第7話 神の反面教師

 これも、推測だ。彼等の中に混じって、その話を聞いたわけではない。彼等が何処で、その話題を話したのかも。すべては謀反の結果から遡る、ただの想像でしかなかった。将軍は自分の屋敷にロボアを招いて、彼に自分の用件を話した。「

 

 ロボアは、「え?」と固まった。将軍の提案に驚いて、相手の顔を思わず見てしまったのである。彼は不安な顔で、相手の目から視線を逸らした。


「何を馬鹿な事を! 将軍、君は」


「正常です。我々の手で、あの男を討つ。貴方は、だけではない。我々には、それをする責任があるのです。帝国の未来に光を灯す、その責任が」


 ロボアはまた、「うっ」と固まった。将軍の言葉に思考を奪われた所為で、普通なら許さない相手の言葉も、その細部まで聞いてしまった。ロボアは将軍の顔に視線を戻して、相手の目をじっと見はじめた。


「『そんな事を許す』と思うか?」


「思いません。思いませんが、我々には時間がない。この国を守る、時間が。ロボア様も、感じているのでしょう? あの男によって」


「乱れていない」


「乱れている。民も、貴族も、みんな。あの男によって、狂わされている。あの恐ろしいギロチン、最近では王笏すらも使うようになって。無実な人間を罰している。国の文句を言っただけで、その命を! 私には、それが耐えられない。国の為に働いている人々を」


 ロボア様。そう言って、ロボアの瞳を見つめた。彼の誘いに揺れ動く、その憐れな瞳を。「『貴方が悪い』とは、申しません。ああなったのは、本人の責任ですし。責任の本質も変える事は出来ません。ですが!」


 それでも、責任はある。「彼の人格を作った一人」として、彼にも責任があった。白紙の人間が、白紙のままに育つわけはない。白紙の上には、何かしらの情報が書かれる。ロボアは、その情報を書いた一人だった。「貴方には、それを書いた責任がある。『この国に生きる者』として。貴方には」


 ロボアは、相手の声を止めた。「これ以上は、耐えられない」と。机の上に両手を突いて、自分の頭を振った。ロボアは将軍から水を貰って、それを一気に飲み干した。「彼を殺しても、国は変わらない。彼の代理人が現われるだけだ。彼の立場に酔い痴れる、そんな人間に取って代わられるだけだよ?」


 今度は、将軍が水を飲んだ。自分のグラスに水を注いで、それをゆっくりと飲み干すように。彼は机の上にグラスと置くと、真剣な顔でロボアの目を睨んだ。


「だが、今よりはマシだ。我々が手綱を握る事で、権力の暴走を抑えられる。それから、我々に逆らう事も。我々は王の代わりを置く事で、今までにない国を作るのです。あらゆる者が、平和に暮らせる国を。我々には……貴方には、その大義がある」


 ロボアは、彼の熱弁に溜め息をついた。それが示す覚悟にも、熱い物を感じてしまった。彼は椅子の上に座って、テーブルの上に両肘を突いた。


「そんな物が『仮にあった』として? 誰が、世の中を回す? 皇帝の空位は、国の消滅だ。原動力が無ければ、どんな国も回らない。国の歴史が、一瞬で消えてしまう。そうなったら」


 すべてが終わり。そう言った所で、「はっ!」とした。「これが、将軍の目的なのか?」と。彼は不安な顔で、将軍の顔に向き直った。自分の反応に「ニヤリ」と笑う、将軍の顔に。


「私には、無理だ」


「何故?」


「私はただの、臣下の一人に過ぎない。彼の教育係だった」


「のでしょうが。周りの人間は、そう思っていません。貴方が考えている以上に。宮殿の人々は、貴方の事を買っています。『貴方なら今の国を纏められる』と。『奴の反面教師』として、『国の貴族を仕切れる』と。貴方は」


「それでも、無理だ」


 無理な物は、無理。少年の教育すら間違えた自分が、国の内部を回すなんて。無理を超えて、不可能な話だった。彼は椅子の上から立って、目の前の男に頭を下げた。「この話は、隠しておく。私がこうして、謀反人と会っていた事も。世直しの件は、私抜き進めて貰いたい」


 将軍は、今の返事に「ニヤリ」とした。返事の中に本性が、ロボアの本心があったからである。将軍は彼の足を止めて、その肩に手を置いた。「私抜きで、ですか。成程」


 謀反自体は、止めない。「いや、止める気はない」と。謀反の中に自分を入れないだけで、その反乱自体は止めようとした。将軍は、その不可解な点に突破口を見た。


「貴方は、ハデス以下だ」


「え?」


「自分で蒔いた種を刈り取ろうともしない。貴方は自分の責任から逃れる、文字通りの卑怯者だ。周りの人間が苦しんでいる前で、自分の保身だけを考えている」


 そして、もう一声。「そんな人間に見放された者は、さぞかし惨めでしょうな?」と言い添えた。「貴方に手を、『助けて!』と叫んでいるのに。貴方はその手を払って、自分の」


 ロボアは、「止めろ!」と叫んだ。「これ以上はもう、聞きたくない」と。彼が自分の心を抉る度に様々な悲鳴が、阿鼻叫喚の地獄絵図が聞えてしまった。


 ロボアは自分の両耳を塞いで……この場から逃げる意味もあったが、将軍に「時間が欲しい」と言った。将軍も、それに「分かりました」とうなずいた。二人は自分の立場を示して、一人は部屋の中から、もう一人は相手の背中を見送った。

 

 ロボアは、自分の部屋に戻った。周りの目から隠れるように。部屋の扉を閉める時も、普段以上に注意を払った。彼はベッドの上に倒れると、今までにない疲労感を覚えて、夢の中に落ちてしまった。「ハデス様、私は……」


 どうすれば、良いのでしょう? この国を、貴方を救う為に? 私は……。答えのない問題にハマった。ロボアは「それ」が示す葛藤の中で、一つの夢を見た。ハデスが人間の夢を取り戻す、正に夢のような夢を。夢現の中に見てしまったのである。彼は「これは夢だ」と分かってもなお、夢の世界を味わいづけた。


「ハデス様」


「すまない」


 俺が間違っていた。


「ロボアが教えたかったのは、こう言う事ではなかったのに。俺は、自分の正義に狂って」


「良いです」


 そう言って、ハデスの体を抱き締めた。涙で震える、ハデスの体を。


「人間はいつでも、やり直せる。貴方が『それ』を望む限り」


「ロボア……」


「私も、付き合います。貴方の家庭教師として。私には、それをやる責任がある」


 今度は、ハデスがロボアの体を抱き締めた。子供の頃よりもずっと、小さくなった老人の体を。


「ありがとう」


「いえ」


「ごめんなさい」


「こちらこそ」


 申し訳御座いません。そう謝った瞬間だろうか? 扉のノックに眠りを妨げられてしまった。寝ぼけ眼のままに「うっ、ううう」と起きる、ロボア。ロボアはベッドの上から出て、部屋の扉を開けた。「あっ!」


 に合わせて、相手も「おはよう」と笑った。相手はロボアの姿に珍しさを感じたが、すぐに「それよりも」と思い直して、彼の肩に手を乗せた。「ちょっと付き合って欲しい」


 ロボアは、返事に窮した。夢のハデスに現のハデスを重ねて、その違いに思わず黙ってしまったのである。彼は少しの沈黙を入れたが、最後には「分かりました」とうなずいた。「すぐに着替えますので、お待ちを」


 ハデスは、「分かった」とうなずいた。普段は悪魔のような青年だが、この時だけは天使に変わっていた。ハデスは廊下の壁に寄り掛かって、恩師の着替えを待った。「さて」


 ロボアは憂鬱な顔で、外出用の服に着替えた。ある種の空腹と絶望を感じて。部屋の中から出た時も、その苦しみを覚えてしまった。ロボアは生徒の隣に立って、彼の横顔を見つめた。「それで、どちらに向かれるんです?」

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