いで逃げようとする渡の腹に、背中からの強い衝撃とともに鋭い痛みが走る。最初こそその衝撃に疑問を持ったが、渡はすぐ理解した。——矢が、刺さったのだと。

 ゴブリンが矢を放ち——それが、渡に深々と刺さったのだ。


「うっ、ごはっ」


 激痛に顔を歪ませ、渡は血を吐いて倒れる。


「うそ…だろろ……?」


 死ぬのか…? こんな所で。せっかく異世界に来たというのに、なにもできないまま…? 元世でも、何もできなかったのに。この…まま―――――?


 凄まじい喪失感と無力感が渡を襲い、意識が遠のく。

 痛みが全身を襲い、視界が真っ赤に染まる。自転車で転んだときの比じゃない。もっとも、こっちは命に関わるのだから、当然なのだけれど——なんて現実逃避をして、渡は、命の灯火が消えていく感覚を味わい—————あ、消えた。








 ——その時、渡の体に異変が起きた。


「す、はぁっ!?」


 今度は意識が戻ったかと思うと、それからズルりと―――いや、もっと勢いよく、渡の腹を貫通していた矢が抜けて、たちどころに傷が塞がったのだ。その出来事に「は?」と、渡は困惑する。ゴブリンも同じ様に理解ができずに動きが止まっている。


「なんだかわっかんねぇけど……今のうちに!」


 いまが逃げ時だと思い、渡は今まで通った道を引き返そうとした。——だが、その視界には大きな生き物がたたずんでいた。


 それはゴブリンに似た緑の肌に、三メートル近い大きな体、そして右手には大きな棍棒を持っていた。恐らく、ゴブリンの上位種みたいなものだろう。それからその怪物は、渡を見下ろしてから、こん棒を振り上げ――――


「グゴオォォォォッ!」



 ―――振り下ろさせたこん棒が眼前に迫った次の瞬間。『ぐしゃり』と、音がした。


 あぁ——また消えた。



『無くした伊達眼鏡』

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