最終話 再生の旅へ
処女を知った。痛みの中に愛がある、その温かさを知った。ハデスは彼女の体を出して、その背中に手を回した。彼女の熱を感じるように。それが教える愛をじっと考えつづけた。彼は彼女の顔を見て、その表情に「ありがとう」と微笑んだ。「貴女のお陰で、落ち着いた」
レイフィーは、「私も」とうなずいた。「貴方の熱に救われました」と。汗の感覚に酔い痴れた彼女だが、その部分だけはどうしても変わらなかった。彼女はハデスの頬を撫でて、その鼻にそっと口付けした。「ありがとう」
ハデスは、眉間に皺を寄せた。今の「ありがとう」には、「ありがとう以上の意味がある」と思ったから。彼女がハデスの反応に驚いても、その表情を決して変えなかった。ハデスは彼女の頭を撫でて、彼女に自分の疑問をぶつけた。「俺の服を脱がせた時。貴女は、『換えの下着を履かせた』と言った。女性の独り暮らしなのに?」
レイフィーは、彼の胸に顔を埋めた。彼の心音に耳を傾けるように。「私にも、家族が居ました。父と母と弟と。私達四人は幸せに、偶には喧嘩もしましたが、穏やかに暮らしていました。父が死んだのは、私が七つの時です。山での中で猛獣に襲われて。父の代役を務めた母も、過労の為に死にました。三つ下の弟も、流行病に罹って……。私は、世の中に絶望しました」
ハデスは、黙った。彼女がハデスの下着を出せた理由も、その過去に繋がるからである。彼は真剣な顔で、彼女に「すまない」と謝った。「余計な事を聞いた」
レイフィーは、「だいじょうぶ」と微笑んだ。彼を気遣う気持ちも含めて、「そんなに気を遣わないで」と思ったらしい。彼の頬から手を退けた時も、その感覚に触れて、彼の反応に首を振った。レイフィーは「クスッ」と笑って、部屋の天井を見上げた。所々に穴が明いている、寝室の天井を。
「貴方は、天使です」
「え?」
「私の前に舞い降りた、救いの。私は、貴方が何者でも」
「レイフィー」
ハデスは、彼女の目を見つめた。自分の中にある覚悟を、その揺るぎない気持ちを示すように。彼女の手を握って、その決心を固めた。「信じられないかも知れないが。これから話す事は」
すべて本当だ。そう言って、彼女に自分の正体を話した。自分が国の皇帝である事も、そして、臣下の裏切りから逃げている事も。自分の視点からそれらを語ったのである。彼は自分の境遇を話し終えると、相手の反応を確かめる意味で、彼女の顔に目をやった。「嫌なら良い。今すぐに追い出しても構わない」
レイフィーは、その提案に首を振った。少しの躊躇いもなく、その提案自体を退けてしまった。彼女は両目の瞼を閉じて、彼の胸に手を乗せた。「言ったでしょう? 貴方が何者でも構わない』って? 私は……貴方がたとえ、国の皇帝でも。『ハデス』と言う人が好きです。不器用でも真っ直ぐな、そんな貴方が大好きです。貴方の方が」
ハデスは、「俺も好きです」と返した。少年が少女に想いを告げるように。彼女の目を見つめては、相手に自分の心を告げたのである。ハデスは彼女の体を抱き締めると、その頭を撫でて、彼女に「貴方の為なら、地獄にも行ける」と囁いた。「天の神に頼んでも」
レイフィーは、「クスッ」と笑った。少女が少年の気持ちを受け止めるように。「私も、同じ気持ちです。貴方となら、何処までも行ける」
二人の愛が交わされた翌日。ハデスは恋人の作った朝食を食べると、テーブルの上に頬杖を突いて、自分のこれからを考えた。自分がこれから成すべき事を。「宮殿に戻るのは、論外だな。あそこには、将軍の兵が居るし。元来た道を戻るのも……。町の人間には、俺の顔が知られているからな」
レイフィーも、「そうですね」とうなずいた。王笏を捜す意味でも、彼等と出会うわけには行かない。捜す以前の話になってしまう。捜索の中で王笏を見つけても、彼等に見つかっては、意味がなかった。
レイフィーは自分の前にハーブティーを置いて、彼と一緒に旅の計画を考えた。「正体を隠して、王笏を捜すしかないですね? 家には、父の衣服が残っていますから。それを着れば、たぶん」
バレないだろう。「暴君」の名で知られるハデスだが、その顔は意外と知られていない。国の都に住んでいる者以外は、地方の有力者や豪商などの一部しかハデスを知っていなかった。その意味で、レイフィーもハデスの顔を知らなかったし。将軍の兵達は彼を知っているかも知れないが、それ以外は「特に怖がる必要はない」と思った。レイフィーは自分のお茶を啜って、家の中を見渡した。
「寂しい」
「うん?」
「ハデス様」
「ハデス、で良い」
「はい。ハデスさんとの旅は、嬉しいんですけど。この家から離れるのは、やっぱり……」
「そうだな。俺も……経緯は違うが、自分の家を追い出されたわけだし。『故郷を離れる』と言う点では、俺も貴女と同じだ」
ハデスは、彼女の目を見た。悲しみに震える、彼女の目を。「ここは、俺の領土。有力貴族の物ではない、俺だけの領土だ。俺だけの領土なら、その使用も自由に」
レイフィー。そう言って、彼女に微笑んだ。彼女の「え?」を眺める形で。
「ここを第二の宮殿にする」
「え?」
「所謂、別荘だ。本来の家に加えて、第二の家を設ける。この家は、俺にとっても故郷だ。故郷には、俺も帰りたい」
レイフィーはしばらく黙ったが、やがて「プッ」と吹き出した。彼の提案を聞いて、心から「変な人」と思ったらしい。彼の「え?」に対して、「何でもありません」と笑った。彼女は窓の外に目をやって、その景色を眺めた。自分の周りにある、故郷の風景を。
「ハデスさん」
「何だ?」
「絶対に帰りましょう、王笏を見つけて」
ハデスも、「ああ」とうなずいた。彼女と自分の未来を夢見るように。ハデスは椅子の上から立ち上がって、窓の近くに歩み寄った。「絶対に帰ろう、俺の魂を見つけて」
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