第15話 失われた技術(ロストテクノロジー)

 バザムは清掃員の少年が何故か引っ掛かっていたが、この町の市長はそれ以上に悩む、文字通りの混乱状態を覚えていた。自分の秘書から渡された資料を見て、その内容に「どうしよう?」と悩んでいたのである。「こんな事を急に言われても」と、そんな風に悩んでいた。彼は机の上に書類を置いて、自分の頭を「う、うううっ」と掻いた。「『ドラゴンが町を襲っている』って?」


 秘書も、それに「はい」とうなずいた。「それは、間違いありません」と。机の上に参考資料を置いて、その裏付けを語ったのである。彼は窓の方に歩み寄って、遠くの空を眺めはじめた。


「何処かの密猟者がやらかしたようですが。彼等の網に掛かった竜が二頭、多くの町に現れている。人間の町を焼き払うように。彼等は、なんて表現はおかしいですが。一頭が町の人々を襲い、もう一頭がその動きを諫めている。国の暴君に臣下が『止めてくれ』と言うようにね? 彼等はそれぞれに違いこそあれ、多くの町に被害を与えては、次の町、あるいは、場所に飛び去っています」


 市長はまた、頭を抱えた。ドラゴンの被害は昔から有名だが、それが「自分の町にも起こる」と考えると、頭の奥がどうしても痛くなるらしい。秘書の「大丈夫ですか?」を無視して、今の話に「う、うううっ」と唸っていた。彼は書類の内容に目を落として、そこから今後の対策を考えた。


「町の守りを固めるしかないが。自警団の様子は、どうなっている?」


「悪くありません。人間相手にならたぶん、『サクッ』と勝てるでしょう? 自警団の後ろには、トレジャー・ナイトも付いていますし。『彼等に協力』と言って良いんでしょうか? 研究所の連中も、手を貸してくれる筈です」


「なるほど。それなら」


 大丈夫。とは、言い切れない。トレジャー・ナイトの面々はまだしも、研究所のメンバーはクレイジーである。「真面な意見が通じる」とは、思えない。トレジャー・ナイトの力でどうにか抑えているが、その本質は危険なマッドサイエンティストだった。市長は彼等の経歴を考えた上で、町の防衛に疑問を覚えた。「すべては、奴等の気分次第か?」


 秘書は無言で、「そうです」とうなずいた。彼も彼で、この事は分かっているからである。研究所のメンバー、特に所長が気紛れでも起こしたら? 流石のトレンも、抑えられない。こちらの意思を超えて、思わぬ事件を引き起こす。一応は「協力の意思」を見せているが、それもすぐに破られそうな雰囲気だった。秘書は「それ」を分かった上で、研究所の態度に怒った。


「それでも、無いよりはマシです。私の顔で、彼等に協力を仰ぎましょう」


「ああ、そうしてくれ。連中も研究所を壊されたら、嫌だろうからな?」


「はい」


 秘書は目の前の市長に頭を下げて、市長室の中から出て行った。市長室の外は、静かだった。業務にあたる行政官達以外の足音を除いて、音らしい音がほとんど聞こえない。秘書の足音だけが、石造りの廊下に響いていた。彼は役所の外に出ると、自分の馬車を呼んで、馬車の馭者に「研究所まで頼む」と言った。「


 馭者は一言、「分かりました」と応えた。政治の世界は分からないが、それがただ事でない事は分かったらしい。普段は「へいへい」と聞き流す命令を、この時ばかりは「飛ばします」と微笑んだ。「酔っ払いには、ならないようにね?」


 秘書は、「もちろん」とうなずいた。その程度で、酔ってはいられない。「思いっきり飛ばしてくれ!」


 馭者は馬の体にひと鞭入れて、自分の馬車を走らせた。彼の馬車は、飛ぶように走った。道路の決まりは守るが、それ以外には目を向けない。あらゆる人間、あらゆる障害をひょいひょいと避ける。その途中で老婆を轢きそうになったが、そこは熟練の技で、緊急回避を成し遂げた。馭者は様々な道を通って、今回の目的地に向かった。「着きましたよ?」


 秘書は「分かった」と返して、馬車の中から降りた。馬車のステップにゆっくりと、何処か嫌な気持ちで足を乗せるように。彼は馭者の男に「しばらく待っていてくれ」と言って、件の研究所に視線を移した。


 件の研究所は、不気味だった。現代技術の結集とかで、至る所に蒸気機関の気配が感じられる。建物の隙間から漏れる蒸気にも、それを作りだす謎の音にも、その禍々しい気配が感じられた。彼は「さっさと終わらせて帰ろう」と思いながらも、嫌な気持ちで研究所の中に入った。

 

 研究所の中は、ではない。中も、不気味だった。最新技術の建材が使われている事で、あらゆる場所に「無機質」の感覚を覚えた。彼が叩いた部屋の扉にも、防爆処理が施されてるし。そこから中に入った時も、蒸気特有の熱風が感じられた。秘書は硬い感触の廊下を進んで、研究所の責任者に話し掛けた。「お邪魔します」


 責任者は、「おおっ!」と返した。保護眼鏡を掛けていたが、その笑顔は分かりやすい。口の先に唾を溜めて、相手の肩をポンポンと叩いた。「いらっしゃい! どしたね?」


 秘書は、相手の手を払った。「顔見知り」とは言え、今の態度は馴れ馴れしい。「多忙な所を申し訳ありませんが。貴方の協力を仰ぎに来ました」


 責任者は、「ふうん」と笑った。秘書の態度を見て、「これは大仕事だな」と思ったようである。


「仕事の内容は?」


「町の防衛。


 責任者は、それに表情を変えた。「それは、大変な仕事だ」と。真剣な声で、相手の事を嘲笑ったのである。彼は秘書の後ろに目をやって、その後ろが空白である事を確かめた。「超電磁砲は、使えんよ? アレはまだ、開発途中だ。相手の体に標準は合わせられても、それが真っ直ぐに飛ぶかは分からない」


 そう言って、研究所の奥を指差した。研究所の奥には、彼が造っているらしい大砲が置かれている。「最悪、町が火の海だ」


 秘書は、「それでも」と訴えた。通常の重火器が通じない相手である以上、あのレールガンはどうしても必要である。一発の砲撃で町が救えるのなら、「少しの損害も仕方ない」と思った。彼は事態の緊急性も含めて、責任者をまた説き伏せた。


「どうか、お願いします。ドラゴンは、駅の時刻表じゃない。我々が気を緩めた瞬間、防衛の意思を忘れた瞬間に襲って来る。町の自警団やトレジャー・ナイトの面々にも、話は伝えていますが。彼等だけでは、きっと」


「守れないだろうね? あの男ならどうにかするだろうが。それでも、厳しい事に変わりはない。一つの解決に多くの犠牲者が出る」


「だからこそ、あの武器が必要なんです。一撃でドラゴンを防げる、武器が!」


 責任者は、秘書の顔を見た。秘書の顔は、こちらに自分の意思をぶつけている。


「分かったよ。それなら、協力を」


「本当ですか!」


「ただし!」


 管理者は、秘書の鼻先を指差した。そうする事で、相手に自分の意思をぶつけるように。「やらかした時の責任は、そちらで取って貰う」


 秘書は一瞬戸惑ったが、すぐに「分かりました」とうなずいた。ここの費用も、市が出していたので。その失態を補うのは、市として当然の事だった。彼は不安な気持ちこそあったが、相手の協力には「よろしく」とうなずいた。「ドラゴンは今でも、危険生物。普通の武器では、歯が立たない。町を守る為には、それ以上の力が必要です」


 責任者は、「そうだな」と微笑んだ。相手の苦労を、そして、自分の未来を憂えるように。今の会話に笑みを挟んだのである。彼は自分の研究に向き直って、その内容に眉を潜めた。「我々も、こんな所でくたばるわけには行かない。コイツを蘇らせるにも」


 秘書は、彼が指差す物に目をやった。「金属の端材」と思われるような塊である。


「それは?」


「錬金術、だよ。あらゆる物から『金を造ろう』と言うね? 今の時代には、ナイセンスな代物だが。レールガンには、この技術が使われている。『科学を超えた科学』として。これからの時代には、テクノロジー。科学と科学の戦いになるだろう。かつての時代にも、使われた。君も、ハデスの王笏は知っているだろう?」


「は、はい、知っていますが? それが」


「その王笏に使われていた技術も、コレ。今で言う所の失われた技術ロスト•テクノロジーだ。あの王笏は帝位を示す物だけではなく、世界の平和を守るイージスでもある。ハデスは、その王笏を振るっていたわけだ。扱い次第では、強力な爆弾もなる。そんな感じの王笏を、ね?」

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