第6話 宰相主義
宰相主義。国の元首よりも宰相、つまりは「大臣の方が強い」と言う思想。国の看板に国主を置くだけで、実際は宰相が国を回す思想だ。国民の代表が民を統べる、民の統治国家である。ハウェイが座る議会の席は、それが作る身分の席だった。
彼は庶民院の立場から首相を、現代の独裁者を見て、その表情に眉を寄せた。得意げな顔で議会の中を眺める、男の顔を。「人生の春、だな。議会の選挙でただ、勝っただけなのに。自分が『この世の王だ』と思っている。ソードラインの向こうから好き勝手に」
彼の隣に座っていた青年も、「叫びやがって」と続いた。青年はハウェイの友人らしく、彼がそれにうなずくと、青年も「クビに出来たら良いのに」と言った。「アイツの所為で、国の弾圧が強くなっている」
ハウェイは、今の言葉に黙った。それが今の、国の現状だから。言い返そうにも、言い返す事が出来なかった。あの首相が独善に走っている以上、この国が良くなる事はない。彼の顔色、声、判断に乗って、国の中が乱されるだけだ。民主主義の根幹理念である、民の安寧が叶わない。一人の趣味に従って、この世が地獄に変わるだけだ。
ハウェイは今の状態から推して、国の改善策を考えたが……。それを考えている間にふと、一人の議員が手を挙げた。庶民院の隣にある貴族院、その中核たる人物が、議会の議長に手を挙げたのである。彼は椅子の上から立ち上がると、議員達の顔を見渡して、国の首相に目をやった。「アクディン首長」
それが、首長の名前らしい。銀色の髪が光る、長身の男性。中年と壮年の間にある、華やかな男性である。アクディンは相手の顔に目をやって、その視線に「何か?」と微笑んだ。「今の話に質問」
相手は、その続きを遮った。まるで、首長の答弁を聞き流すように。「は、ありません。私は、貴方の思想に疑問があります」
首相は、「疑問」の部分に眉を上げた。「こんなに分かりやすいのに?」と。「クスッ」と笑った中で、その反応を笑ったのである。彼は相手の目を睨んで、その眼光に「何処に疑問が?」と訊いた。「手元の資料にも、書いてある筈ですよ?」
相手は、「そうじゃない」と呆れた。資料は彼女も、読んでいる。国の官吏が作った書類を。質疑応答の内容に従って、ただ読み上げるだけだった。周りの国でやっている、本物の議会を読んでいるわけではない。相手は自分の答弁書を置いて、議長の男に「良いですか?」と断った。「少し言いたい事があるので?」
議長は、「もちろんです」と応えた。彼女が「イラッ」とする中で、彼も「イラッ」としているらしい。普通なら「駄目」と拒む筈が、すぐに「良いですよ」とうなずいた。議長は彼女の方に指先を向けて、その発言を「許します」とうながした。「彼女の話も、議事録に残すように」
議事録係も、それにうなずいた。彼は記録係の技術で、紙の上に記録を書きはじめた。「どうぞ?」
それを聞いて、彼女も「ありがとう」と微笑んだ。彼女は議会の人々を見渡して、首長の顔に視線を戻した。
「弾圧は、崩壊の序曲です。貴方がやっているのは、統治じゃない。自分の思想に従った、ただの虐殺です。魔族の人々を」
「殺しているわけじゃありません。分けているだけです。人間が人間として生きる為に。過去から連なる因習をただ、壊しているだけです」
「魔族の頭を飛ばすのが、因習を壊す事なんですか?」
首相は、今の反論に黙った。相手に言い負かされたからではなく、その疑問に「やれやれ」と思ったからで。彼女の指摘にも、「青いな」と思ってしまった。彼は舞台の演者よろしく、議会の真ん中に立って、自分の所に注目を集めた。
「革命の本質は、破壊。既存の世界を壊して、新しい世界を創る事です。古い価値観を壊して。我々の世界は、それの繰り返しだ。強者の歴史を覆す。私はただ、社会の本質に従っているだけだ」
女性は、言葉を失った。破壊と創造は、革命の基本。新時代を切り拓く、古代からの伝統である。伝統を覆すのは、時代を創るよりも難しい。破壊を主軸とするのは考え物だが、それを否める材料は何処にもなかった。
彼女は相手の思想に負けて……は、いないらしい。最初は負けの色が濃かったが、ハウェイの視線を感じると、今の空気を忘れて、首相の目に向き直った。彼女は真剣な顔で、首相の顔を睨んだ。
「破壊の本質は、放棄」
「うん?」
「言葉通りです。破壊の本質は、放棄。今の改善点から目を背けて、分かりやすい方に目を向ける。怠け者が一番に考える方法です」
首相は、相手の顔を見た。女性も、相手の顔を見た。二人は互いの顔をしばらく見合って、議会の議長に視線を移した。議長は、二人の様子を見守っている。「意思は、曲げません」
そう笑う首長に議長も「そうですか」と応えた。議長は記録係に目をやって、その青年に「これも、書いておくように」と言った。「ここの議会史に残ります」
記録係は、「分かりました」とうなずいた。これを見た人間がどう思うかは、別にして。その思想や会話は、しっかりと書き留めた。彼は書記文字で紙の上に記録を書くと、真剣な顔で議長の男に目をやった。「はい」
議長は、二人に視線を戻した。今もこちらを見ている、二人の顔を。「本来なら決を取りたい所ですが。内閣の専権で、現法律の維持を定めます。以上」
議員達は、自分の席から立ち上がった。「今日もまた、同じだった」と。諦めの顔で、議会の中から出て行った。彼等は議会の扉が閉まる中で、その嫌な音色に腹を立てた。「俺達は一体、何を話しているんだ?」
部屋の中にたまたま残っていたハウェイも、彼等と同じ事を呟いた。ハウェイは友人の隣に立って、今日の議会に怒りを覚えた。「この国は、終わるかも知れない」
友人も、同じように「かもな?」とうなずいた。彼はハウェイの横顔をしばらく見たが、例の女性が二人に話し掛けると、彼女の方に視線を移して、その顔をまじまじと見た。「ウルナさん」
女性改め、ウルナは、「ニコッ」と笑った。庶民と貴族の違いはあるが、その根っ子は同じ。「国を良くしよう」と言う、その原理は同じだった。彼女は二人の間に立って、議会の真ん中に目をやった。「今日も変わらず、ね。議会のほとんどが、彼の政治に不満を抱いているけれど。内閣の専権が……」
ハウェイは、「そうですね」とうなずいた。専権の部分に落ち込む彼女だが、あの男に挑めるだけでも凄い。その勇気や根性に驚いてしまう。年齢は、自分と同じ二十代なのに。そのハキハキした言動、凜とした態度には、彼女特有の力強さが感じられた。
彼は彼女の横顔に目をやって、その瞳にある憂いを眺めた。「内閣の総辞職も、出来なくなりましたからね? 本来なら不信任議決が出せる筈なのに。アイツが内閣法を変えてしまった所為で、総辞職の概念自体が消えてしまった」
ウルナは、「本当に嫌な人間です」と言った。「本来の制度を歪めてしまうなんて」と。苦しみの中にそれを感じてしまったのである。彼女は二人の顔を見て、その両方に「クスッ」と笑った。
「制度の本質が戻れば良いのに」
「そう、思います。議会の本質が戻れば、本来の民主主義にも。今の世界が狂っているのは、あの男が狂っている所為です」
彼の友人も、「確かに」とうなずいた。友人は頭の後ろに腕を回して、親友の顔を見つめた。「アイツの頭が真面なら、社会も。今よりは、マシになるかも知れないが。首相は、古い世界が嫌いだからね。過去にあった異物も……。博物館の中にある、王笏だっけか? ハデスの王笏にも、嫌悪感があるようだし。昔の遺跡なんかも観光地にする、そう言う計画もあるらしいから。古い世界の正義よりも、新しい社会の倫理が好きなんだよ」
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