第7話 貴族議員
無駄な議論だった。首長の言葉にただ、うなずくだけで。その意見は、変えられない。議会の中で力を示す、ただのお遊戯でしかない。民主主義の基礎に倣った、相手との話し合いではなかった。
彼女は……貴族院の議員であるゼノンは、今日の会議に溜め息をついた。「あんな会議を続けていたら」と。その内容に対して、不満を抱いたのである。彼女は椅子の背もたれに寄り掛かって、目の前の女性に目をやった。目の前の女性も、彼女の苦悩に苦笑している。「何も進まない」
女性は、「まったく」とうなずいた。年格好はゼノンに近い彼女だが、その出で立ちや眼鏡、右手に抱えた帳面などを見ると、彼女よりも立場が低い、秘書のような存在に見えた。女性は彼女の前に紅茶を置くと、窓の外に目をやって、その風景を眺めた。「あの人は、頼りにならないわ」
ゼノンは、今の言葉に目を細めた。ウルナと同年代には見えるが、ふわりとした黒髪が彼女よりも年上の印象を与えた。彼女は秘書の女性に目をやって、彼女の隣に立った。「ウルナ議員も、同じような感じだし。庶民院の奴等も、無能。アクディンが『こう』と言えば、『分かりました』とうなずくしかない。正に権力の犬だわ。同じ立場で選ばれた筈なのに。アイツ等に出来るのは、国民の人生を奪う事だけよ」
女性は、「変えなきゃね?」と言った。ゼノンも、「ええ」とうなずいた。二人は互いの顔をしばらく見合って、それぞれに国の未来を憂えた。「タリス達も、頑張ってくれているし」
ゼノンは、「うん」と微笑んだ。彼女達もまた、未来の為に頑張っている。王笏の製造に使われた技術を探して、人々の為に汗を流していた。ゼノンは同志の頑張りを思った上で、王笏の力をまた振り返った。
「その技術が見つかれば、私達の未来も変わる。超常兵器の技術が見つければ」
「今の政府を倒せる。言葉で言っても通じないなら、強い力で押し潰すしかない。人間の理屈が通じない人には、神の鉄槌を下すしかないわ」
「そうね。本当はもっと、穏便な手を使いたいけど。向こうがその気なら、こっちも拳を使うしかない。大統領も、アテにならないからね? 本当は彼の一言で、終わるのに。ハデスが好き勝手にやった所為で、元首よりも首相の方が強くなってしまった」
本当に迷惑な男。そう言って、ゼノンの顔を見つめた。自分と同じように笑う、親友の顔を。「自分の欲望に従って。彼自身は、自分の信念に従っただけらしいけど。傍から見れば、身勝手だわ。自分の型に相手を嵌めようなんて。人間はもっと、自由であるべきなのに」
あの男は……。女性は真剣な顔で、窓のカーテンを閉めた。周りの目からそっと、逃げるように。「いっそ、殺せたら良いんだけどね?」
ゼノンは、「無理よ」と落ち込んだ。「奴の守りは、完璧だから」と、そう低い声で言ったのである。彼女は椅子の上に座りなおして、親友の煎れたお茶を啜った。
「自分の守りにボディーガードを置いて、その隙を決して作らない。内閣の閣僚達も、彼の眷属だからね。自分の命に代えても、奴の命を守る。従僕が主人を守るように。あの連中は、この時代に絶対王政を作っている。時代遅れのローテクを使って」
女性は、今の言葉に頭痛を覚えた。彼女が話す、今の現実に。落ち込みたくなくても、「やれやれ」と落ち込んでしまった。彼女は溜め息交じりの顔で、親友の肩に手を乗せた。「早く見つかると良いんだけど」
ゼノンも、「そうね」と微笑んだ。それが見つかれば、逆転。「一発」とは行かないまでも、今の状況を変えられるかも知れない。アイツとアイツの周りに居る奴等を「滅ぼせる」と思った。奴等が滅べば、国の未来も変わる。ゼノンは組織の未来を信じて、残りのお茶を飲み干した。「私は、未来を信じる」
女性も「あたしも」と言ったが、その表情は変わらなかった。今までの事を振り返って、「そうなるのは随分掛かる」と思ったからである。ゼノンに「どうしたの?」と言われた時も、その質問に「何でもない」と返してしまった。彼女は本来の目的である連絡を伝えて、執務室の中から出て行った。「それじゃ、また。定期連絡の人も来るし。悔しい事が分かったら……」
ゼノンは、彼女の背中を見送った。彼女が部屋の扉を閉めた時も、その姿が消えるまで見つづけた。ゼノンは椅子の上から立ち上がって、執務室の中を歩きはじめた。「はあ」
溜め息。それが出ている間も、部屋の中を歩きつづけた。彼女は数分ほど歩いた所で、書棚の中から資料を取り出し、資料のページを開いて、その中身を読みはじめた。「まったく、本当に大変な世界だわ。みんながみんな、自分の世界を言って。世の中が混沌としている。一つの思想にまとめるのは、どう考えても非効率だわ」
そう囁く彼女の裏で、あの女性も「確かに」とうなずいていた。女性は建物の廊下を進み、廊下の角を曲がって、建物の外に出た。建物の外は、曇っていた。「鉛色」とまでは行かないが、白い雲がいくつも重なっている。町の雰囲気に重なって、その表面に思い空気を作っていた。
彼女は町の雰囲気に呆れる中で、いつもの道を通って、カフェの中に入った。カフェの中も、暗かった。店内の様子は見えるが、その全体に破棄がない。仕事の愚痴はもちろん、社会の文句も言っていた。彼女はその空気にも呆れたが、約束の人物が現われると、自分の前に相手を導いて、相手の男に「お疲れ様」と微笑んだ。「時間、ピッタリね?」
相手は、「当然」とうなずいた。「そんなのは、当たり前の事だ」と。彼女の前に座って、店員の女性に「珈琲」を頼んだ。相手は店員の姿が見えなくなった所で、目の前の彼女に向き直った。「時間の厳守は、疲れの軽減にもなる」
女性は、相手の意見に「クスッ」と笑った。ユーモアに欠ける相手だが、そう言う部分は面白い。余計な気を遣わないで、済む。たまに見せる鋭い視線は苦手だが、それでも「信用における人間」と思った。彼女は目の前の青年に微笑んで、自分の頼んだ紅茶を啜った。
「あの子は、元気よ」
「そっか」
良かった。そう笑う顔が、愛おしい。「良かった。彼女が病んだら、すべてが終わる。俺達の目指す世界が」
女性も「ええ」とうなずいて、彼の目を見返した。彼女は皿の上にカップを置いて、目の前の青年に本題を話しはじめた。
「新しい情報は?」
「王笏の方は、なし。調査部隊が動いているが、それらしい情報は……。現場の連中も、嘆いているよ。『そんな物が、本当にあるのか?』って。下の連中は、ハズレの多さに嘆いている」
「そっか……。救出部隊の方は?」
「進んでいる。敵の奴等には、『下っ端だ』と言ったらしいが。奴も組織の一員である以上、その身を助ける意味がある。周りの人間を使っても」
「確かに。彼にも一応、役職があるのだから。それを捨てるわけには行かない」
青年は「ああ」とうなずいて、自分の珈琲を啜った。砂糖の入っていない、ブラックコーヒーを。「救出の前には、一方を入れる。電報は、電話局に知られるからな。あの子宛てに手紙を送る、速達の馬車を走らせて」
女性は、「ありがとう」と笑った。「そうしてくれたら、ありがたい」と。彼の分の勘定を払って、店の中から出たのである。彼女は青年の横顔に目をやって、その目に「無理は、しないでね」と言った。「人の事は、言えないけど。貴方が死ねば、あの子が悲しむ」
青年も、「分かっているよ」と笑った。青年は彼女の頬に触れて、道の向こうに背を向けた。「お前もな? お前が死ねば、あの子が悲しむ。俺は、彼女の涙を見たくない」
ハモネ。そう言って、彼女の目を見た。今の言葉に潤む、彼女の目を。「生きよう」
女性改め、ハモネも、「ええ」とうなずいた。彼女は、自分の前から遠ざかる彼をじっと見つづけた。「生きましょう、マイヤ」
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