第11話 地獄は、夢の中に(※主人公、一人称)
地獄は、夢の中にある。現実の世界では、目を背ける事は出来ても。夢の中では、その手段が使えない。意識の周りに縛りがある以上は、その世界から決して逃げられなかった。僕は夢の中に沈む中で、自分の過去に引き戻された。
自分の過去、それは忘れもしない十年前。僕が十歳になった、あの忌まわしい世界だ。今までの秩序が崩れた世界、僕の常識が壊された世界である。僕はその中に立って、自分の周りをゆっくりと見渡した。
僕の周りには地獄が、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。政府が(理由は分からないが)突然作った法律が、僕の仲間を殺し、そして、その体を焼いた。僕は仲間の悲鳴が飛び交う中で、自分の命をじっと守りつづけた。
僕の命を奪う者。それが自分の前に現われれば、相手の銃から「止めて!」と逃げる。相手が自分に手榴弾を使えば、その爆風から「死にたくない!」と逃げる。それで自分の体が傷付いても、相手の攻撃を躱し、この命を守るしかなかった。僕は体の痛みを無視して、町の中を逃げつづけた。「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
こんな所で! 自分がどうして、死ななければならないのか? 昨日まで……いや、昨日までじゃない。「昨日まで」と信じていた世界は、僕が勝手に思い込んでいた世界だ。自分が「それ」を知らなかっただけで、本当は僕の周りに広がっていた世界である。僕はただ、その世界を知らなかっただけだ。本当はこんなにも、狂っているのに。
僕は……まあ、良い。今は、逃げよう。周りの悲鳴を無視して、安全な所に隠れよう。安全な所が果たして、あるかどうかは分からないが。この時の僕には、逃げる事しか考えられなかった。
僕は人間の視線を避けて、町の中を黙々と走りつづけた。でも……。やっぱり、辛い。僕自身も肩に傷を負ってしまったが、僕の前を走っていた仲間や後ろを走っていた仲間は、銀の弾丸にやられて、その命を奪われてしまった。
僕が「助けよう」とした少女も、銀の弾丸に撃ち殺されていたし。僕の身を庇ってくれた人も、人間の銃に頭を撃ち抜かれてしまった。僕は彼等の死体に震える一方で、頭の中では逃げる事を、廃屋の中に隠れる事を考えた。「はぁ、はぁ、はぁ」
助かった。そう思うのは早いかも知れないが、廃屋の中にどうにか隠れられた。僕は廃屋の中に身を潜めて、この危難が去るのを待った。待ったが、その危難は去らなかった。町の住民も(不本意ではあったが)それに力を貸していたので、魔族の討伐隊もすぐには去らなかったのである。
彼等は町の空き家はもちろん、僕の居る廃屋にも進んで、その中に魔族が居ないかを確かめた。僕はクローゼットの中に隠れて、その足音にブルブルと震えつづけた。「嫌だ、嫌だ。助けて、助けて」
そう呟いている間も、その足音が響きつづけた。僕はクローゼットの中でしゃがみ、自分の頭を押さえて、足音が消えるのを待った。一分、二分、三分と。しんとしたクローゼットの中で、彼等が去るのを待ちつづけたのである。
僕は天の神に祈りを捧げて、いた時だった。クローゼットの扉が、ゆっくりと開いたのである。僕は突然の事に思考を失って、目の前の光景を呆然と見つづけた。「あ、あ、嫌だ、あ」
死にたくない。そう思った瞬間に女性の姿が見えた。僕と同じ夜人、夜の世界に力を得る女性が、この視界に入ったのである。彼女は僕の姿をしばらく見ると、その正体に「ああ」と喜んで、僕の体を抱き締めた。僕は彼女の熱にホッとして、その体を「ああ」と抱き締め返した。「良かった、良かった」
そう、思わず叫んだ。まだ、助かったわけでもないのに。同族の女性を(それも、大人を)見ただけで、自分の命が「助かった」と思った。僕は彼女の体をしばらく抱いて、その手をゆっくりと放した。「お姉さんは、一人?」
相手は、「一人だよ」と返した。僕もそうだが、彼女も自分の親を殺されたらしい。彼女が人間に助けを求める中で、その体に弾丸を浴びたらしかった。彼女は自分の記憶を振り返ると、それに「えへへっ」と笑って、地面の上に「う、ううっ」と座った。「私、逃げちゃった。家族を置いて」
僕は、その続きを遮った。「それ以上は、良い」と。彼女の頭を撫でて、その不安を和らげた。僕は彼女の手を握って、相手の目を見つめた。涙と嗚咽に濡れる、女性の涙を。「逃げよう! ここに居たら、危ない! 皆のように殺される」
女性も、「そうだね」とうなずいた。気持ちの切り替えはまだ、済んでいないようだが。今の状況を考えると、この場所から出て、安全な場所に落ち着かなければならなかった。僕は彼女の手を引いて、今の場所から歩き出した。でも、その瞬間に……。「え?」
廃屋の外で足音、それも複数の足音が聞えた。逃げる側ではない、追う側の足音。獲物の命を狙う、ハンターの足音である。その足音が、この廃屋に近付いていた。僕はその足音に震えて、女性の手を握り締めた。「そ、そんな! これじゃ」
逃げられない。廃屋の裏かも、いくつかの足音が聞える。肉食獣が一匹の草食獣を追い込むように。相手の逃げ道を潰して、その恐怖をじわじわと煽っていた。僕はその恐怖に怯えて、自分の未来に闇を感じた。「終わった」
女性も、「うん」とうなずいた。うなずいたが、すぐに「まだだよ」と言った。僕の不安を切り取るように「クスッ」と笑ったのである。彼女は僕の手を握って、その耳元に「生きよう」と囁いた。「皆の為に。アイツ等の目を盗んで、この場所から逃げ出そう?」
僕は、「はい」とうなずいた。返事のそれは、小さかったけど。彼女の目を見て、その気持ちを改めてしまった。ここでじっとしていても、今の状況が変わるわけじゃない。相手の牙をただ、待っているだけだ。自分が相手に狩られる瞬間をただ、待っているだけである。僕は彼女の気持ちに従って、その動きに続いた。「行こう」
彼女は「ニコッ」と笑って、廃墟の中を歩きはじめた。相手に気付かれないように。その一歩一歩に気を遣ったのである。彼女は廃屋の中を進み、相手が廃屋の中に入ると、相手の足音に耳を澄ませて、それが居ない方を目指しつづけた。僕も彼女の後に続いて、廃屋の中を進みつづけた。彼女は遠くの方にハンターを見つけると、自分の隣に僕をやって、相手の死角に隠れた。「はぁ、はぁ、はぁ」
緊張で、震えた。相手の足音に合わせて、その呼吸も激しくなった。彼女は自分と僕の命を守る形で、相手の姿が見えなくなると、今の場所から動いて、廃屋の出入り口に向かった。
僕もその後に続いたが、さっきの場所から少し離れた部屋に入ると、その奥に居たハンター達が「うん?」と驚いた所為で、何かの陰にサッと隠れてしまった。彼女は自分の後ろにまた僕を隠して、相手の様子を窺った。「じっとしていて」
僕は、「はい」とうなずいた。声の調子が、今までと違う。相手の動きに不安を覚える声だ。一つのミスが命取りになるような、そんな感じの声である。僕は彼女の後ろに隠れて、彼女の合図をじっと待ちつづけた。
彼女の合図は、その数分後に出された。「このタイミンだ」と言う合図。それが後ろ向きの彼女から出たのである。僕は彼女の合図に従って、今の場所から立ち上がった。
「お姉さん」
「うん」
逃げよう。そう言って、廃屋の出入り口を目指した。「ここから離れて、次は」
町の出入り口に行く、筈だった。そこから町の外へ出る為に。互いの手を握って、その出口を目指した。
でも、その先には地獄が。僕達の想像を超える地獄が待っていた。僕達は揃って廃墟の中から出ると、目の前に現われた地獄を見て、その地獄に言葉を失った。「あ、あ、そんな? 嘘?」
廃墟の外にハンター達が立っている!
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