第16話 異変の原因
町の守りは、完璧。とは言い難いが、それでもやらないよりはマシ。町の自警団やトレジャー・ナイトの面々に情報を伝えて、その準備を進めた方がマシだった。秘書は彼等のリーダーに危機を伝えて、それに対する準備を願った。「『ご負担が増える』と思いますが。ここはどうぞ、ご理解を」
彼等は、その陳謝に首を振った。それぞれに目的は違ったが、「町を守る」と言う意味では同じ。彼の願いにも、「了解だ」とうなずいた。彼等は自分の立場を守った上で、相手に「備えは、進めておく」と返した。「コッチにも、目指すお宝があるんでね?」
秘書は、その返事に喜んだ。喜んで、今の「お宝」に「今度は何を探しているんですか?」と訊いた。彼は男子一般の好奇心として、相手の返事を待った。「何処かの国の財宝?」
トレンは、「ある意味で」と返した。「確かに財宝かも知れない」と。相手の目を見て、その瞳に微笑んだのである。彼は自分の隣に彼を座らせて、服の中から雑記帳を取り出した。「ハデスの王笏は、知っているか?」
秘書は、「え?」と驚いた。隣の男が「王笏」を話した事に、変な興奮を覚えてしまった。彼は相手の顔をまじまじと見て、その笑顔に汗を浮かべた。
「貴方も、王笏を?」
「え?」
今度は、トレンが驚いた。秘書の口から王笏が出るなんて、夢にも思わなかったからである。彼は相手の顔をまじまじと見て、それが示す意図を考えた。
「お前も、王笏を?」
「ね、狙ってはいませんよ! 昨日の昼間に行った研究所、そこの責任者も同じ事を言っていて。彼は、錬金術ですか? 王笏に使われているらしい技術を探していました」
トレンは、しばらく黙った。自分達だけでなく研究所も、それに自分達の知らない部分を探しているなんて。驚きよりも恐怖が勝ってしまった。彼は責任者の顔を思い浮かべて、その嘲笑に「あの野郎」と唸った。「やっぱり、ぶっ飛んだ人間だ」
秘書は、相手の目を見つめた。「あの野郎」と言う割には、その目に怒りが感じられない。一流の手品師に騙されたような、そんな喜びが感じられる。「相手に出し抜かれた」と言う悔しさは感じられない。彼は相手の反応に驚きながらも、一方では自分の疑問に眉を寄せた。
「錬金術の方は、知らなかったんですか?」
「ああ」
知らなかった。そうはっきりと、言い切った。「俺が知っているのは、あくまでアイツの言っていた範囲だが。『今の王笏が本物ではないかも』と言う可能性だけだ。それに使われた技術が、『錬金術』と言うのは知らない。俺達は歴史の嘘を見破って、その真実を掘り起こそうとしているだけだ」
秘書は、その返事に黙った。返事の内容もそうだが、「歴史の嘘」が加わった事で、更なる混乱を覚えたらしい。トレンの「どうした?」に対しても、「あ、いや」と言い淀んでしまった。秘書は複雑な顔で、今回の事を振り返った。「何かこう、面倒な事が起こりそうで」
トレンは、今の言葉に目を細めた。特に「面倒な部分」に対して、言いようのない違和感を覚えてしまったのである。彼は相手の顔をしばらく見たが、やがて自分の正面に向き直った。
「確かに面倒かも知れない。普通の宝探しも面倒だが、今回は……俺の勘だが。『かなり面倒だ』と思う。一つのお宝に様々な要因が重なって、これは」
「何ですか?」
トレンは、その質問に答えなかった。自分の力を見せるわけでも、なく。ただ、自身の疑問に眉を寄せただけだった。彼は不安な顔で、秘書の顔に視線を戻した。「協力は、惜しまない。宝探しの後ならすまないが、その前にはきっちり頑張らせて貰う。俺も、ここが滅ぶのを見たくない」
秘書は、その返事に「ホッ」とした。トレンは浪漫を求める男だが、同時に義理を重んじる男でもある。「宝探し」と言う本職は守るが、それと同じくらいに命を守る男だった。命を守る男なら、秘書の言葉にも応じてくれる。秘書は相手の人間性に触れて、その本質に心から「ホッ」とした。「貴方が居れば、百人力だ」
トレンはまた、相手の言葉に歓んだ。喜んだが、すぐに「でも?」と言い返した。彼は今回の事件に対して、ある種の疑問を抱いた。「それにしても。ドラゴンはどうして、人間を襲っているんだろうな?」
秘書は、虚を突かれた。「町の治安」に捕らわれていた所為で、その疑問をすっかり忘れていたのである。彼は相手の顔を見、そして、自分の足下に目を落とした。
「さ、さぁ、そこまでは。何処かの密猟者がドラゴンを襲って、それにしくじった」
「事の弊害。奴等は禁じられた猟に手を出して、『化け物の怒りを買ってしまった』と?」
「はい。そう考えるのが、『自然だ』と思います。彼等が禁忌を犯した所為で、我々がその弊害を受けている。各地の市長達も、この問題に頭を抱えています」
「要らない仕事だね?」
「まったくです。今の社会すら不安定なのに。『怪物が暴れている』とあれば」
トレンは、その続きに溜め息をついた。自分も、そこに加えられた事に。ある種の疲労感を覚えてしまったのである。彼は陰鬱な顔で、秘書の苦労に苦笑した。「そんな秘書殿を労う意味でも! 今回は、だけじゃないな? 今回も、町の為に働かせて貰う」
秘書は、「ありがとうございます!」と喜んだ。町の自警団は別として、この人はやはり心強い。普通の市民に公権を使うのはアレだが、それでも嬉しい事に変わりはなかった。彼は目の前の男に対して、文字通りの感謝を述べた。「こちらもこちらで、手を尽くしますので!」
トレンは、それに「分かった」とうなずいた。「頑張れよ?」の声を添えて、彼の頑張りを称えたのである。彼は家の中から出て行く秘書を見送ると、自分の仲間達に電話を掛けて、相手に今の内容を伝えた。「そう言うわけだから、もしもの時はよろしく」
仲間達、特にゲラジは、「あいよ」と喜んだ。無愛想なルガルと違って、こう言う事にも愛想を見せるらしい。トレンの「すまない」に対しても、「気にするな」と笑っていた。彼は突然の依頼に驚く中で、自分達の進捗を振り返った。
「下調べも、ほとんど進んでいないのに。本当」
「まあ、そう言うな。ドラゴンが出て来たのは、国の所為じゃない。何処かのバカがやらかした所為だ。盗っちゃならない獲物を捕って。俺達はただ、その被害を受けているだけだよ」
ゲラジは、「確かに」とうなずいた。今の状況を考えれば、どう考えても被害者である。自分達の誤りで、今の事態になったわけではない。自分達は思わぬイベントにただ、巻き込まれただけだった。ゲラジは電話越しでも分かる声で、トレンに自分の苛立ちをぶつけた。
「でもよ? だからって、このタイミングじゃ」
「うん。そいつは、充分に分かっているよ。俺も正直、『要らない事をしてくれた』と思っている。社会の迷惑を考えずにな? 俺達は一人で、あるいは、少数で生きているわけじゃない」
ゲラジは、彼の意見に黙った。プラプラした所のある彼だが、そう言う部分は真面目らしい。普段は見せない真剣な顔で、自分が揃えるべき内容を考えはじめた。「とにかく。俺も俺で、備えるよ。古い家だが、一応は家だからな。住む場所が無くなったら、困る。もしもの時にしか使わない、取って置きを揃えておくよ」
トレンも、それに「よろしく」と返した。トレンは相手との通話を切って、自分の両腕を組んだ。「まったく。だが」
それとは別にして、やっぱり……。ドラゴンは害獣だが、それ以上にプライドの高い生物だ。自分の方からは決して、人間を襲わない。自分が「格下だ」と思う相手は、無視が基本の生物だった。そんな生物が、「人間を襲っている」となると……。トレンは自分の想像に対して、言いようのない不安を覚えた。「何も無ければ、良いが」
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