第零章 / 2話 『第一村人の教え』


 意識が薄れる。闇に落ちる。暗い、暗い、闇の中を、溺れるように落ちていく。だが、渡はその落下に抗おうという気持ちが湧かない。ただ、ゆっくりと沈んでいく。


 そしてそのまま目を閉じ、意識を手放そうと……


 『――――生きて』 


 また声がきこえ、途端に意識が浮上する。



△△

▼▼



「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫び声ををあげながら渡は飛び起きた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…あれ? ここ、は……?」


 渡が肩で激しく息をしながら周りを見渡す。そこは森の中ではなく、木造の少し狭めの部屋だ。そして渡は硬いベッドの上にいた。


「お、れは森の中で、ゴブリンにあって、それから……っ! そうだ! なんか、で、でけぇのに会って、そ、それから………」


 記憶の最後にあったのは、大きな化け物が渡にこん棒を振り下ろしたところまでだ。それからのことはなにも思い出せなかった。——思い出したくなかった、のかもしれない。


「お! アンタ、起きたのかい! ずっと寝てるから死んじまってるんじゃないかと思ったよ!」


 すると、その部屋の扉が勢いよく開き、大きな声を上げながら誰かが部屋に入ってくる。その人は、三十代中盤くらいの人で、背筋がよく、キリっとした顔つきをした赤毛の女性だ。


「あ、あの……あ、あなたは?」


 たどたどしくも、渡は訊ねる。たどたどしいのは、渡が学校で話さなすぎるせいで、人(特に女性)に対して多少コミュ障になってしまったからである。

 ちなみに、親しくなった人とは普通にしゃべることができる。唯一の救いと言っていいだろう。


「ん? あぁ、アタシはマリア。マリア・メイデだ。マリアでいいよ、アンタは?」


「え、えぇと。お、俺は鬼頭 渡です。あっ! あと、ワタルが名前です」


 たどたどしくも自己紹介する渡――ワタルに、マリアは「ふむ」、と顎に手を当て、


「アンタ、目つきが相当悪そうだから、チンピラだとばかり思ってたけど、意外と普通というかなんというか……ちょっと拍子抜けだねぇ」


 と、苦笑しながら中々心外なことを言われた。


「まぁ、事実だから言い返せねぇんだけど……」


 ひとまずは、そんなチンピラみたいな人間をベッドで寝かしてくれてることを、感謝しよう。


△△

▼▼




 それから、マリアは色々なことを教えてくれた。

 なんでも、ここは『ヨハネイル』という国で、その中の『アーネブ』と言うヨハネイルの中でも特に活気のある街らしい。


「そして、俺は道で倒れているところをマリアさんが拾われ、マリアさんがやってる食堂&宿屋の部屋を使わせてもらってると……ん? どゆこと?」


 ワタルがそう思うのも無理はない。なぜなら、ワタルはさっきまで森の中にいたのだ、森の中でゴブリン達に襲われていたハズだ。それがなぜ、街の中で倒れていたのだろうか……もしかして、


「あれか? ピンチになったり、本気になると記憶が飛ぶタイプか? でも、俺そんなキャラになった覚えはねぇぞ?」


「———? アンタ、なにブツブツと言ってるんだい?」


「あ、あぁ! すいません。それより、俺お金持ってないんすけど、どうしたらいいですかね?」


「いいや、お金はいらないよ。なんならしばらく泊めといてやってもいいよ。まぁ、そのかわりに手伝いくらいはしてもらうけどね」


「え、いいんですか!? でも……」


「いいよ、気にしない気にしない」


 そんな好条件に、ワタルは頭が上がらない。


「あ、ありがとうございます。そんな、至れり尽くせり・・・それでも、多少は鍛えてるんで力仕事だのなんだのは、任せてください!」


 力こぶを作り、上腕二頭筋を触る。少々ベタすぎるジェスチャーだろうか。——ワタルはそこで、不思議に思った。


「ん? 俺ってこんな筋肉あったっけ?」


 ワタル腕には、覚えのないごつさがあったのだ。


「まぁ、いいか」


 この時は軽く流したが——流すしか無かったが——これが後々、本当に後々、具体的には五章くらい後に、重大だったことが判明するなど、知る由もなかっただろう。


△△

▼▼



「それにしてもアンタ、ほんっとに何にも知らないんだねぇ。もしかして、自分のスキルまで知らないのかい?」


「スキ、ル? え、えぇっとぉ……」


 冗談のように言うマリアに、ワタルは苦笑する。

 スキルという言葉に聞き覚えはあるものの、この世界と意味が一致しているかと言われると、わからないというしかない。


「な…あ、アンタまさか、スキルすら知らないのかい!? はぁ、まったく」


 半ば呆れた口調で、マリアはスキルについて語りだす。


「いいかい? スキルって言うのは、人が必ず一つは持っている特殊な力みたいなものさね。ちなみに、アタシのスキルは《物体を自由に動かす能力ドロウ・クラッチ》って言うスキルで、アタシが持つことの出来る重さだけものを浮かして自由に操れるってスキルだよ。ホレ」


 そう言って、マリアは壁にかかっているほうきを浮かし、くるくると回転させる。


「すっげぇ…あの! 自分のスキルってどうやったら確認できますか?」


「それなら、冒険者ギルドに行くといいよ。そこなら、あんたのスキルも鑑定できると思うよ」


「はい! わかりました。ありがとうございます!」


 こうして、ワタルの最初の目的地がきまった。




△△

▼▼



「活気がいいとは聞いたけど、すげぇ街並みだな」


 周りを見渡しながら、あまりの街の活気の良さに、思わず感嘆の声を出す。街には多種多様の種族がいて、『獣人』や、『エルフ』、さらには『リザードマン』のような者もいた。


「ええと、ここを真っ直ぐ行って…ついた! ここだな……って、でっか! ここでスキルを……うし」


 マリアに教えてもらった道順で着いた冒険者ギルドの扉をワタルは思いっきり押し、中に入る。

 気合い十分のせいで、多少(多少じゃないかも)顔が怖くなっていたらしく、ワタルに視線が向いた。


「お、おぉ……」


 中は想像以上に賑わっており、その人混みにワタルは少し気圧される。

 それでもなぜか——いや、普通にワタルの顔が怖かったせいか。人混みがワタルを避ける。人混みをかき分ける必要はなかったが、非常に悲しい。


「えっと、鑑定できるとこは……あ! あった! あそこか?」


 賑わう人混みの中、『鑑定』と書かれた看板を見つけ、そこに駆け寄る。

 ちなみに、転移特典なのか、なぜか、異世界語が理解出来るようになっていた。その異世界語、異世界文字をワタルの元世(元の世界、略して元世だ)で言うなれば、ハングル文字の面影を残しつつ、それを英語っぽく、アルファベットっぽくした感じだ。

 いや本当、説明が下手なのは申し訳ないが、これでも頑張っている方だと思って欲しい。初めて見た文字の説明なんて、正確にできるわけないのだ。


「あのー」


「ヒッ!」


「……」


 受付の人にしゃべりかけると、中々心外な返事をもらった。

 いくらなんでもではないだろうか。しかしまぁ、周りを見たところ、剣とか魔法の杖みたいな物を持ってる人がたくさんいるし、ここはイメージ通り『剣と魔法の世界』らしいので、ワタルの目つきを見てガラの悪い盗賊かなにかと勘違いしてもおかしくない。

 それはそれとして——傷つくものは傷つくのだ。


「な、なんでしょうか……」


 おびえながら聞き返してくる小柄で赤毛の、丸眼鏡をかけた美少女の受付嬢は、もう少しで泣きそうなレベルだ。

 傷つきながら、少し申し訳ない気分になる。


「あー…えーっとですねぇ。そのー、す、スキルを鑑定に来たんですけど……できます?」


 この気まずい空気の中、たどたどしくも言い切った自分を褒めてほしい。


「え? あ、あぁ! スキルの鑑定ですね、それではこちらについてきてください」


 さっきのワタルの物言いで、恐怖心が消えたのか(その程度の恐怖心だったのかよ)、カウンターから出て案内を始めた受付嬢についていく。

 そして奥にあった部屋に入る。


「こちらの水晶玉に、しばらく手を触れていてください」


 そう言って彼女が指さしたのは、直径十㎝ほどのガラスでできた球体だ。

 そしてその水晶玉に、ワタルは手をのせる。


「………」 


「………」


 沈黙が続き、その沈黙に耐え切れずにワタルは口を開く。


「あ、あの、あなたのお名前って? ……あ、俺はキトウ・ワタルって言います」


「え? あ、私はセリカっていいます。キトウさんはなぜスキルの鑑定を?」


「あー、実は俺、そのー…そう、色々あって……」


「色々ですか」


「そう、色々……」


 そして再び、気まずい空気が流れ出す。

 話が途切れてしまった……。


「あ! 結果が出たみたいですよ」


 幸いなことに、ちょうどよく結果が出たらしく、水晶から画面が空中に映し出される。


「うおっ! びっくりしたぁ……すげぇ! ホログラムだ!」


「ほろ、ぐらむ?」


「あぁ気にしないでください。それより、どんなスキルかな~」


 ワクワクしながら画面を見て、スキルが書かれている欄に目をやる。すると、


「は?」


 そのスキルに、ワタルは呆気に取られた。なぜなら、その内容が――――


「器?」


 《器》と言う、意味の分からないものだったのだから。




『第一村人の教え』



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