第4話 尋問官

 国の治安を守る事。それが、彼等の役目だった。国の裏に隠れて、その悪を炙り出す。あらゆる社会、あらゆる集団に紛れて、社会の闇を調べ上げる。正に国の隠密部隊だった。彼等は無政府主義者のアジトを調べて、その中に次々と乗り込んだ。「議員の馬車には平気で、爆弾を仕掛ける癖に。自分達のアジトには、罠すら仕掛けないんだな」

 

アジトの前に見張りは、立たせていても。中の防御に関しては、あまりに無防備だった。彼等はチームの切り込み隊長に続いて、アナーキスト達に次々と襲い掛かった。「止まれ、逃げるな! 命が欲しけりゃ、手を挙げろ!」


 相手は、それに従わなかった。国はもちろん、その組織に従う気もないので。敵が救済の道を示しても、その提案に「うるさい」と背いてしまった。彼等が敵の武器に抗って、自分達も相手に銃を撃った。一発、二発、三発。柱の裏に隠れた一人は、そこから相手に銃を撃った。


 彼等は仲間の死に僅かな動揺を見せながらも、敵の掃討だけを考えて、目の前の相手に銃を撃ちつづけた。だが、相手はプロ。市民組織からの寄せ集めでは、その力に限界が見られた。彼等は相手の弾丸に一人、また一人と倒れ、最後の一人になった時にはもう、自分から地面の上に武器を捨てていた。「くっ、う!」

 

 隠密部隊は、彼の周りを取り囲んだ。烏合の衆にも等しい敵だが、一応は彼がメンバーのボスらしい。彼の体を守った男も、彼に対して「ボス」と言っていた。部隊は彼の体を縛り、馬車の中に彼を入れて、組織の本部に向かった。


 組織の本部は、静かだった。場所の詳細は分からなくても、そこが異様な場所なのは分かる。廊下の先にあると思わしき取調室からも、その雰囲気が感じられた。彼等は部屋の中にボスを入れると、「尋問官」と思わしき男性だけを残して、部屋の中から出て行った。「後は、よろしく」


 尋問官は、それに「分かった」と応えた。「ここから先は、任せて欲しい」と。自分の前に犯罪者を座らせて、仲間達の背中を見送ったのである。彼は犯罪者の様子を窺う中で、自分の席に腰を下ろした。「さて」


 始めよう。そう言って、目の前の男に微笑んだ。彼は書記係の青年に目をやって、尋問開始の合図を送った。「君の名前は?」


 相手は、それに応えなかった。彼の口調が、どんなに優しくても。敵の刃を見る顔で、その口を決して開かなかった。相手は彼の顔を見、それに不安を覚えた所で、机の上に目を落とした。


「常識がない」


「うん?」


「相手の名前を知りたけりゃ。まずは、自分の名前を」


 名乗るべき。そう言って、彼の目を睨んだ。今の指摘に眉を寄せている、彼の顔を。「それが、相手への礼儀だ」

 

 尋問官は、顔の表情を変えた。アナーキストに礼儀もクソもないが、今はその気持ちを抑える。彼から組織の情報を聞き出すために。今は、相手の指摘に従うしかなかった。尋問官は目の前の相手に頭を下げて、テーブルの上に頬杖を突いた。「ラダオ、だ。ラダオ・イワス。好きな名前じゃないから、覚えなくて良い」

 

 相手は、「分かった」とうなずいた。こう言う仕事に携わる人間が、相手に本名を教える筈はない。ラダオの部分はもちろん、イワスの部分も偽名である筈だ。任務中の事故や事件、引退後の安全を考えると、その本名も当然に伏せる筈である。アナーキストの男はそう考えて、彼の名前に「大変だな」とうなずいた。「こう言う仕事に携わるのも?」

 

 尋問官改め、ラダオは、「まったく」と笑った。自分の意思でやっている仕事だが、そう言う部分には苦労を感じているらしい。目の前の男にも、「本当に大変だよ」とぼやいてしまった。彼は自分の姿勢を正して、相手の顔を見返した。「お前のような人間が居るからね? 自分の家にも、ほとんど帰られない」


 男は、今の皮肉に表情を変えた。ここから先は、今までと違う。「自分と政府の戦いである」と。背筋を伸ばして、相手の顔を見返した。男は真剣な顔で、ラダオの目を睨んだ。


「だったら、来れば良い。俺達の」


「組織に? 冗談。そっちに行ったら、戻れなくなる。自分の家にも。俺は、自分の家に堂々と帰りたい」


 ラダオは「ニヤリ」と笑って、椅子の背もたれに寄り掛かった。相手に自分の優位性を示すように。


「次は、何処だ?」


「うん?」


「何処を狙う?」


「さぁね? 俺は、ただの下っ端だから。上の考えている事は、分からない」


 ラダオは口の笑みを消して、テーブルの方に身を乗り出した。今の返事が本当かどうかを見定めるように。「分かった。それじゃ、質問を変えよう。お前はどうして、今の組織に入った?」


 今度は、男が表情を変えた。「そんな物を聞いて、どうするんだ?」と。ラダオの顔をつい睨んでしまったのである。彼は相手との間に距離を取って、相手に自分の疑問をぶつけた。


「どうでも良いだろう? 俺が組織に入った理由なんて?」


「そうか? 俺は、気になる。社会のルールを破ってまで」


「あるよ」


「うん?」


「この組織に入る意味は。アンタの考える以上にある」


「……そうか」


 ラダオはテーブルの上に両肘を突き、その両手も組んで、指の上に顎を乗せた。そうする間も、相手の表情を眺めて。「なら、次の質問。お前は、この社会をどう変えるつもりだ?」


 男は、それに「ニヤリ」と笑った。今までの空気を忘れるように。ラダオの疑問にも、「それは」と笑いつづけた。彼は自分の緊張を忘れて、テーブルの上に身を乗りだした。「平等、だよ。皆が平和に暮らせる世界。誰かの力に怯えない、安心安全の世界だ」


 ラダオは、彼の思想に眉を寄せた。思想だけは真面、普通の人間が普通に考える思想だ。社会の根っ子を壊すような、そんな異常思想ではない。そこら辺の子供でも、普通に考えられる思想である。彼は普通の思想に拍子抜けしたが、その目は相手をじっと見つづけた。


「なるほど。で?」


「うん?」


「その世界は、どんな世界だ? 具体的に」


 男は一瞬、言い淀んだ。自分の思想に自信、それも絶対の自信があったようで、彼の反応に思わず驚いてしまったらしい。彼の目はもちろん、その眼光からも視線を逸らしてしまった。男は自分の手元に目を落として、その答えをしばらく考えた。


「資本家に搾られない世界。資本の力を使って、他人の人生を奪う。その力から解き放つ事だ。労働者の地位を上げて、資本家の財布から金をむしり取る。俺が作りたい世界は、そう言うのが普通に出来る世界だ」


 ラダオはまた、眉の間に皺を寄せた。それが示す物をすぐに察したからである。彼は彼の思考を読んだ上で、その目をじっと見返した。


「下克上」


「え?」


「東側の国にそう言う言葉があるんだよ。低い身分の者が、高い身分の者に取って代わる。お前達がしたいのは社会の安寧ではなく、自分達の特権だ。今の権力者達がやっている事を、今度は自分達がやる。取られる立場から取る立場になる。革命の力で、国の王を討ち取るように。お前達も」


「違う!」


 俺達は! そう言って、椅子の上から立ち上がった。男は射殺すような目で、ラダオの顔を睨み返した。「お前達とは、違う! 俺達は、人間の平等を唱えているんだ! 誰かが誰かに奪われる事のない。あらゆる人間が、等しい扱いを受ける。俺達は成果も身分も平等な、そんな共同体を目指しているんだ!」


 ラダオは、その意見を聞いた。聞いた上で、「やれやれ」と思った。彼は記録係の青年に目配せして、今日の尋問を終えた。


「お前は、ただの怠け者だよ」


「なに?」


「自分の努力から逃げて、楽な方に逃げた怠け者。それが、お前の本質だ。人以下の頑張りしかないのに人以上の報酬が欲しい。お前が求めているのは、身分の力に甘えられる世界だ」


 男は、彼の考えに怒った。「こいつも、分からず屋の一人だ」と、そう内心で思ってしまったのである。彼は興奮混じりの顔で、目の前の男を指差した。「そう言う時代が、つい最近まであったじゃないか!」

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