第3話 錬金術

 月明かりに照らされた神殿は、いつも見ても神々しい。長年の風雨で朽ち果てた柱も、その表面に不思議なオーラを纏っている。柱の周りに広がる床や屋根、神々の像や礼拝所にも同じオーラが漂っていた。彼等は手元の資料に従って神殿の中を進み、そして、通路の先に隠し通路を見つけた。「あった」


 それに続いて、周りの仲間達も「おおっ」と喜んだ。彼等は通路の扉が開かれる様子を見て、言葉に出来ない興奮を抱いた。「この先にお宝がある」と、そう無言の内に高ぶったのである。彼等は先頭の男に続いて、通路の奥に進んだ。


 通路の奥には、一つの部屋が。恐らくは、何かの実験室だろう。資料の中にも書かれているように。「金属の精製に必要」と思われる機具が、部屋の至る所に置かれていた。彼等は部屋の真ん中に明かりを置いて、それらの機具を眺めた。「やっぱり」

 

 。今では過去の遺物になっている技術が、その古代技術と共に残っている。素材の加工機具からそれを入れる容器まで。古代の素材で作った実験器具が、実験の跡と共に残っていた。彼等はそれらの機具を手に取ったり、機具の底を眺めたりして、自分達のお宝が何処にあるかを探した。「機具の中にはない、か。だとすると」


 資料室の方を探すしかない。実験室の奥には、その資料室(らしき物)がある。扉の前に鍵らしき物が設けられているが、現代のピッキング技術を使う事で、その鍵を開ける事が出来た。彼等は実験室の中に何人かを残して、資料室の中に入った。


 資料室の中は、カビ臭かった。窓らしい窓もないので、部屋中の空気が淀んでいる。扉の外から空気を入れなければ、その匂いに思わずせる程だった。彼等は埃の流れにも苦しむ中で、資料室の中に書棚を見つけた。「酷いな。羊皮紙、それも最古の羊皮紙だ。羊皮紙の表面が穴だらけになっている」


 これでは、記録の中身を見られない。そう嘆く青年に対して、「クホウ」と呼ばれる少女が溜め息をついた。彼女は落胆の表情を浮かべて、仲間の彼に頭を下げた。「ごめん」

 

 青年は、それにニヤニヤした。彼女の事を見下すような顔で、その失態に「やれやれ」と呆れたのである。彼は彼女の隣に立って、その顔を見下ろした。「だから言ったのに? 『根拠のない自信は、周りの人間を困らせるだけだ』って」


 クホウは、その罵声に表情を変えた。自分の失態は分かっているが、それでも今の言葉は許せない。「セーレ」と呼ばれた少女が二人の間に入っても、その怒りを決して止めようとしなかった。彼女は親友の手を払って、青年の顔を睨み付けた。「うるさい!」


 青年も、「うるさい?」と応じた。自分とそんなに変わらない相手だが、年上の余裕として、その怒りもすぐに聞き流せたらしい。彼女はおろか、セーレの指摘にも「ふっ」と笑っている。青年は二人の顔を見、そして、仲間の少年に目をやった。今の会話を見ていた、一人の少年に。「ノーザも、そう思うだろう?」


 ノーザは、その返事に困った。彼の気持ちも分かるが、(それと同じくらいに)彼女達の気持ちも分かる。自分の努力が報われない悔しさ、その怒りが分かる。それがどんなに苦しいのかも。だから、彼のように「まったく」と怒れなかった。ノーザは二人の少女を見、その二人が自分を睨んだ所で、青年の顔に視線を戻した。「今度は、気を付ければ良いだろう?」


 青年はまた、「やれやれ」と思った。「この子はやっぱり、甘い」と。普段は年相応(少し生意気な)の少年だが、こう言う場面では相手を思ってしまう。自分が思っている事、周りが思っている事を飲みこんでしまう。自分の仲間を傷つけないように。その本音や想いを飲みこんでしまった。青年はそんな少年に呆れて、自分の頭をポリポリと掻いた。「まあ良いか、僕には関係ない事だし? 間違いの反省なら」


  その会話に一人、恐らくは彼等のリーダーだろう。歳は青年よりも少し上だが、その眼光には周りを纏める力、自分の後ろに周りを引っ張って行く力がった。彼女は青年の言葉を制して、少女の顔に視線を移した。自分の言葉に「え?」と驚く、少女の顔に。


「間違いでは、ありません」


「え?」


 そう驚いたのは、青年だった。これだけの資料が死んでいるのに? 少女の失敗を庇ったそれは、「彼女の自己満足」としか思えなかった。「これの何処が正解なんです?」


 女性は、その質問に「ニヤリ」とした。「その質問を待っていた」と言うように。「『この場所が間違いだったかも知れない』と。それを分かったのが、正解です。『この失敗から何かを学べば良いのだろう?』と。世の中に溢れた正解は、その失敗の繰り返しです」


 クホウは、その考えに表情を変えた。彼女の隣でモジモジしていたセーレも。二人は互いの顔を見合って、彼女の考えに「ありがとうございます」と返した。「今度は、必ず」


 女性はまた、二人の顔に微笑んだ。「まだ、諦めるのは早い」と。資料の大半が「読めない」としても、そのすべてが死んでいるわけではない。穴だらけの資料から何かが、宝の手掛かりが見つかる可能性もある。研究者の中で「無価値」と思われていた情報が、歴史的な大発見に繋がる事もあるのだ。


 人間の主観だけで、それを「無価値」とするのは勿体ない。女性は青年にも自分の考えを伝えた上で、周りの皆にも「調査を続けましょう」と言った。「この場所を見つけるだけでも大変だったのですから。それを見合った対価は、必ずある筈です」


 少女達は、「はい!」とうなずいた。少年も、「おおっ」と動き出した。彼等は資料室の中から様々な資料、自分達が見つけられる資料を集めて、机の上にそれらを集めはじめた。「せっかく来たんだし。やれる所までやろうぜ!」


 青年は、彼等の働きように呆れた。さっきまで落ち込んでいた連中には、思えない。青年の言葉はおろか、言葉の内容すらも忘れている。彼等は青年の存在を忘れて、自分の仕事に勤しんでいた。青年は彼等の動きに頭を掻いて、その表情に溜め息をついた。「単純な連中」


 それに「良いだろう?」と応える男性、(見た感じで)メンバーの副リーダーだろう。リーダーの女性よりもさらに年上だが、その独特な雰囲気、無愛想な喋り口調には、彼女の雰囲気にはない力強さがあった。男性は彼の肩に手を置いて、少女達の動きに微笑んだ。「ずっと落ち込んでいるよりは。お前だって」

 

 本当は、悔しいんだろう? この場所がハズレかも知れない事に。「お前も……」


 男性は「ニコッ」と笑って、彼の肩から手を退けた。彼の背中をそっと促すように。


「パヌダット」


「はい?」


「焦るな」


 青年は男性の顔をしばらく見たが、やがて「分かりましたよ」と諦めた。「これ以上の抵抗は、自分にとって不利である」と。内心の不満は別にして、仲間の仕事を手伝いはじめた。彼は男性の隣から離れて、彼の方を振り返った。「ムガツさんも、手伝って下さいよ?」


 男性改め、ムガツは、「ああ」とうなずいた。若者が働いている以上、自分も頑張らなければならない。彼は青年の後を追って、彼等の作業に加わった。「分かったよ」


 女性は、彼の背中に呼び掛けた。その声に「クスッ」と微笑んで。


「ムガツさん」


「うん?」


「有り難う御座います」


 ムガツは、「いや」と微笑んだ。女性の笑みに「フッ」と笑って。


「組織の基本は、人間関係。どんなに優れた組織も、その悪化で壊れてしまう。俺は、この組織が好きだからな? そこで頑張っている連中も」


「有り難う御座います。私も、ムガツさんのお陰で」


「助かっているのは、お互い様だ」


 二人は、互いの顔を見合った。無言の中に相手を思うように。


「タリス」


「はい?」


「必ず見つけるぞ?」


 女性改め、タリスは、「はい」とうなずいた。その美しい金髪を靡かせて。「この国を、国の未来を変える為に。王笏の素材は」


 絶対に見つける。そう言って、ムガツの目を見つめた。

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