第9話 ハンターと竜

 魔獣と神獣の間にある生物、ドラゴン。東の方では「龍」と呼ばれるドラゴンは、その神秘性も相まって、現在でも「希少生物」として扱われていた。ドラゴンを捕らえる、傷つける事は、許されない。


 生息地の関係で人間側に被害を与える事はあるが、その駆除が認められる場合を除いて、ドラゴンの命を奪うのは、文字通りの御法度だった。無断でドラゴンの命を奪ったら、(最悪の場合)死罪。正当防衛が認められない場合も、死罪に類する罰が与えられたが……。

 

 彼等は「それ」を分かった上で、竜の密漁を行っていた。二匹の竜を追い掛けて、その体に麻酔張りを撃つ。特殊な薬が塗られた縄を使って、竜の体を縛る。竜がそれに暴れると、竜の体にまた麻酔張りを撃って、荷台の上に竜を乗せた。


 彼等は竜の動きをしばらく眺めて、それが動かなくなると、移動用の馬を走らせて、今の場所から竜を動かした。「やれやれ」

 

 そう呆れる男に対して、周りのメンバーも「疲れたな」と笑った。彼等は竜の後ろ、あるいは、前から荷台を見張って、自分達も各々の馬を走らせた。「寄りにもよって、コイツらを狙うなんて」


 竜の中でも、特に強い種族。茶色の体が印象に残る、強竜種だった。通常の竜よりも、数倍強いドラゴン。十五メートル程の体に赤色の瞳を持つ、現代の「恐竜」とも言える種類だった。強竜達は人間の縄に掛かった状態で、彼等の姿を見、そして、その視線に唸った。「う、うううっ」


 男達は、彼等の声に溜め息をついた。捕縛の疲れもあったが、それ以上に声がうるさかったらしい。うるさい以外の文句はなかったが、その目は明らかに怒っていた。彼等は竜が自分達の姿を睨む中で、自分の馬を走らせつづけた。「こっちは、疲れているんだからよ? 逃げたい気持ちは分かるが、もう少し」


 そう落ち込む仲間に対して、仲間のリーダーも「分かる、分かる」とうなずいた。彼は相手の気持ちを察した上で、その不満に「でも」と微笑んだ。「仕方ないだろう? これが、俺達の仕事なんだし。それに文句を言っちゃ……。仕事に見合った金も貰っているんだしよ?」


 相手は、「うっ」と黙った。黙ったが、すぐに「でも」と言い返した。彼は「不満」とも「疑問」とも言えない顔で、自分の正面に向き直った。夜の山が広がる、自分の正面に。


「それでも、不満だよ。お客がいくら、政府だからって。こんな連中を『捕まえろ』とか。普通じゃありえない。この二匹を捕まえるのも、普通なら軍の仕事だ。俺等のような人間、普通の業者に任せる事じゃない」


 リーダーは、それに押し黙った。彼の意見は、尤も。狩猟の世界に関わる者なら、当然に考える事だった。一般の害獣駆除を超えるような依頼、それに推するような依頼を持ち込む、その姿勢自体がありえない。


 会社の財政難からつい受けてしまった仕事だが、自分の社員にそう言われると、今の自分が置かれている状況に対して、言いようのない不安を覚えてしまった。「ま、まぁ、とにかく! 今は、仕事を終わらせよう。金も前払いだったし。やらかせば、会社の信用にも関わる。国はもちろん、業界の連中にも」


 仲間の男は、「分かった」とうなずいた。不本意ではあるが、ここは無理にでもうなずくしかない。竜の動きを窺って、それに生唾を飲むしかなかった。仕事の内容に不満はあっても、生活の為に耐えるしかない。男は不安な顔で、山の一本道を進みつづけた。


 山の一本道はある所で、二つに分かれた。山の木々が鬱蒼と生える道と、木々の枝すら見えない開けた道と。それらがまるで、運命の分かれ道のようになっていた。彼等は来た時と同じ道を選んで、見晴らしの良い道を進みはじめた。「竜が居ると違うな。野性の生き物が寄ってこない。来た時には居た、猪共も」


 今は、その姿すら見えなかった。彼等はしんと静まった山道を進みながらも、竜の動きを何度も確かめた。竜は荷台の上で、じっとしていた。掴めた時は、狂ったように暴れていたけれど。開けた道の終わりが見えた頃には、その威勢をすっかり忘れていた。


 彼等はその様子に「ホッ」として、残りの道中を「頑張ろう」と進んだが……。そこに僅かな隙があったらしい。彼等が山の下り道に緊張を解いた所で、一匹の竜が縄を吹き飛ばしてしまった。


 今の音に振り返る、男達。彼等は一瞬の混乱を置いて、竜の体に麻酔銃を向けた。「撃て、逃がすな!」


 そう叫ぶ声に周りもうなずいた。「捕獲の相手が逃げた」となれば、その動きを止めなければならない。自分の身を守る形で、相手に銃を撃つしかなかった。彼等は竜の前から離れて、相手に麻酔銃を撃ちつづけた。


 だが、やはり竜。縄の中に染み込ませた薬も、麻酔針の威力もちゃんと計っていたが、相手の耐性が思った以上に強かった所為で、銃の乱撃も無意味になってしまった。彼等は残りの一匹に目をやったが、「こんな状態では、運べない」と思って、獲物の前から離れた。「撤退だ、自分の命を最優先にしろ!」


 周りの仲間達は、その指示に従った。仕事の完遂が第一だが、完遂が「不可能」となった場合には、即時撤退が認められていたからである。彼等は自分の命を第一にして、獲物の前から離れつづけた。「来るな、来るな!」


 そう言って、麻酔銃を撃った。それを撃っても、「無駄だ」と分かっているのに。人間の本能が、その真実を隠してしまった。彼等は思考が止まる寸前の所で、竜の攻撃から身を隠した。「このっ!」


 竜は、彼等の姿を見下ろした。麻酔薬の蓄積で、頭がクラクラしはじめたらしい。眼下に広がる景色も、急にぼやけて来た。竜はフラつく頭で彼等の姿をしばらく見下ろしたが、仲間の存在をふと思い出すと、相手の所に近付いて、その体に火を吹いた。特殊な素材で作られた縄だが、近距離の炎には数秒程しか耐えられなかった。竜は同族の体から呪縛を取ると、相手の体調を思って、その体を支えた。


 男達は、その光景に息を飲んだ。もう一体にも銃を撃ちたかったが、一頭目の竜に弾を撃ちまくった所為で、銃の引き金がカチャカチャ鳴っていたからである。彼等はせっかくの獲物を見ながらも、自分達の命を「第一」に考えて、竜の前からすぐに逃げはじめた。「仕方ない。今回の任務は、失敗だ。ここからさっさと逃げるぞ!」


 竜は、その声に動いた。声の意味は分からなかったが、その内容は分かった。「自分達の前から逃げよう」とする、その気配だけは分かったのである。竜は彼等の逃げる方に先回りして、その体に火を放った。「ぐぅおおおお!」


 男達は、その炎に焼かれた。対竜装備に身を包んでいたが、強竜の攻撃には一歩及ばなかったらしい。命までは落とさなかったものの、しばらくは動けない程の傷を負ってしまった。彼は苦しげな顔で、地面の上に倒れた、「くっ、このっ!」


 竜は、その声を無視した。彼等の反応など、どうでも良い。自分の仲間が生きてさえいれば、その生死などどうでも良かった。竜は同族の体にブレスを掛けて、相手がそれに動くのを待った。相手は、数分後に動いた。回復効果のあるブレスを当てたお陰で、体の麻痺が和らいだらしい。同族の声にも、「う、ううん」と応えていた。


 竜は相手の反応を見て、頭上の空に相手を導いた。「ここから逃げよう」と言う風に。相手の動きに合わせて、自分も左右の羽を動かした。竜はハンター達の様子をチラッと見て、それが動かないのを確かめると、同族の動きを動かして、今の場所から逃げはじめた。

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